【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛

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エピローグ

不束者ですが

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 梅雨が明け、透き通った空がビルの向こう側で青々と広がる頃。
 季節は夏。そして、私は明日、誕生日を迎える。
 
 あの日を機に私たちは同棲を始めた。
 朝起きて寝ぼけ眼のまま「おはよう」と微笑んで、夜はいつも抱きあって「おやすみ」と目を閉じる。

 柾哉さんを愛おしく思う気持ちは日に日に増し、とても些細なことでも幸せに感じた。

 休みの日はこれまで通り、どこかに出かけたり、家でまったりしたり。すべて柾哉さんに合わせるわけでもなく、柾哉さんも私に合わせるわけでもない。

 もっとべったりになるかな、なんて思っていたけど、毎日会えないからこそ同棲していない時の方がくっついていた気がする。

 柾哉さんの家にはあれから一度遊びに行った。ファイルを返してもらいに、というのが正しい。あとはアルバムの続きを見せてもらった。

 お義父さんからは改めて謝罪を受けた。そして柾哉さんの未来にも理解を示してくれた。あまり長く話はできなかったけど、芳佳さんから「柾哉の仕事には興味を示したみたい」といい傾向であることも伺った。

 それに私が作ったファイルの中をすべてコピーして自分用に作り直していたことも知っている。それは芳佳さんを通じて由紀子さんから連絡があり、許可した。これは柾哉さんは知らないこと。きっと彼は恥ずかしいだろうし、お義父さんも柾哉さんに知られたくないだろうと思ったから秘密にしている。

  _______誕生日、何かしたいことある?

 柾哉さんに訊ねられたのは今から一ヶ月ほど前のことだ。

 何かしたいこと、と言っても世間では普通の平日。できれば柾哉さんと一日中一緒に過ごしたいなあ、なんて淡い期待を持っていたけど、柾哉さんはいくつも訪問している企業がある。

 難しいかな、と諦めていたけど、逆に柾哉さんは初めから私の誕生日は何も予定を入れるつもりはなかったと聞いて文字通り飛び上がって抱きついたのは記憶に新しい。

 そしてちょうど私の誕生日が木曜で、金曜日と合わせて有給を取った。
 柾哉さんも仕事の調整をしてくれて土日も合わせて4連休になる。

 「果穂、誕生日おめでとう」
 「ありがとう、柾哉さん」
 
 前日の今日は美雨ちゃんと食事をした。柾哉さんに迎えにきてもらい、到着したのが今。自宅に着いて玄関の扉を開けた途端、柾哉さんがぎゅっと抱きしめてくれた。耳元で囁かれた祝いの言葉。好きな人に一番に祝ってもらえることが嬉しくて小躍りしそうになる。

 好きな人に祝ってもらえる誕生日がこんなにも嬉しいなんて。
 私は柾哉さんに出逢うまで知らなかった。

 「えへへ。27歳になっちゃった」
 「この一年も果穂にとってたくさん幸せでありますように」

 酔っ払ったまま柾哉さんにぎゅうぎゅう抱きついて顔を上げる。
 慈愛のこもった眼差しが落ちてきて頬をふにふにと撫でられた。

 「柾哉さんがいてくれるだけで幸せ」
 「俺も果穂と過ごす日々が幸せだよ」
 「お酒くさいけどチューしていい?」
 「いいよ」

 彼のTシャツを掴んで背伸びする。見上げた瞳から溢れる想い。
 表情が、視線が、全身で私を好きだと伝えてくれる。

 「すき、柾哉さん。だいすき」

 どれだけ伝えても伝えきれなくて、どれだけ示しても示し足りない。
 
 重ねた唇の隙間に舌を差し込んだ。熱く弾力のある塊が私の舌を絡めとる。歯列をなぞり口蓋を撫で上げられて腰が震えた。唇の端から溢れ出る唾液をチュウ、と吸い上げる。

 「酔っ払い果穂。早く風呂入ろう。いっぱい可愛がってあげるから」
 「はあい」

 それでも私は柾哉さんに甘えたくてぎゅうと腰に抱きついたまま彼に引きづられながらお風呂場に向かった。

 
 
 ちょうど一年前の今頃は新しい業務を覚えるのに必死だった。
 営業部から異動してきたばかりで、業務を引き継いだ先で発覚した「コンプライアンス違反」。幸い黒か白かと言われると限りなく黒に近いグレーではあったけど、労基署に突かれるとヤバイということで産業医の紹介会社に連絡したところ、紹介された医師が柾哉さんだった。

 そして。

 「…おはよ、いまなんじ?」
 「もうすぐ6時かな」
 「飛行機何時だっけ?」

 優しく頭を撫でる手を心地よく思いながら重い瞼を無理矢理持ち上げた。
 ぼんやりした視界に映る端正な顔。彼は愛おしげに目を細めると乱れた前髪を寄せながら額にキスをくれる。

 「9時30分。荷物用意しないといけないからそろそろ起きるか」
 「…うん」

 柾哉さんと一緒にいられるならずっと家の中で過ごしていてもよかったけれど、「旅行しよう」と提案してくれたのでそれに乗っかることに。
 
 どこに行くか色々悩んで結局「沖縄」になった。グアムとかサイパンとかの話も出たけど、そもそも沖縄も九州に行ったことがないといえば柾哉さんが愕然とした顔になったのは可笑しかったなぁ。

