マモルとマトワ

富升針清

文字の大きさ
13 / 17

三 天狗と優斗とオレの話(2)

しおりを挟む
「っ」
 トイレから出ると、息の飲む音が聞こえてくる。
「あ、優斗……」
「しゃ、しゃべんなっ! バケモンっ!」
 そう吐きつけて、優斗は自分の部屋に走ってく。
「今日も元気だねぇ」
「……そうだな。学校にも行ってるみたいだし、元気は元気そうだ」
 肝試しの夜、魔永久の封印を解いてあの包丁の化け物を倒したあの夜からしばらく、優斗は部屋からでれない日が続いた。
 母さんたちは元気がない優斗を見て風邪だと思っていたが、そうじゃないのをオレは知っている。
 優斗は、怖がっているんだ。
 今では学校にも通えているが、いつも以上に口数も少なく飯だってろくに食べていないように見える。
 それにあの日以来、優斗はオレを避けている。
 今みたいに偶然顔を合わせても、ああやってすぐに逃げてしまう。
「ばけもの、か……」
 オレは手のひらを見た。
「なに? ボクのこと呼んだ?」
 ちょこんと手のひらからでてきた剣先が、楽しそうに声を出した。言われ慣れているのか、それとも人間になにを言われても平気なのか。
 でも、そうじゃないんだよ、魔永久。
「なにを言ってるんだよ。魔永久は化け物じゃないだろ? オレたち人間を守ってくれるヒーローじゃん」
 優斗は魔永久ではなくオレに向かって言っていただろ?
 あの日以来、どうやらオレは弟の目には化け物に映っているらしい。
 オレが近くいれば怯えて、逃げて、暴れ出す。
 もう、マモルとすら、呼んでくれない。
「マモル?」
「……ん? どうした、魔永久」
 なにが駄目だったんだろう。
 なんで、駄目だったんだろう。
 守れたつもりだったのに、守れてなかったのかな。
「なんか、難しい顔してたよ。お前」
「いつもオレが難しいこと考えてないって言いたいのか? いつもと同じ顔だよ」
 いつも考える。
 嫌われるたび、怒られるたび、考える。
 なんで守ってやっているのに、命までかけてやったのに、ありがとうの一つもないんだろう。オレはあいつに、なんで嫌な気持ちにされなきゃいけないんだろうって。
「……いつもと同じなんだけどな」
 そんなこと、いつもと同じなのに。
「いつもと同じなんてないって」
「え?」
 オレの一独り言の返事に、思わず声をあげた。
「マモルよりも長い時間生きてきたけど、いつもと同じなんて時間は一瞬たとりともなかったよ。似ている時間はあっても、まったく同じなんてない。自分も相手も、一日、一分、一秒経っただけで随分と違うもんなんだよ。気付いてないだけで」
 同じ時間はない?
「いや、流石に一秒は言い過ぎじゃないか?」
 なにも一秒じゃできないし、終わらないし。
「マモルは本当にそう思う?」
「そりゃ……」
 だって一秒時間をもらったところでなにができるんだ?
「マモルが思っている以上に、一秒ってすぐに来るぜ。そんですぐ終わっちゃう。でも、マモル、お前がボクに出会った一秒後はなにも変わらなかったわけ?」
「いや、それは……」
 そんなわけがない。
 そんなはずはない。
 だって、オレの世界は魔永久と出会ってぐるりと変わってしまったんだから。
「そうだよね。ボクもそう。彼女との出会いも、マモルとの出会いも、一瞬だもん。その一秒後に簡単に変わるんだよ。世界ってやつはね。いつも一緒なわけじゃない。お前の気持ちとか、周りの空気とか、見えないところは刻一刻と変化しているんだよ。それに気づいてないのはマモルだけかもね」
「俺の気持ちもあるのに?」
「自分の気持でもだよ。気持ちは水物。ずっと注いでるとコップがいっぱいになって、溢れてるかもね?」
「気持ちが?」
 気持ちがあふれるってどんなことを言うんだろう。
 よく、本とかでも見るような、見ないような。気持ちがあふれて涙に変るとか。言うよな? ぶわって、擬音語が後ろに書かれていたり、いなかったり。
 でも、オレの気持ちは別に溢れ出してない。
 いつも通りだ。
 悲しいとか、むかつくとか、嬉しいとか、楽しいとか。そんな気持ちを強く感じてはいないし、ぶわっともしてない。
「……オレ、溢れてんの?」
 どこか自分ではわからないから、魔永久に聞く。
「うっそ。ボクにそのまま聞いちゃう? めっちゃ愚直」
「あ、馬鹿正直って言った」
「え。マジで調べたの? マジで愚直じゃん」
「魔永久が調べろって言ったんだろっ」
 自分が言い出したくせにバカにするなんて。
「そうだよ。お前の自己紹介が書いてあるって言っただろ?」
「やっぱり悪口だったじゃないか」
「はは、悪口だと思ったんだ」
「そりゃそうだろ。馬鹿正直で、気が利かないなんて」
 悪口のオンパレードだ。
「そうだね。馬鹿正直に弟君の言葉を受け取ってる限りは、気なんて利かせれないとボクも思うしね」
「……どういうこと?」
「え、ただの悪口に決まってるじゃーんっ!」
「おいっ!」
 やっぱり悪口じゃんっ!

