供養沼奇譚

毒島醜女

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第四部:令和時代「配信者の終焉」

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「うんうん、大丈夫。今度の動画絶対バズるから。そしたらシャンパン入れるね。絶対ナンバーワンにしてあげるから。えへへぇ。私もだぁいすき。じゃ、お店でね。今度会ったらアフターお願いね」

名残惜しそうに通話終了のボタンを押し、彩名あやなは配信用のスマートフォンを取り出す。
電波も、バッテリーも問題はない。これならば今すぐにでも配信を始めてもよさそうだ。
車から出て、森の入り口まで行くと、彩名は動画投稿サイトのライブ配信を始めた。

「はい、皆さんこんばんは。あやぱんです。今日私は供養の沼という場所に来ています。えー、供養の沼と言うのは若い娘を沼地に沈めるという生贄文化のあった場所です。口減らしっていう奴ですね、恐ろしいです。今回私はそんな悲しい過去のある供養の沼に突撃したいと思います。許可は取ってあるので大丈夫です。では、いきましょう」

無論、嘘である。
管理者はいるだろうが面倒で調べていないし、そもそもいたとしてもこんな辺鄙な田舎にいる人間だ。自分のような若者向けの人間の動画など見ないだろうし、理解も得られないだろうと彩名は踏んでいた。
だからこそ最初から無断で決行したのだ。
声をひそめながらスニーカーで山道を登る。
荒い息を漏らしながら、聞きかじった供養の沼の由縁に自分なりに脚色したものを語りつつ沼へと進む。
彩名が供養の沼について知ったのは、ネタ集めに地方の図書館で昔の新聞記事を漁った時のことであった。
昭和に起きたそこそこ名のある写真家の変死事件。
コンプライアンスや被害者への名誉など度外視だった時代の記事には、彼が供養の沼に赴いたという旨が書かれており、その地にどのような由縁があって彼はそれが原因で亡くなったのだと面白おかしく書かれていた。
昔から生贄の風習があっただけでなく、明治時代には土地開発の為に派遣された測量士が一人行方不明になるなど、この土地には曰くがあったらしい。

「生贄文化のあった村なんですが、何年も前に水害で無くなったそうです。もしかしたら生贄が気に入らなかったんですかね。神様って、理不尽で怖いですね。ははっ」

夜中に獣道を進むのは重労働で、汗が止まらない。
だがこのような様子こそが視聴者にリアリティのある緊張感を与え、引き込むことを知っている。今だって、彩名のコメント欄には「大丈夫、無理ならすぐ逃げてよ?」とか「怖すぎる」といった言葉が下から上に流れている。
どうせならば金が欲しいが、それを言わずに向こうに出させるのがプロというものだ。そう彩名は自負している。

「あ……見えました。なんかじめっとしてて、風が生ぬるい……見えますかね? すごく、泥っぽい臭いがする……普通の場所じゃないって、わかりますよ」

見晴らしのいい場所についた時、泥の臭いを感じた。
眼下に水の気配がする。彩名は確信する。ここが例の沼地だ。
カメラをそちらへ向けるが、自分よりも視覚の悪い視聴者の為に言葉で詳しく説明する。
円を描くように歩きながら供養の沼を映していく。
コメント欄は暗いことに文句を言っている人間がいるが、その雰囲気の恐怖に慄くものが大半だ。
今の状況は上々だと彩名が思っていた時だ。

「沼にあったあの白いの何?」
「仕込み?」
「リアルすぎて笑える」

といったコメントが、コメント欄に現れた。
勿論彩名はそのような仕込みはしていない。だがここであからさまに否定しても面白くない。

「なんですか? 白いのって……沼に、ですか……?」

そう言ったことを言っているのが一人であるなら、からかいの可能性も考えた。だが視聴者の全員が供養の沼の方で白い影を見たという。
それならばと、彩名は意を決した。

「ちょっと、沼に行ってみますね。調査します」

こう言った場合、視聴者には影の正体を暴くという刺激を与えなければならない。
急斜面を木にしがみ付きながら彩名は下りていった。

「っと……うわ、なんか……霧? っぽい感じがします。ずっと肌に水が触れてるような感じ。熱くないサウナみたい。地面も湿ってるし……ていうかここにいる白い人影って、絶対人間じゃないじゃん」

あえて不快感を煽ることを言いながら、周囲にカメラを向ける。実際、靴底から伝わる柔らかさは薄気味が悪い。

「え……?」

しばらく反応を覗いていたところ、コメント欄に新たな違和感を覚えた。

「なにあのオッサン」
「現地の人?」
「目付きやば、あやぱんすぐに逃げて!」

彩名はコメント欄の異様な空気に一瞬たじろいだが、配信者としての勘が「これはチャンスだ」と囁いていた。視聴者の反応を煽るため、わざと声を震わせながらカメラをゆっくりと周囲に巡らせる。

「え、オッサン? どこですか? 私、全然見えないんですけど……」

彼女の声はわざと不安げに上ずり、視聴者の緊張感をさらに煽る。コメント欄は一気に加速し「あやぱん、背後!」「そこ、沼の端!」「マジでやばい、早く逃げて!」とパニック状態の言葉が溢れかえる。
彩名は視聴者の反応に合わせて、カメラを沼の縁に向けた。
だが、暗闇のせいでスマホの画面にはぼんやりとした影すら映らない。しかし彼女は心の中で冷静に計算していた。もう少しこの恐怖感を引っ張ろう、と。
わざと声を震わせ、スマホを持つ手をブレさせる。

「うそ、ちょっと待って……何かいるの? ほんと、見えない……」

そう言いながら、彩名は一歩踏み出し、沼の近くの地面を慎重に進む。
靴底がぬかるみに沈み、じゅくっと音を立てる。
流石にこれ以上汚れるのはごめんだと、踵を返そうとした。
瞬間、配信画面に幾つもの横線が走る。ザ、ザザ、という異音がスマホから鳴る。
明らかに電波不良ではない。
そして突然、スマホの画面が一瞬暗くなり、彩名の顔が映し出される。彼女の表情は演技のはずだったが、背後の暗闇に何かがあるような気がして、初めて本物の恐怖が胸をよぎった。
再び見えた配信画面のコメント欄に新たな言葉が飛び交う。

「女! すぐそばに背後に女いる!」
「白い着物とかやば」
「振り返らないでさっさと逃げて!」

白い着物の幽霊など、テンプレートではないか。だがそれでも彩名は震えが止まらなかった。

「え、女? 何?  ちょっと、冗談だったらマジでやめて! どこにいるって?」

彩名はカメラを自分に向けて、普段の余裕はなくなり感情が抑えられない。
その時、配信画面に再びノイズが走り、音声がまた途切れる。スマホのバッテリーは十分のはずなのに、画面がちらつき始めた。
彩名は咄嗟にカメラを背後へと向けた。重く湿った空気の中に、白い影のようなものが一瞬映り込む。

「ひっ」

彩名は声を張り上げ、その場で動けずカメラを沼の方向に固定される。
だが、次の瞬間、彼女の背後からかすかな音が聞こえた。
湿った地面を踏むような、ぬちゃっとした足音。
彩名の心臓が一気に跳ね上がる。

「……え? 何、この音?」

その瞬間、スマホの画面が完全に暗転した。
そして浮かび上がった自分の顔。
青い顔をした自分の肩に女の顔があった。
目玉の無くなった、虚空の様な口をあんぐりと開けた女が。

「おまえもこい」
「いやあああっ!」  

後に残ったのは彩名の悲鳴だけだった。
彩名の体も、スマホも、全ては泥の中に沈んでいった。

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