 その時のことを思い出して笑っていると頭頂部に諌めるように唇を押し当てられた。

 「なにがおかしい?」
 「ん?まさやさんがおどろいてたなあって」

 もにゃもにゃと言いながら彼の唇にキスをする。目を細めた彼が小さく笑って目を閉じた。そのままコロンと転がされて彼の首を抱きしめる。さっきより
もしっかりとくっついた唇がじわりと脳をとろけさせた。

 「果穂が九州に行ったことないって話?」
 「うん」

 寝癖のついた柾哉さんの髪を撫でながらふと違和感に気づいた。なにかいつもと違う。だけどそれが何かわからない。

 「どうしたの?」
 「なんかいつもと違う」

 私は不思議に思いながら彼の頭を撫で続けた。
 何が違うのかは指の引っ掛かりだ。右手はしっかり通るのに左手がなぜか引っかかる。

 「果穂、いたい」
 「ごめん。でもなん…え?」

 寝癖のついた髪を指に通して気がついた。
 いつもと違う理由。それは左手の薬指に指輪がはまっていたから。
 その指輪が柾哉さんの髪を巻き込んでしまったようだ。

 「…これ、なに?」
 「なにって指輪」
 「そうだけど。…え?」

 呆然とする私に柾哉さんが笑っている。じわじわと目に涙を溜める私の目尻に彼の唇が落ちてきた。

 
 「本当は誕生日にプロポーズするつもりだったんだ」

 柾哉さん曰く、実家のことがあった時に、たとえご両親に何を言われても柾哉さんは私と別れるつもりはないし、結婚を考えていることをちゃんと伝えておきたかったらしく、先にホテルでプロポーズしてくれたらしい。

 「丸く収まってよかったけど何言われるかわからなかったから」

 柾哉さんがどれだけ私を大切にしてくれているか知りじわりと涙が浮かぶ。

 柾哉さんのご実家に行くことは急遽決まったことだった。昨日の今日で108本も薔薇の花が集まるのだろうか。きっと横浜の花屋から紅いバラが忽然と姿を消したに違いない。

 柾哉さんも「どれだけ花が集まるかわからなくて、その日は違う意味でも落ち着かなかった」と苦笑した。

 「でも108本ちゃんとあったよ」
 「果穂がよく寝てくれたからぎりぎり間に合った」
 「じゃああの時フロントに取りに行ってくれてたの?」
 「そう。本当は起きた時にテーブルに置いておくつもりだったんだけど」

 柾哉さんは指輪の嵌った左手に指を絡ませると、その手を引き寄せて手の甲にキスをする。

 「指輪は誕生日に合わせて作ってもらってたからあの日に間に合わなくて。果穂から“指輪はないの?”っていつ聞かれるかヒヤヒヤしてた」
 「そ、そんなこと言わないよ?」
 「わかってても、やっぱりプロポーズするなら指輪は一緒に渡したかったから」

 それでも私は柾哉さんが私のことを考えて準備してくれたことの方が嬉しい。あの日は本当にどうなるかと思っていたから。

 「ねえ、柾哉さん。もう一回言ってくれる?」

 寝起きで寝癖もついたすっぴんで。きっと顔の脂もひどいし、パジャマは買ったばかりの可愛いやつじゃなくて柾哉さんのTシャツで。特別なものは何もないけれど。

 「もう一回プロポーズしてほしいな」
 
 せっかく指輪をもらったのだからもう一度、あの日の言葉が聞きたくて。
 おねがい、と柾哉さんにせがんだ。

 柾哉さんは小さく笑うと私をぎゅうと抱きしめる。

 「好きだよ、果穂。俺のかわいい果穂。一生俺のかわいい果穂でいて」
 「柾哉さん、顔、みたい」
 「だめ」

 チュッとわざとらしいリップ音が耳元で跳ねる。くすくすと楽しげな声も聞こえてきた。肩が揺れてチラッと見えた横顔がひどく楽しげだ。

 「もう、まさ…」

 優しい唇がその先に言葉を閉じ込める。キャラメルよりも甘い視線が愛を紡いだ。


 「あいしてるよ、果穂。俺と結婚してください」


 一年前の私にはきっと想像もつかなかった。
 柾哉さんに出逢って恋をして。こんなにも人は誰かを愛することができるのだと。穏やかで豊かな気持ちになれるのだと。それを教えてくれた彼は今日も私を甘やかしてくれる。大切にしてたくさんの愛を注いでくれる。

 「…はい!不束者ですがよろしくお願いします!」
 
 どうかこれからもあなたと歩む道の先に笑顔がたくさんありますように。
 私は未来の旦那様を抱きしめて元気よく彼との未来の約束を取り交わした。

 
 end.

 

 




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みんなの感想(1件)

川喜多アンヌ

初めまして、花澤凛様、

産業医を探しているところとか、衛生管理者の資格を取るとか、衛生委員会みたいなのをつくって中長期計画を立てるなんてリアリティがおかしくて、笑っちゃいました。地道に仕事に励む主人公に好感もちました。こんなかっこいい産業医がいたらいいですね~。このあとどうなるのか、楽しみです!

川喜多アンヌ(ミステリーに投稿しています)

解除

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