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一話 悪役がヒロインの為に出来る事
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糞みたいな仕事と、糞みたいな社交辞令を並べておべっかを使うだけの飲み会。
それを終えて帰宅途中だった僕は信号無視のトラックに轢かれた。
長い間、暗闇にいた。
そして目を開けると、知らない光景が広がっていた。
見慣れぬベッド、見慣れぬ部屋。
手を前に翳すと、タコも肌荒れもない女性のような綺麗な手の平。
「あら、もうお目覚めでしたか」
部屋に入って来たのは、メイドだった。
コンカフェにいる様なミニスカートのブリブリした服じゃなくて、露出度の少ないクラシカルなタイプのメイドだ。
メイドはサイドテーブルに桶を置いて、笑顔で僕の方を見る。
「さあさ、顔をお洗い下さい。イライお坊ちゃま」
イライ?
聞き覚えのある名前に、桶の入ったお湯を覗く。
そこには赤みがかった巻き毛のブロンドヘアのあどけなさの残る少年が映っていた。
そして、僕はショックのあまり桶を掴んで頭ごと湯の中に突っ込んだ。
(イライって、あのモラハラパワハラ野郎のイライ・ロザリンドじゃないか!)
『傷だらけの花嫁~虐げられたずたぼろ夫人は冷血皇帝の番として溺愛される~』。
それは事故に巻き込まれる前の僕が愛読していた恋愛漫画だ。
いわゆるドアマットヒロインもので、第二の性であるオメガバースが存在する中世ヨーロッパ風の世界が舞台だ。
Ωであるヒロイン、リゼッタはロザリンド伯爵家に嫁ぐが、そこでDVと呼ぶのも生温い虐待を受ける。
その主犯が、当主でありリゼッタの夫、イライだ。
歴史だけが取り柄の伯爵令息であるイライは、新興貴族として財力のあるリゼッタの家と彼女の才能を妬み、彼女を虐げたのだ。
「お前は出来が悪い」だの「卑しい成金の娘」と言葉で詰り、時折物を投げたりベルトを鞭のようにして妻を打ち据えたり、彼女の目の前で愛人を侍らせることもあった。
ロザリンド家の使用人も主に倣って奥方であるリゼッタを冷遇し、罰として暴力を振るう事もあった。
領地からの帰り、暗い山奥で馬車から降ろされ一人きりにされるという嫌がらせを受け、リゼッタは凍死寸前だった。
そこを救ったのが、国の皇帝であるヴァシリ・ド・クラウスであった。
「見つけた。俺の運命の番よ」
二人はただのαとΩではない、特別な存在である運命の番だった。
リゼッタを救ったヴァシリは何よりも重くどこまでも深い愛を彼女に捧げ、傷ついたリゼッタも彼の愛に応えていった。
それを邪魔するのも、イライだ。
リゼッタの金が欲しいイライはリゼッタに執着し、様々な嫌がらせをして二人の幸せを害そうとする。
だが二人はその苦難を乗り越え、番として結ばれる。
悪役たちもしっかりと断罪される。
嫉妬からリゼッタを殴った令嬢。皇帝に自分の娘を宛がおうと違法な薬を使った大臣。そしてイライをはじめとしたロザリンド家の協力者。
当たり前だが、一番の悪役であるイライの末路は悲惨そのものだった。
リゼッタに対するものだけでなく脱税や違法な外国との取引をしたことが暴かれ、領地どころか爵位まで失い、罪人として終身刑となった。
牢には彼の協力者も入れられており、彼らから毎日のように暴行を受け、その度に看守により治療されるという生き地獄に落とされるのだった。
その凄惨かつ無様な末路にコメント欄では「ざまあみろ! スカっとしました!」という賞賛が溢れた。
リゼッタとヴァシリの恋を応援していた僕も、イライは当然の報いを受けたのだと、そう思っていた。
(モブならわかるけど、まさかリゼッタの不幸の全ての元凶であるイライになるだなんて……!)
