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十二話 愛咬
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ローランは僕に触れると、鬘と伊達メガネを剥ぎ取った。
あっという間に僕は本来の姿を晒す。
ローランは無言のまま僕のシャツの釦を解いていく。
一個、また一個と。
そこで首筋が晒されると、一気に眉を顰めた。
「首、隠してねえのか」
「……え」
「噛まれてたらどうしてた。お前は客のつもりで来たかもしれねえが、冗談半分で無理矢理愛咬するようなクズなんてこの街にはそこら中にいるんだぞ」
愛咬。
αがΩを噛むことで己のフェロモンを注ぎ唯一無二の番となる、特別な儀式。
一度αに愛咬されたΩは生涯そのαを思い続け、誰にも染められなくなる。
愛咬されたΩのヒートを鎮められるのは、Ωの首を噛んだαだけになる。
それ故にαにとっては責任重大な行為である。
だが中には「セックスで盛り上がるから」などと無責任にΩの首を噛むような酷いαもいる。
僕はローランの発言に衝撃を受けた。
僕は彼からαのフェロモンを注がれてΩになった。
それに、あの夜から目覚めると僕の体には噛み痕がびっしりあった。
首は視界になっていて見れなかったが、情事に盛り上がった彼は僕の首を噛んでおり、その時に愛咬を済ませていた。
今までそう思っていた。
「ローラン、僕の首……噛んでないの?」
「俺がそこまで軽薄な奴だと思ってんのか?」
「うん」
「……ひでぇ奴だな。婚約者に黙ってこんなとこに来るなんて」
彼が悲しそうに溜め息を吐くので、僕はすぐにそれを否定しようとした。
ムカつくけど、浮気なんてする気は全くなかった。ただ情報を聞き出すためだってって。
「誓って言うが、それは違うよ。僕は――」
そういう僕の口を、ローランは手で覆った。
言い訳を聞かずに襲う気か?
……と思っていたら違った。
ローランは僕の姿を隠すように更に密着し、ベッドに押し付けた。
すると壁の方から大股の足音と声が聞こえた。
「結構簡単に広まりましたね~、例の嘘。あの傭兵団の噂。国の英雄だからみんな疑うと思ったのに」
「お貴族様からは嫌われてるからな。その人たちが煽ってくれたから、ここまで広まったってわけよ」
隣の部屋は、男娼の控室なのだろう。
彼らのやり取りが小さくとも聞こえてくる。
(ここの男娼が流したのか? でも、どうして……)
「しかし兄さんのお得意様、どうして傭兵団が暴れてるなんて嘘流せなんて言ったんですか?」
「その傭兵団の親玉が自分の家の本家の人間なんだってよ。だからこれを機に両者とも破滅させて、自分が本家を乗っ取ってやるつもりらしい」
「こっわー! 腹黒ですねえ、あの赤毛さん!」
「ふふん。でもあのハニーの予想通りになったら、俺にもっと貢いでくれるっていうし、うまくいくといいなぁ」
ケラケラを笑う声に、僕は固まった。
彼らが言っている人間。
その特徴が当てはまるのは、ルージュだけだ。
会う度に、彼女が将来破滅しないように再三注意してきた。
人のことを重んじ、節度を持つように教育した。
その結果今のルージュは原作とは異なり、真面目な商人として生きており、僕とも正常な関係を結べている。
そう思っていた。
「会う度にいっつも愚痴ってたぜ。『お義兄様はうざったくてしょうがない。いつかあの人を退けてやる』ってな。表ではいい子ぶってるけど、ほんとに嫌ってるみたいだぜ? その本家の人間の事」
「ひ~……Ω同士の争いってやつですぅ? 怖~」
「……っ」
僕の思いは、気遣いは、ルージュには届いていなかった。
それどころか破滅させてやりたいと思われるほどに、嫌われるなんて。
(へ……)
そんな僕の頬を、いつの間にか口から退かしていた手で撫でる。
おでことおでこが触れ合うほどの距離。
ローランは僕にだけ聞こえる声で囁く。
「大丈夫だ。お前のことは、よくわかってる。何のためにここに来てたのかもな」
「ろー、らん」
「今は……俺だけがいる。だから、何も気にしなくていい」
