【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛

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揺るぎない気持ち

敵襲

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 「なんか艶々してるね」
 「えへへ」
 「言ったとおりだったでしょ」

 ゴールデンなウィークが終わってしまい、いつもの日常に戻りつつある中。昼休みにトイレでバッタリ美雨ちゃんに会った。変態おじさんの顔をした彼女がニヨニヨとしている。

 ちなみにネモフィラ畑にデートして、ゴールデン・ウィークも一緒に過ごしたことは美雨ちゃんに報告している。もちろん柾哉さんとエッチしたこともちゃんと話した。彼女の言う通りの展開になった、とも。

 「今日訪問だっけ?」
 「よく知ってるね?」
 「果穂の顔見たらわかるわかる。いつもよりちょっと緊張してるけど服装に気を遣ってるし。あ、いつも可愛いけど(訪問ある時はスカートばかりだし?)」

 す、するどい…!
 合ってた?と笑う美雨ちゃんに観念するように頷いた。

 美雨ちゃんの推理通り、あと数十分でが到着する。私は昼休憩中にメイクを直したり、とソワソワと落ち着かない。

 「あ、夜ゆっくり聞かせて?」
 「うん!」
 
 今夜久しぶりに美雨ちゃんと食事をする。と言っても一ヶ月ぶりだからそれほど久しぶりという訳でもないけれど。

 トイレを後にして少し早いけど席に戻った。次の業務の準備やメールの確認など行う。最近は中途採用の業務も活発で転職エージェントの方とやりとりすることも多い。面接の予定を組んだり、採用計画や合否の確認をしたり、とまあまあ忙しくしていた。

 「福原さん、千秋先生がいらっしゃいました」
 「ありがとうございます!行きます!」

 定刻の五分前に千秋先生が来社された。私はいつものように少し急ぎ足でエントランスに向かう。

 「お待たせしましたっ」
 
 そこには数日振りの柾哉さんがいつもの眼鏡姿でシャンとして立っていた。
 彼は私を見ると表情を緩める。

 「いえ。それほど待っていませんよ」

 彼はクスっと笑うと「今日もよろしくお願いします」とお仕事モード全開だった。緩みそうになる頬をグッと押し込めながら会議室に案内する。

 「すぐ参りますので少々お待ちください」
 
 彼は小さく頷くと鞄からパソコンを出して準備を始める。その様子を横目で眺めながら、獅々原さんに千秋先生がご来社くださった旨を伝えて、お茶を出す準備に取り掛かった。

 
「申し訳ございません、役員会が少し長引いているようでして」
 
 獅々原さんに声をかけたところ前の予定が延びている旨を伝えられた。
 申し訳なく思いながら頭を下げつつも内心は「ふたりきり」でいられることにドキドキしている。

 「あぁ、構わないですよ」

 パソコンの画面から顔を上げた彼が私を見てにこりと笑う。
 その顔がいつもの仕事モードより素に近い気がしてトキメキが止まらない。

 …落ち着け、果穂!

 「さ、先にはじめましょうか。お時間も限られてますし」
 「そう?せっかくふたりきりになれたのに」

 千秋先生、いや柾哉さんがとろりとした視線を寄越した。
 肘をつき、手の甲に顎を乗せた彼が首を傾げる。

 その表情ひとつで腰砕けになりそうになるのを必死に堪えているとクスクスと笑い声が聞こえた。
 柾哉さんが実に楽しそうに肩を揺らしている。

 「ごめんごめん。果穂があまりにも戸惑っていたからつい、ね?」
 「つ、ついじゃないです」
 「数日ぶりなのに前に会ったのがずっと前みたいに感じてさ。果穂の姿見た瞬間、柄にもなく浮かれたよ」
 
 柾哉さんが眼鏡の奥で瞳をゆるゆると細めた。形の良い眉をへの字にして「どうしようもないね」と苦笑する。

 「わ、私も、柾哉さんにあえるの楽しみにしてました」
 「…っ」
 「でも、お仕事だから真面目にします!」

 本当はもう少し色々と話したかったけど、「なんの話してたの?」と獅々原さんに聞かれるとうまく答えられる自信がない。だからこのへんで心を鬼にしてキリッと気持ちを引き締める。

 「し、獅々原さんに幻滅されたくないですし!千秋先生にもご迷惑をかけたくないので」
 「…そう。じゃあとっとと始めようか」
 「はい!」

 お願いします、と頭を下げる。
 
 早速本日のスケジュールをお伝えして、いつもの衛生委員会は後回しに変更。先に職場巡視をして、面談希望者がいたので面談をすることに。

 その間に獅々原さんはじめ、役員の皆さんがようやく姿を見せたので面談が終わり次第委員会を開催した。

 
 

