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十六章
しおりを挟む歯磨きを終えると、時間はまだ朝の九時。
折角の休日だ。
この後のデートで玄二の心を掴まなくては。
「玄二、この後どうする?」
「そうだなぁ。恋白、帰るの夕方になるからそれまでは大丈夫」
「じゃあいつものモールいこっか。適当にぶらぶらして、昼はそこで食ってもいいし」
「いいな。じゃ、着替えてくるわ」
モールと言うのはここから少し歩いたところにある商業複合施設だ。普通のスーパーからレストラン、様々な物品を扱う施設であり、地元の老若男女にとって馴染み深い場所である。
オレらや『クライシス』の仲間もよく使っている。
玄二も恋白も、そこにあるパンケーキが大好きだもんな。
今日はオレが奢ってやろう。玄二ならニ、三種類はイケそうだから結構な出費になるけど、彼の笑顔には変えられねえよな。
そう思いながら、オレと着替えてめかしこんだ玄二は二人で家を出た。
朝のモールはいつもより賑わっていた。その客の大半は、セール目当てで来ていた女性客だったらしい。
「昼前に来れてよかったな。パンケーキ屋絶対混んでたし」
「だよな、人気だもん」
朝からわざわざモールに来て食事をする人間は少ない。とくにパンケーキのような重量感のあるものは。
時間帯を考えると、あの店が混みだすのは昼時かそれ以降だ。
つまり今はベストタイミングというわけだ。
そうして店に向かおうとしていたが、見覚えのある姿を見かけた。
黒い髪に意志の強そうな青い眼差しをした少年は、ルイ本人だ。
だがルイの側にはミキではなく少女がいて、彼はパンパンに詰まったビニール袋を抱えていた。
事情を把握しきれないオレを置いて、隣にいた玄二がルイに声をかけた。
「ルイ。なにしてんだよ。ミキはどうした?」
ルイに尋ねる声色は決して大きくないが、聞くものに有無を言わさず答えさせる威圧感があった。
……なんだ? なんでルイに怒ってるんだ?
あれか? ルイがあの女の子と浮気してるとでも思ってるの? で、友達としてそれが許せないって?
玄二の姿を見て、女の子は目を見開いて怯えてる様子だった。心なしか顔色も悪い。
ああ……もう。言わんこっちゃない。
彼女を庇うようにしながら、ルイは溜め息を吐きながら答える。
「今日はルイくんはいないよ。オレはただ買い物に来てて、この子の荷物持ってるだけ」
「なんでお前がそんな事する義理があんの?」
「袋の取っ手が切れて大変そうだったから、自転車まで運んでやってるとこなの。この子、近所に住んでる子で、顔見知りだから放っておけなくて」
ルイは背中にいる少女に振り返り「な、千麻」という。
千麻?
その名と、少し癖のある桃っぽい茶髪のセミロングとオレンジ色の瞳を見るうちにオレは思い出した。
『ちなたい』にはヒロインとされた女性キャラがいた。
彼女はルイの隣に住んでいる同級生で、名前は奏千麻。
優等生でルックスも良く快活な性格から男女問わず人気がある。
……というのは作中内の設定だけであり、読者からは散々な言われようをした女性キャラだった。
千麻と言うのはいわゆるヒロインと呼ぶには憚られるヒドインだった。
まず、ものすごい出しゃばりなのだ。
ルイがいじめられていても周りの大人に何も言わずに、「やめてもらうように言いなさい」とお花畑な発言をする、所謂誰に対してもいい顔をしたがる八方美人であった。
ルイなりに強さを見つけるために『クライシス』に入ると、彼の気持ちを全否定し「いじめっこと同じじゃない! 卑怯者!」と罵詈雑言を浴びせた。
特にルイの尊敬するミキにもその毒牙は向き、彼が女性に手を上げないのをいいことにありとあらゆる無礼な発言を繰り返した。
不良漫画という男の世界にはあるまじき、女性の嫌なところを煮詰めたような異物である千麻は当然読者からは嫌われ、彼女の出番は「転校した」ということですぐになくなった。
今まで彼女の存在を忘れていた。
オレ自身千麻のことが好きじゃなかったというのもあるが――叱り方というか詰め方が前世の実の母親に似ていて――、今の彼女はあまりに原作と雰囲気が違うのだ。
刺々しくルイに接していた時のあの誰彼構わず「野蛮だよ、反省しなさい」と綺麗事を並べて噛みついたあの千麻から感じる不快感はない。毒気が抜けたような、害のない空気が彼女から流れていた。
なんだ? もしかしてオレと玄二、ミキとルイがカップルになったように、千麻の性格も変わったのかな。
「よかった。浮気してたら同じ男に惚れた男としてお前の事ぶっ飛ばしてるとこだった」
「馬鹿っ、そんなことしねえよ! 目の前で困ってる奴放っておくほうがミキくんに顔向けできねえだろ?」
「同じ……?」
そう言って小首を傾げる彼女を見下ろしながら、玄二はオレに抱き着いた。
「おわ! げ、玄二」
「そう。ルイがミキと付き合ってるように、オレとこの人、松葉潮の兄貴も恋人同士なんだ。ってなわけで、それぞれの邪魔すんじゃねえぞ」
「え!? そうなの!」
驚いて声をあげる千麻を鼻で笑ってから、オレにはとろけるような甘い笑みを向ける。
「さ、兄貴。早くパンケーキ屋いこ」
「あ……ああ、じゃあな」
幾つか疑問は残ったものの、そのまま玄二の腕に引きずられるようにフードエリアに向かった。
「見せつけるってさ、いい気分だな」
「そうか、なんかいきなりすぎてびっくりしてるように見えたけど」
オレを腕に抱きながら玄二はポツリと呟いた。
「オレ、前に女にコクられてよ、断った時に兄貴のこと悪口言われたことある……安心しろよ。兄貴の迷惑にならないよう手はあげてないから」
……手、は?
不穏な発言に上を見ると、玄二は先程と同じ笑みを浮かべるだけだった。
「そんな馬鹿共にさ、こうやって見せつけてやりたかった。オレは兄貴といる時が一番幸せなんだ。お前らなんかいらねえってさ……まっすぐでカッコいい、オレの兄貴は最高の恋人だってさ」
そう言われると弱い。
叱る気も起きなくなっちまうよ。
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