その優しい声が、眼差しが、温度が、香りが。
僕に想わせたんだ。
「この男に縋りたい」と。
本能に従うままに、僕は彼の背に腕を回した。
温かく、濃厚な麝香の香りがする。
Ωに変わった体が、ローランに変えられた体が、彼の全てを求めていた。
不安や心の痛みに蝕まられた傷が、彼に触れるだけで癒えていくような気がした。
そのまま僕らはずっと抱き合っていた。
隣の部屋が静かになると、ローランは僕の背を支えながら離れていった。
「そもそもなんで俺がここに来たのか、わかるか?」
突然の質問に、僕は考え付いた答えを出した。
「僕の事、追いかけてきたの?」
「半分あってる。とにかく、ここらへんは俺らの縄張りだ。俺の耳に入ってこない情報はない。部屋の間取りから、どんな客が店に来て、どんな相手と何をするのが好きかをな」
ローランは立ち上がって仮面を被り直して僕の方を振り返る。
「考えてみろ。どうやって俺はお前の正体を、お前がΩになったことを知ったと思う?」
「……あ」
そう言えばそうだ。
あの祝勝会の日。
ローランは僕がどこの誰で、自分と番う事の出来るΩだとすぐにわかった。
医者の口は堅いし、ロザリンド家だってそんな情報を漏らす人間はいない。
なのにローランは知っていたのだ。
「……俺には情報を集めてくれる頼もしい人材がいる。ってことだ。だから安心して、後のことは任せな」
そう言うわけか。
ローランは傭兵団として力を振るうだけでなく、情報収集できる隠密のような存在も育成しているのだろう。
抜け目のないやつだ。
僕は彼に頷いた。
「さっきのヤツも、しばらく泳がせとけ。連中が尻尾を出して、油断したとこを完全に叩きたい」
「わかった。じゃあ、信じるよ」
自分が奪った鬘とメガネを僕の手の上に乗せると、不意打ちを狙うように僕の唇を奪った。
それからそっと離れると、僕の耳元で告げた。
「信頼できる奴が外で待ってる。奴に送らせるから、今日はもういい子で帰んな」
「うん……ありがとう。今日は世話になったね」
そうして、僕らは別れた。
僕が部屋を出ていってすぐに屈強なボーイが外まで送って、馬車に乗せてくれた。
馬車は僕が抜け道に使っていた路地に停まり、静かに館に送ってくれた。
無神経だと思ったのに、こういう気遣いが出来るとこあるんだよな。ローランは。
その後、僕は彼を信じることにした。
彼がこの問題を解決してくれると。
そして一ヶ月後。
僕とローランは宮殿に呼ばれた。
あっという間に僕は本来の姿を晒す。
ローランは無言のまま僕のシャツの釦を解いていく。
一個、また一個と。
そこで首筋が晒されると、一気に眉を顰めた。
「首、隠してねえのか」
「……え」
「噛まれてたらどうしてた。お前は客のつもりで来たかもしれねえが、冗談半分で無理矢理愛咬するようなクズなんてこの街にはそこら中にいるんだぞ」
愛咬。
αがΩを噛むことで己のフェロモンを注ぎ唯一無二の番となる、特別な儀式。
一度αに愛咬されたΩは生涯そのαを思い続け、誰にも染められなくなる。
愛咬されたΩのヒートを鎮められるのは、Ωの首を噛んだαだけになる。
それ故にαにとっては責任重大な行為である。
だが中には「セックスで盛り上がるから」などと無責任にΩの首を噛むような酷いαもいる。
僕はローランの発言に衝撃を受けた。
僕は彼からαのフェロモンを注がれてΩになった。
それに、あの夜から目覚めると僕の体には噛み痕がびっしりあった。
首は視界になっていて見れなかったが、情事に盛り上がった彼は僕の首を噛んでおり、その時に愛咬を済ませていた。
今までそう思っていた。
「ローラン、僕の首……噛んでないの?」
「俺がそこまで軽薄な奴だと思ってんのか?」
「うん」
「……ひでぇ奴だな。婚約者に黙ってこんなとこに来るなんて」
彼が悲しそうに溜め息を吐くので、僕はすぐにそれを否定しようとした。
ムカつくけど、浮気なんてする気は全くなかった。ただ情報を聞き出すためだってって。
「誓って言うが、それは違うよ。僕は――」
そういう僕の口を、ローランは手で覆った。
言い訳を聞かずに襲う気か?
