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十一話 娼館に行ったら……
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あの日以降、何度かローランと会うようになった。
婚約者としては当然のことだろう。
それでも僕はまだ彼と僕との間にある感情に名前を付けて整理できないでいた。
そのせいか彼がからかい、僕がそれに怒る。
そんなやり取りをいつも繰り返した。
「傭兵団に悪い噂が流れてる?」
僕の耳にそんな噂が届いたのは、サロンでローランと話をしていた時だった。
ローランは大して気にしていないようで、ソファに体を預けて背を伸ばした。
「良くある話さ。『娼館で横暴に振る舞ってた』ってさ」
「良くあるっていうけど……醜聞の後始末はちゃんとしといたほうがいいよ? こんな事言いたくないけど、ジェスター傭兵団を快く思ってない連中はいるんだから」
何もない場所から成りあがってきた集団だ。
ありもしない噂なんていうもので立ち止まったりするほど柔ではないのだろう。
でも、あの宮殿でのあからさまな貴族たちの態度から察するに、今すぐにでも彼らを帝国から追い出そうとする人間も少なくない。
些細な噂でも、破滅の原因になる。
「心配してくれるんだな」
「当たり前じゃないか。婚約者だからね……一応は」
最後に悪態をついてしまった。
それでも彼はいつも通りだった。
「優しいな、イライ。だがまあ、安心しなよ。こっちの方で色々と調べとくからさ」
「僕も――」
「大丈夫だ。任せとけって」
そう言ってまた僕の頭を撫でる。
……ムカつく。
まるで自分が弱くて何も出来ないと言われているようだ。
Ωだから? 貴族のお坊ちゃまだから?
そんなことで舐められたら溜まったもんじゃない。
(こうなった意地でも僕が解決してやる)
そうと決めた僕は何食わぬ顔で社交場に向かった。
知らないふりをして周りの顔色を伺った。
やはり遠巻きで僕を見つめる人がいる。
大方「野蛮なαに引っかかって可哀そうに」と思われているのだろう。
「あら、イライお義兄様」
ルージュの声が背後から聞こえて、振り返る。
彼女は眉を八の字にして僕に縋った。
「噂を聞きましたよ。大丈夫なんですか?」
「……噂?」
「ジェスター傭兵団のことです。お義兄様の婚約者のことなので、わたくし、口にするのを憚っていたのですが……本当にどの噂もひどくて」
そう言って彼女は指で目尻を拭う。
そんな彼女に、僕は尋ねた。
「それは、どんな噂なんだい? 正直に話してくれないか?」
「っ……はい。で、では、驚かないで聞いてくださいね?」
ルージュは言葉を詰まらせながら話してくれた。
やれ、傭兵団が娼館で娼婦やΩの男娼をひどく殴りつけた。
やれ、街中で気に入った人間を拉致して弄ぶ。
やれ、やれ……
港町で彼らが慕われているのを見ていた僕は、にわかに信じられなかった。
そもそも本当に噂のようなことがあるなど最初から信じてはいない。
それでも噂を出した人間がどこでどのような噂を流したかを知れば、その出所を探れるはずだ。
「その娼館って、どこかわかるかい?」
「はい……確か、カメリアの館です」
その娼館の名前は聞いたことがある。
リゼッタとの婚約を解消した後にぶらついていた時に、看板を見かけたことがあった。
僕はうろたえた様子を演じながら、その場を去った。
※
以前使った平民の服。捨てなくて良かったな。
伊達メガネと鬘も買ったから、僕だってバレる心配がない。
「……よしっ」
鏡の前の僕はどっからどう見てもイライ・ロザリンドには見えない、栗色の髪のどこにでもいる眼鏡の少年だ。
(娼館に来た初心なお坊ちゃんを演じて、中の様子を探ろう)
知られたら絶対に止められてしまうので使用人にはバレないように館を抜けて、馬車に金を払ってカメリアの館に向かった。
