一期一会の出逢いと別れ

相良武有

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第2話 永遠の初恋 

⑦香織は横断歩道でトラックに撥ねられた 

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 十月の金曜日の朝、登校間際になって、香織は「コンタクト・レンズが無い」と騒ぎ出した。祖母と二人で朝食を済ませ、歯を磨こうとして、填めた筈のコンタクト・レンズが一枚外れ落ちていることに気付いた。右の眼のレンズだった。
「お祖母ちゃん、あたしのコンタクト知らない?」
「知らないわよ、わたしは」
香織は今朝、張り切って、グリーンサラダを作ったり、ベーコン・エッグを焼いたりした。
ばたばたしていて、コンタクト・レンズを落としたことに気付かなかった。
「確かに填めたのかい?」
「填めたわよ。顔を洗った後にちゃんと填めたわ」
「そうかぁ?・・・」
祖母が首を傾げたのは、以前にもこの種の失敗を香織から聞かされていたからである。
登校の途中でコンタクト・レンズを填めていないことに気づいたり、授業のパソコンに向かってから、片目にレンズが入っていないことに気づいたりしたこともあった。
香織は通学鞄の中を掻き回して、コンタクト・レンズのケースを取り出した。筒形の小さなケースで中に仕切りが在り、両端から一個ずつレンズを収めるようになっていた。
「無いわ。やっぱり」
ケースの中を調べ終わると彼女はがっかりした声を出した。
「コンタクトを填めてから顔を洗ったんじゃないのかい?」
「だって、此方には填まっているじゃん」
「片方だけ流れたんだよ」
「そんなこと無いわよ」
それでも気になるのか、香織は洗面所まで見に行ったが、首を振って戻って来た。
「無い、無い・・・この部屋の何処かなんだよな」
レンズが填まっていない方の眼を細めて、彼女は辺りを見回したが、不意に思い出したように言った。
「判った、ベッドの布団の中だわ」
「ベッド?」
「うん、多分・・・」
 香織はベッドの敷き布団も掛布団も捲って調べたが、コンタクト・レンズは見つからなかった。シーツを払い、枕カバーを剥がして調べ、パジャマのポケットまで探ったけれどもレンズは見当たらなかった。
「おかしいなぁ。此処が怪しいと思ったんだけどなぁ」
香織は肩で息を吐いて呟いた。
香織は躰を起こして時計に眼をやり、大仰に言った。
「うわっ、大変!授業が始まる時間だわ!」
香織は遅刻を滅多にしなかった。遅刻をして身を縮めながら教室に入って行くと、先生を初め、皆の胡乱な視線が一斉に此方に注がれて全員の非難が浴びせられて来る。それが嫌で香織は絶対に遅刻は避けたかった。
「行って来まぁ~す」
「ああ、気を付けて、な」
彼女はあたふたとドアを開けて出て行った。
 その日は良く晴れた二十五日の金曜日であった。
朝から近くの幹線道路を走る車の音が耳に喧しい程だった。普段から交通量の多い道路であるが、締め日や支払日の二十五日には特に車が多い。事故も多いし、救急車のサイレンの音が聞こえることもある。
登校を急いでいた香織は、横断歩道を走って渡ろうとして大型トラックに撥ねられた。信号をよく確かめなかったのか、それとも、見誤ったのか・・・彼女はほぼ即死の状態だった。
 週が明けた月曜日、朝一番のホームルームで担任の先生から香織の急死を聞かされた聡亮は、瞬時に頭の中が真っ白になって呆然自失した。暫くすると、聡亮は啜り泣きを初め、やがて両手で顔を覆って嗚咽し出した。教室の皆が聡亮を注視すると、彼は矢庭に教室を飛び出して、廊下の中程に在るトイレに駆け込んだ。暫く、嗚咽し続けた後、聡亮は教室には戻らずにそのまま走って校門を後にし、香織の家へ向かった。
 香織の家では東京から急遽帰って来た父親と祖母の二人がしょんぼりと聡亮を出迎えた。
案内された居間の仏壇の前に、四角い箱に入った香織の骨壺が白い布で包まれて安置されていた。
聡亮は香織の遺影の前に額ずいて線香を揚げ、鉦をチンチンと鳴らして合掌した。遺影を見上げた聡亮の肩が激しく震え出し、やがて咽び泣く声が漏れ出した。暫くして、父親が聡亮の肩に片手をかけて鎮めるようにポンポンと軽く叩いた。
 香織の家を辞した聡亮は泣きながら近くの川の大きな広い河原に降りて、声を限りに香織の名前を呼んだ。
「香織~!」
「・・・・・」
「香織~!」
「・・・・・」
声は虚しく川の流れに消えて行った。零れ落ちる涙が陽光にきらきらと光った。
聡亮は初恋を無くしたが、香織の面影は彼の胸に生涯焼き付いて残った。
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