……と思っていたら違った。
ローランは僕の姿を隠すように更に密着し、ベッドに押し付けた。
すると壁の方から大股の足音と声が聞こえた。
「結構簡単に広まりましたね~、例の嘘。あの傭兵団の噂。国の英雄だからみんな疑うと思ったのに」
「お貴族様からは嫌われてるからな。その人たちが煽ってくれたから、ここまで広まったってわけよ」
隣の部屋は、男娼の控室なのだろう。
彼らのやり取りが小さくとも聞こえてくる。
(ここの男娼が流したのか? でも、どうして……)
「しかし兄さんのお得意様、どうして傭兵団が暴れてるなんて嘘流せなんて言ったんですか?」
「その傭兵団の親玉が自分の家の本家の人間なんだってよ。だからこれを機に両者とも破滅させて、自分が本家を乗っ取ってやるつもりらしい」
「こっわー! 腹黒ですねえ、あの赤毛さん!」
「ふふん。でもあのハニーの予想通りになったら、俺にもっと貢いでくれるっていうし、うまくいくといいなぁ」
ケラケラを笑う声に、僕は固まった。
彼らが言っている人間。
その特徴が当てはまるのは、ルージュだけだ。
会う度に、彼女が将来破滅しないように再三注意してきた。
人のことを重んじ、節度を持つように教育した。
その結果今のルージュは原作とは異なり、真面目な商人として生きており、僕とも正常な関係を結べている。
そう思っていた。
「会う度にいっつも愚痴ってたぜ。『お義兄様はうざったくてしょうがない。いつかあの人を退けてやる』ってな。表ではいい子ぶってるけど、ほんとに嫌ってるみたいだぜ? その本家の人間の事」
「ひ~……Ω同士の争いってやつですぅ? 怖~」
「……っ」
僕の思いは、気遣いは、ルージュには届いていなかった。
それどころか破滅させてやりたいと思われるほどに、嫌われるなんて。
(へ……)
そんな僕の頬を、いつの間にか口から退かしていた手で撫でる。
おでことおでこが触れ合うほどの距離。
ローランは僕にだけ聞こえる声で囁く。
「大丈夫だ。お前のことは、よくわかってる。何のためにここに来てたのかもな」
「ろー、らん」
「今は……俺だけがいる。だから、何も気にしなくていい」
その優しい声が、眼差しが、温度が、香りが。
僕に想わせたんだ。
「この男に縋りたい」と。
本能に従うままに、僕は彼の背に腕を回した。
温かく、濃厚な麝香の香りがする。
Ωに変わった体が、ローランに変えられた体が、彼の全てを求めていた。
不安や心の痛みに蝕まられた傷が、彼に触れるだけで癒えていくような気がした。
そのまま僕らはずっと抱き合っていた。
隣の部屋が静かになると、ローランは僕の背を支えながら離れていった。
「そもそもなんで俺がここに来たのか、わかるか?」
突然の質問に、僕は考え付いた答えを出した。
「僕の事、追いかけてきたの?」
「半分あってる。とにかく、ここらへんは俺らの縄張りだ。俺の耳に入ってこない情報はない。部屋の間取りから、どんな客が店に来て、どんな相手と何をするのが好きかをな」
ローランは立ち上がって仮面を被り直して僕の方を振り返る。
「考えてみろ。どうやって俺はお前の正体を、お前がΩになったことを知ったと思う?」
「……あ」
そう言えばそうだ。
あの祝勝会の日。
ローランは僕がどこの誰で、自分と番う事の出来るΩだとすぐにわかった。
医者の口は堅いし、ロザリンド家だってそんな情報を漏らす人間はいない。
なのにローランは知っていたのだ。
「……俺には情報を集めてくれる頼もしい人材がいる。ってことだ。だから安心して、後のことは任せな」
そう言うわけか。
ローランは傭兵団として力を振るうだけでなく、情報収集できる隠密のような存在も育成しているのだろう。
抜け目のないやつだ。
僕は彼に頷いた。
「さっきのヤツも、しばらく泳がせとけ。連中が尻尾を出して、油断したとこを完全に叩きたい」
「わかった。じゃあ、信じるよ」
自分が奪った鬘とメガネを僕の手の上に乗せると、不意打ちを狙うように僕の唇を奪った。
それからそっと離れると、僕の耳元で告げた。
「信頼できる奴が外で待ってる。奴に送らせるから、今日はもういい子で帰んな」
「うん……ありがとう。今日は世話になったね」
そうして、僕らは別れた。
僕が部屋を出ていってすぐに屈強なボーイが外まで送って、馬車に乗せてくれた。
馬車は僕が抜け道に使っていた路地に停まり、静かに館に送ってくれた。
無神経だと思ったのに、こういう気遣いが出来るとこあるんだよな。ローランは。
その後、僕は彼を信じることにした。
彼がこの問題を解決してくれると。
そして一ヶ月後。
僕とローランは宮殿に呼ばれた。
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