カメリアの館は黒漆喰の壁に、赤みがかった明かりを窓から漏らしていた。
いかにも『いかがわしいお店』って感じだ。
僕は客としてその中に入った。
受付の女が、僕を見つめてクスリと笑った。
「お兄さん、Ω?」
「え……あ、はい。どうしてわかったんですか?」
「あたしくらいになると一目見て第二の性わかるのよ。で……男のαも女のαもいるけど、どっちがいい?」
煙草を吹かしながら彼女は尋ねる。
長い間客商売に携わったからか、人のことをよく見ている。
これは僕も疑われないように気を引き締めないと。
僕はわざと初々しく振る舞って、俯きながら『ヒート処理の為に初めて娼館を訪れた初心なΩ』として答えた。
「えっとぉ、僕、こういうお店初めてで……お話ししやすい、明るい人が相手なら、緊張しなくていいかな、って」
「ふふふ。安心してちょうだい。あなたにぴったりな子を紹介するわ。控室で待っていてね」
ウインクをする彼女に促され、僕はラウンジの横にあった部屋で待つことにした。
しばらくして僕は仮面を被った男性に連れられ、二階に上った。
彼は部屋を開け、僕をソファに座らせた。
「では、しばらくお待ちください」
「は、はい」
男性が去っていくのを見送ると、僕はあたりを見渡した。
天蓋のついた大き目のベッドの他には必要最低限の家具しかない。
テーブルの上には蝋燭が燃えて、辺りを明るく照らしていた。
コンコン。
ドアをノックされ、僕は立ち上がった。
(大丈夫……ここ最近の話をして、それとなく傭兵団のことを聞き出すだけ。あとは適当に会話をして時間を過ごせばそれでいいんだ)
「入って、いいですよ」
僕がそう言うと「失礼します」とドアが開いた。
瞬間、ふわりと麝香の香りがした。
(あれ、この匂いって……)
その匂いを嗅いだ瞬間に嫌な予感がした。
ここにいるはずの無い人間の、フェロモンの香りだったから。
戸惑い、何も言えなくなっていた僕に、彼は一瞬で距離を詰め、ベッドに運んだ。
「ぁっ」
彼は仰向けにシーツに沈む僕の上に覆いかぶさる。
男は灰色の狼の仮面を被っていた。
穴の奥から覗く榛色の目が鋭く光っていて、本物の狼のようだ。
まさに今、獲物を喰らおうとしている狼……
「ようこそ、お兄さん」
男はそう言うと、ゆっくりと仮面を外す。
艶のある茶髪の、褐色の美丈夫がそこに現れた。
「今夜は天国見せてやるぜ……嫌って言ってもなぁ」
その目以外は笑っているローランに、僕は動くことが出来なかった。
婚約者としては当然のことだろう。
それでも僕はまだ彼と僕との間にある感情に名前を付けて整理できないでいた。
そのせいか彼がからかい、僕がそれに怒る。
そんなやり取りをいつも繰り返した。
「傭兵団に悪い噂が流れてる?」
僕の耳にそんな噂が届いたのは、サロンでローランと話をしていた時だった。
ローランは大して気にしていないようで、ソファに体を預けて背を伸ばした。
「良くある話さ。『娼館で横暴に振る舞ってた』ってさ」
「良くあるっていうけど……醜聞の後始末はちゃんとしといたほうがいいよ? こんな事言いたくないけど、ジェスター傭兵団を快く思ってない連中はいるんだから」
何もない場所から成りあがってきた集団だ。
ありもしない噂なんていうもので立ち止まったりするほど柔ではないのだろう。
でも、あの宮殿でのあからさまな貴族たちの態度から察するに、今すぐにでも彼らを帝国から追い出そうとする人間も少なくない。
些細な噂でも、破滅の原因になる。
「心配してくれるんだな」
「当たり前じゃないか。婚約者だからね……一応は」
最後に悪態をついてしまった。
それでも彼はいつも通りだった。
「優しいな、イライ。だがまあ、安心しなよ。こっちの方で色々と調べとくからさ」
「僕も――」
「大丈夫だ。任せとけって」
そう言ってまた僕の頭を撫でる。
……ムカつく。
まるで自分が弱くて何も出来ないと言われているようだ。
Ωだから? 貴族のお坊ちゃまだから?