長い間息を止めてから顔を上げた僕に、メイドは焦っていた。
どんなに息を止めても、元の世界に戻れない。
と、いう事はこの世界を受け入れるしかない。
「お、お坊ちゃま……!?」
「あの、僕……今っていくつ?」
僕からの質問にメイドは目をぱちくりとさせる。
うん、わかる。こんな質問されたら寝ぼけてると思うよね。
でも彼女は戸惑いながら答えてくれた。
「ええ、っと……14歳、です。来月の誕生日で、15歳になられますよ?」
「14か……」
イライ、15歳の誕生日。
それは原作でイライとリゼッタの婚約が決まった日だ。
メイドから受け取ったタオルで顔を拭いながら、僕は考える。
どうすればリゼッタをヴァシリに出会わせ、幸せに出来るのか。
婚約を破棄する?
いいや。そうしてリゼッタの新しい婚約者となった男が、原作のイライ以上のクズだったら?
最悪ヴァシリに出会う前に死んでしまうぞ。
イライは、いや、僕は意を決して息を吸い込んだ。
……リゼッタを僕の婚約者に迎えるしかない。
彼女を僕の視野内で守りつつ、ヴァシリとの出会いをセッティングする。
といっても、ロザリンド家は血統と歴史だけが取り柄の貧乏伯爵だ。
皇帝と出会う機会なんてほとんどない。
そして僕は自分の脳中でToDoリストを製作した。
1、リゼッタを婚約者として迎えて適度な距離感を保ちながら彼女を守る。
2、堂々と皇帝と会える機会を作る為、ロザリンド家を立て直す。
3、皇帝であるヴァシリとリゼッタを出会わせて、自分は潔く身を引く。
「これだ……」
着替えを用意するメイドに気づかれぬよう小声で僕は呟いた。
最悪の異世界転生だけど、僕なりに足掻いてみせる。
もう、前世のように無難な事ばかり求めて流されるのはご免だ。
(待っててくれ、リゼッタ。すぐにヴァシリに会わせてあげるからね!)
それを終えて帰宅途中だった僕は信号無視のトラックに轢かれた。
長い間、暗闇にいた。
そして目を開けると、知らない光景が広がっていた。
見慣れぬベッド、見慣れぬ部屋。
手を前に翳すと、タコも肌荒れもない女性のような綺麗な手の平。
「あら、もうお目覚めでしたか」
部屋に入って来たのは、メイドだった。
コンカフェにいる様なミニスカートのブリブリした服じゃなくて、露出度の少ないクラシカルなタイプのメイドだ。
メイドはサイドテーブルに桶を置いて、笑顔で僕の方を見る。
「さあさ、顔をお洗い下さい。イライお坊ちゃま」
イライ?
聞き覚えのある名前に、桶の入ったお湯を覗く。
そこには赤みがかった巻き毛のブロンドヘアのあどけなさの残る少年が映っていた。
そして、僕はショックのあまり桶を掴んで頭ごと湯の中に突っ込んだ。
(イライって、あのモラハラパワハラ野郎のイライ・ロザリンドじゃないか!)
