夜に浮かぶ

帷 暁(Persona Mania)

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0章 運命《プロローグ》

はじまり

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 そう、それはただの悪ふざけ。
 いや、女子中学生が行う、稚拙な願いごと。
 小さな頃は、欲しいものがあれば駄々をこねて手にしていた。もちろん、他愛もないことだけに限っていたけれど。例えばお菓子。例えば定食についてきたオマケの玩具。精々がそんな程度だ。
 だけれど、いつしかそんな些細な我儘も許してはもらえないどころか、口にすることすら躊躇われる、そんな年齢になってしまった。
 だからこれは。
 ただの気休め。
 無意味な事ならやってもいいでしょ、なんて。
 手元には無造作に丸められたレシートがある。
 今日は珍しくも飲んでしまった。
 酒は判断力を鈍らせる。
 ただでさえ、パフォーマンスの悪い脳がエラーを起こして尚更、結果を悪いものにする。
 レシートの裏には赤いボールペンで描かれた幾何学模様。もとい、三角が重なったそれを円で取り囲んだ図形。
 こんなもの無意味だ。
 こんなもの馬鹿げたまじない。
 その上にそれを書けば終いだ。
 ペン先が震える。
 酒の所為じゃない。
 名前。それはただの線の集合体だ。けれどそれを認識した途端、酔いは覚めてしまう。
 くだらない。
 中学生レベル、いや、最近の中学生はマセている。こんな事はとっくに卒業しているだろう。
 それなのに、それを行うのに数分躊躇した。まるで初めて家出をする幼な子のように、モヤモヤとした感情に任せてペンを走らせる。
 そして、1秒程度で書き終えたそれを自嘲気味に見下ろした。
 ドクン、ドクン、と心臓が波打っている。
 耳の中でそれが響き、額には薄らと汗が滲んだ。
 小さな波が全身を駆け巡る。
 これは罪悪感だ。
 冒涜した。
 私は今ここで、私の感情も、そして求めるそれすらも冒涜したのだ。
 唇から乾いた笑いが漏れる。掠れた声と共に、アルコールの匂い。
 酒は強くない。多分弱くもない。
 でも、チャンポンは良くなかった。
 今更気持ちが悪くなってくる。

 ああ、今日はもう寝てしまおう。
 こんなこと、明日には忘れてしまうだろう。
 手のひらでレシートをぐしゃりと丸める。それをゴミ箱に放り投げようとしてはた、と手を止めた。
 女々しいやつだ。
 もう何もかもがどうでもいい。
 レシートは本棚の奥、滅多に開かない本の向こうに押しやられた。
 全く、不愉快だ。
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