 ■ ■ ■

 俺には一人兄がいる。

 いつも偉そうで、年上の自分が常に上に立って命令しないと気が済まない傲慢なやつ。
 俺はあいつが嫌いだ。
 大嫌いだ。
 それは偉そうにしているからだし、いつもいつも年上ぶってくるし、俺の話を聞かないし、俺のことを弱いやつだと思っているからだ。
 ピアノ教室だって、俺よりも年下の女の子が一人で来てる。
 俺の家は歩いて五分もかからないのに、俺は一人でいかせてもくれない。その理由が道路に飛び出すかもしれない? 
 もう俺は三年生で、今まできちんと交通ルールを破らずいたのに?
 自分だって三年生の時に習っていた習字は一人で行ってたのにっ!
 なんで俺だけ。
 だから、俺はあんなやつりも強くならなきゃいけなかったのに、あいつはその権利も横取りしたんだ。
「魔永久は化け物じゃないだろ? オレたち人間を守ってくれるヒーローじゃん」
 楽しそうに、俺が手に入れるはずだった能力と話しているあいつ。
 本来ならそれは俺が手に入れていた特別な能力を……っ。
 俺の手を振り払って突き飛ばして手に入れた化け物の力を、本当は俺の力をあいつは……。
「なに? 君も力が欲しいの?」
 俺は顔をあげる。
 この部屋には俺しかいないはずなのに。
「守君みたいな力が欲しいんだ」
 窓枠には大きな鳥の影。
 真っ黒な羽。
「守君はすごいよね。魔永久なんて伝説級の魔人を手に入れてさ。魔永久はすごいよ。この世界のありとあらゆるものが切れるんだから」
 真っ黒な長い髪。
 真っ黒な嘴のようなマスク。
 お坊さんみたいな恰好。
「そんな守君と君は永遠に比べられちゃうんだ。かわいそうだね。絶対に、勝てないじゃん。ずっと守ってあげるって言われ続けるんだ」
 違う。大きな鳥じゃない。
 窓を開けて身を滑り込ませた姿に、俺は息を飲んだ。
 人の背中から羽が生えてるんだ。
 でも、それよりも……。
「いやだ……っ」
 烏のように黒い羽が生えた男よりも、俺は怖かった。
「ずっとなんて、いやだっ!」
 あの兄と、いや、マモルと比べ続けられるだなんてっ!
「絶対に嫌だっ!」
 守るってなんだよっ! 誰が頼んだ!?
「あんな卑怯なやつに、もう二度と負けたくないっ!」
 俺だって、できるのにっ!
「そっか。ずっと負け続けているから、苦しいよね。かわいそうに。心がとても傷ついてるね」
 男は俺に囁く。

「僕なら助けてあげれるよ?」

 この苦しみから?
「勿論。力が欲しかったら僕の手を取りな」
 俺は考えることなく男の手を取った。あいつに勝てるなら俺は……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

生まれることも飛ぶこともできない殻の中の僕たち

はるかず
児童書・童話
生まれることもできない卵の雛たち。 5匹の殻にこもる雛は、卵の中でそれぞれ悩みを抱えていた。 一歩生まれる勇気さえもてない悩み、美しくないかもしれない不安、現実の残酷さに打ちのめされた辛さ、頑張れば頑張るほど生まれることができない空回り、醜いことで傷つけ傷つけられる恐怖。 それぞれがそれぞれの悩みを卵の中で抱えながら、出会っていく。 彼らは世界の美しさを知ることができるのだろうか。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

処理中です...