『傷だらけの花嫁~虐げられたずたぼろ夫人は冷血皇帝の番として溺愛される~』。
それは事故に巻き込まれる前の僕が愛読していた恋愛漫画だ。
いわゆるドアマットヒロインもので、第二の性であるオメガバースが存在する中世ヨーロッパ風の世界が舞台だ。
Ωであるヒロイン、リゼッタはロザリンド伯爵家に嫁ぐが、そこでDVと呼ぶのも生温い虐待を受ける。
その主犯が、当主でありリゼッタの夫、イライだ。
歴史だけが取り柄の伯爵令息であるイライは、新興貴族として財力のあるリゼッタの家と彼女の才能を妬み、彼女を虐げたのだ。
「お前は出来が悪い」だの「卑しい成金の娘」と言葉で詰り、時折物を投げたりベルトを鞭のようにして妻を打ち据えたり、彼女の目の前で愛人を侍らせることもあった。
ロザリンド家の使用人も主に倣って奥方であるリゼッタを冷遇し、罰として暴力を振るう事もあった。
領地からの帰り、暗い山奥で馬車から降ろされ一人きりにされるという嫌がらせを受け、リゼッタは凍死寸前だった。
そこを救ったのが、国の皇帝であるヴァシリ・ド・クラウスであった。
「見つけた。俺の運命の番よ」
二人はただのαとΩではない、特別な存在である運命の番だった。
リゼッタを救ったヴァシリは何よりも重くどこまでも深い愛を彼女に捧げ、傷ついたリゼッタも彼の愛に応えていった。
それを邪魔するのも、イライだ。
リゼッタの金が欲しいイライはリゼッタに執着し、様々な嫌がらせをして二人の幸せを害そうとする。
だが二人はその苦難を乗り越え、番として結ばれる。
悪役たちもしっかりと断罪される。
嫉妬からリゼッタを殴った令嬢。皇帝に自分の娘を宛がおうと違法な薬を使った大臣。そしてイライをはじめとしたロザリンド家の協力者。
当たり前だが、一番の悪役であるイライの末路は悲惨そのものだった。
リゼッタに対するものだけでなく脱税や違法な外国との取引をしたことが暴かれ、領地どころか爵位まで失い、罪人として終身刑となった。
牢には彼の協力者も入れられており、彼らから毎日のように暴行を受け、その度に看守により治療されるという生き地獄に落とされるのだった。
その凄惨かつ無様な末路にコメント欄では「ざまあみろ! スカっとしました!」という賞賛が溢れた。
リゼッタとヴァシリの恋を応援していた僕も、イライは当然の報いを受けたのだと、そう思っていた。
(モブならわかるけど、まさかリゼッタの不幸の全ての元凶であるイライになるだなんて……!)
長い間息を止めてから顔を上げた僕に、メイドは焦っていた。
どんなに息を止めても、元の世界に戻れない。
と、いう事はこの世界を受け入れるしかない。
「お、お坊ちゃま……!?」
「あの、僕……今っていくつ?」
僕からの質問にメイドは目をぱちくりとさせる。
うん、わかる。こんな質問されたら寝ぼけてると思うよね。
でも彼女は戸惑いながら答えてくれた。
「ええ、っと……14歳、です。来月の誕生日で、15歳になられますよ?」
「14か……」
イライ、15歳の誕生日。
それは原作でイライとリゼッタの婚約が決まった日だ。
メイドから受け取ったタオルで顔を拭いながら、僕は考える。
どうすればリゼッタをヴァシリに出会わせ、幸せに出来るのか。
婚約を破棄する?
いいや。そうしてリゼッタの新しい婚約者となった男が、原作のイライ以上のクズだったら?
最悪ヴァシリに出会う前に死んでしまうぞ。
イライは、いや、僕は意を決して息を吸い込んだ。
……リゼッタを僕の婚約者に迎えるしかない。
彼女を僕の視野内で守りつつ、ヴァシリとの出会いをセッティングする。
といっても、ロザリンド家は血統と歴史だけが取り柄の貧乏伯爵だ。
皇帝と出会う機会なんてほとんどない。
そして僕は自分の脳中でToDoリストを製作した。
1、リゼッタを婚約者として迎えて適度な距離感を保ちながら彼女を守る。
2、堂々と皇帝と会える機会を作る為、ロザリンド家を立て直す。
3、皇帝であるヴァシリとリゼッタを出会わせて、自分は潔く身を引く。
「これだ……」
着替えを用意するメイドに気づかれぬよう小声で僕は呟いた。
最悪の異世界転生だけど、僕なりに足掻いてみせる。
もう、前世のように無難な事ばかり求めて流されるのはご免だ。
(待っててくれ、リゼッタ。すぐにヴァシリに会わせてあげるからね!)
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