 あっという間に定刻を迎えお見送りの時間になった。
 いつものごとく会議室で「お見送りは結構ですよ」と彼は制するが、私はひとりエレベーターホールまでついていく。

 「今日もありがとうございました」
 「いいえ。次回もよろしくお願いします」
 「はい」

 いつもならここで色々話題を振るのだけど、今日は何も聞けなかった。
 なんとなく話しかけるなオーラというか、エレベーターの階表示を眺める横顔がどこか切なさを感じさせたからだ。

 「…千秋先生」

 視線を斜め上に向けていた彼がこちらを向く。
 「なにかありました?」と聞きそうになって口ごもった。
 プライベート感を匂わせる質問はすべきではないだろう。
 こんなオープンフロアで誰がどこで聞いているかわからないから。

 ギリギリのところで葛藤しているとチン、とエレベーターの到着を知らせるベルが鳴った。

 「では」
 
 タイムオーバー。

 千秋先生はいつものごとくエレベーターに乗ると小さく頭を下げた。いつもなら私もここで頭を下げて見送るはずだ。それでもどうしてか、このままここで彼と別れたくなかった。

 「え?」

 突き動かされるままに足を踏み出す。扉が閉まる前にエレベーターの飛び乗った。幸い彼以外誰も乗っていない。驚く柾哉さんをよそにギュッと抱きしめた。

「……コンビニに行くんです」
「ふ、…そう」

 近づいてきた顔を迎えるように顔を上げる。じっとりとした熱い眼差しを受け入れるように目を閉じた。後頭部の後ろに手が回り、急くように熱く濡れた唇が重なった。

 エレベーターが11階から地上に着くまでのわずか数秒。

 グングンと降りていく箱の中。その速度が緩やかに止まる頃。もどかしそうに離れていく唇を見て目を伏せる。

 「果穂、好きだよ」
 
 柾哉さんは最後にもう一度私の唇を啄むと蕩けるように微笑んだ。

 「ついてきてくれてありがとう」
 「こ、コンビニ行くんです」
 「まだそれ言うの?」

 柾哉さんがクスクス笑う。
 でもここまできたら何か買っていった方がいいと思うから。

 私は柾哉さんと別れると誤魔化すためにコンビニに向かった。しかし、携帯すら持っていないことに気づいて結局何も買わずにオフィスに戻ったのだった。

 「それは忙しくなるね」
 「うん。でも取れたら嬉しいし」

 仕事もそこそこに切り上げると私と美雨ちゃんは居酒屋に向かうため、エレベーターに乗り込んだ。
 早速今日の訪問の内容について報告する。(真面目な話だけ)

 今日の委員会で話題になったのは「健康経営優良法人」の取得についてだった。
 そもそも「健康経営」とは従業員の健康増進を重視し、健康管理を経営課題として捉えることをいう。
 そしてその「健康経営」に取り組んでいる企業の中で特にその取り組みに注力している企業を「健康経営優良法人」と称して表彰される。この表彰を受けた企業は世間に「うちの会社は従業員が健康で働けるような取り組みに力を入れてますよ」とPRできる。

 要は企業のイメージアップにもつながり採用活動も周囲と差別化を図るひとつのポイントになる。

 新卒採用担当の美雨ちゃんも「確かに自社のブランディングもしやすくなるね」とうなづいた。

 「でも予定より早いのね」
 「そう。千秋先生が“十分取れる可能性はある”って言ってくれたから」

 審査制なので100%なんてない。しかし、たとえとれなくとも自社ホームページに取り組み内容なども公開することで世の中へのアピールになる。特にフィックスはシステム開発会社。エンジニアが多いため、なんとなくブラックなのでは?という憶測もある。だけどそこをクリアにすれば優秀な人材にもアピールできるし、何より自社のためにもなる。

 「果穂は千秋先生のために頑張るんでしょ?」
 「ち、ちがうよ?ちゃんと会社のために頑張るもん」
 「ふーん?とか言って、本音は?」
 「えへへ♡」
 「下心100%とみた」
 「100%は言い過ぎ~」
 「じゃあ120%?」
 「どうして増えるのぉ」

 きゃっきゃと笑いながらエレベーターを降りてセキュリティエリアをくぐった。
 ビルのエントランスを歩いていると、入り口近くにまばらに配置されているソファに見たことのある人が座っていた。

 その女性も私に気づくとソファから腰を上げた。
 そして素通りしようと思っていた私たちの前に立ちはだかると値踏みするように上から下までじろじろと見られてとても嫌な気分になる。



 

 
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