そんなことで舐められたら溜まったもんじゃない。
(こうなった意地でも僕が解決してやる)
そうと決めた僕は何食わぬ顔で社交場に向かった。
知らないふりをして周りの顔色を伺った。
やはり遠巻きで僕を見つめる人がいる。
大方「野蛮なαに引っかかって可哀そうに」と思われているのだろう。
「あら、イライお義兄様」
ルージュの声が背後から聞こえて、振り返る。
彼女は眉を八の字にして僕に縋った。
「噂を聞きましたよ。大丈夫なんですか?」
「……噂?」
「ジェスター傭兵団のことです。お義兄様の婚約者のことなので、わたくし、口にするのを憚っていたのですが……本当にどの噂もひどくて」
そう言って彼女は指で目尻を拭う。
そんな彼女に、僕は尋ねた。
「それは、どんな噂なんだい? 正直に話してくれないか?」
「っ……はい。で、では、驚かないで聞いてくださいね?」
ルージュは言葉を詰まらせながら話してくれた。
やれ、傭兵団が娼館で娼婦やΩの男娼をひどく殴りつけた。
やれ、街中で気に入った人間を拉致して弄ぶ。
やれ、やれ……
港町で彼らが慕われているのを見ていた僕は、にわかに信じられなかった。
そもそも本当に噂のようなことがあるなど最初から信じてはいない。
それでも噂を出した人間がどこでどのような噂を流したかを知れば、その出所を探れるはずだ。
「その娼館って、どこかわかるかい?」
「はい……確か、カメリアの館です」
その娼館の名前は聞いたことがある。
リゼッタとの婚約を解消した後にぶらついていた時に、看板を見かけたことがあった。
僕はうろたえた様子を演じながら、その場を去った。
※
以前使った平民の服。捨てなくて良かったな。
伊達メガネと鬘も買ったから、僕だってバレる心配がない。
「……よしっ」
鏡の前の僕はどっからどう見てもイライ・ロザリンドには見えない、栗色の髪のどこにでもいる眼鏡の少年だ。
(娼館に来た初心なお坊ちゃんを演じて、中の様子を探ろう)
知られたら絶対に止められてしまうので使用人にはバレないように館を抜けて、馬車に金を払ってカメリアの館に向かった。
カメリアの館は黒漆喰の壁に、赤みがかった明かりを窓から漏らしていた。
いかにも『いかがわしいお店』って感じだ。
僕は客としてその中に入った。
受付の女が、僕を見つめてクスリと笑った。
「お兄さん、Ω?」
「え……あ、はい。どうしてわかったんですか?」
「あたしくらいになると一目見て第二の性わかるのよ。で……男のαも女のαもいるけど、どっちがいい?」
煙草を吹かしながら彼女は尋ねる。
長い間客商売に携わったからか、人のことをよく見ている。
これは僕も疑われないように気を引き締めないと。
僕はわざと初々しく振る舞って、俯きながら『ヒート処理の為に初めて娼館を訪れた初心なΩ』として答えた。
「えっとぉ、僕、こういうお店初めてで……お話ししやすい、明るい人が相手なら、緊張しなくていいかな、って」
「ふふふ。安心してちょうだい。あなたにぴったりな子を紹介するわ。控室で待っていてね」
ウインクをする彼女に促され、僕はラウンジの横にあった部屋で待つことにした。
しばらくして僕は仮面を被った男性に連れられ、二階に上った。
彼は部屋を開け、僕をソファに座らせた。
「では、しばらくお待ちください」
「は、はい」
男性が去っていくのを見送ると、僕はあたりを見渡した。
天蓋のついた大き目のベッドの他には必要最低限の家具しかない。
テーブルの上には蝋燭が燃えて、辺りを明るく照らしていた。
コンコン。
ドアをノックされ、僕は立ち上がった。
(大丈夫……ここ最近の話をして、それとなく傭兵団のことを聞き出すだけ。あとは適当に会話をして時間を過ごせばそれでいいんだ)
「入って、いいですよ」
僕がそう言うと「失礼します」とドアが開いた。
瞬間、ふわりと麝香の香りがした。
(あれ、この匂いって……)
その匂いを嗅いだ瞬間に嫌な予感がした。
ここにいるはずの無い人間の、フェロモンの香りだったから。
戸惑い、何も言えなくなっていた僕に、彼は一瞬で距離を詰め、ベッドに運んだ。
「ぁっ」
彼は仰向けにシーツに沈む僕の上に覆いかぶさる。
男は灰色の狼の仮面を被っていた。
穴の奥から覗く榛色の目が鋭く光っていて、本物の狼のようだ。
まさに今、獲物を喰らおうとしている狼……
「ようこそ、お兄さん」
男はそう言うと、ゆっくりと仮面を外す。
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