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バウデン 9
周年式典まで一ヶ月。ここ最近のバウデンは殆ど毎日のように帰りが遅くなっていた。
隣国の残党が小賢しい真似をしていてその処理や対応、その後の指示出しに追われていた。
この日は取り敢えずここまでだと切り上げ、丁度遅くまで動いていたコーネインとホーイェンが報告に来たので、帰る前に労いの一杯でも飲もうと貴族御用達のカウンターのみの酒場で飲んでいた。
「スーランは、屋敷で、皆に、良くして、もらっているのか」
甘めだが濃度の濃い葡萄酒を飲みながら聞いてきたホーイェンの言葉にバウデンは首肯する。
「ああ。イーガンから以前寮長の手紙を見せてもらったが、その意味を今実感していると言っていたな」
「あれは、スーラン特有の、魔術の、ようなもの」
「確かにな。スーランしか出来ない不思議な空間という感じだな」
バウデンと同じ蒸留酒を飲んでいたコーネインがグラスを置いてつまみを口に放る。
「ああ」
「そう言えばスーランが肌ぴちぴちだと言っていたぞ」
恥ずかしげもなく言うコーネインにバウデンは思わず口に付けた蒸留酒を噴き出しそうになる。
「コーネイン…」
「バウデンは違うのか?」
コーネインが冗談を言う事はまずない。これが彼の通常仕様だであり至って真面目に聞いているのだろう。
「…まあ、そうだな」
「そうか。何よりだ」
何が何よりなのかを聞き返したら藪蛇になりそうなのでバウデンは突っ込むことをしなかった。
「でも、スーランが、婚姻とはいえ、一人に、絞るとは、意外だった」
ふとホーイェンが呟く。スーランを一番近くで見ていたホーイェンにバウデンはちょっと聞いてみたくなった。
「スーランは過去特定の相手は居ないんだったか?」
「ああ。いつも、その場限りの、その日だけの、相手を、探していた」
その相手を想像するとかなり胸糞悪くなったので、バウデンはそのことだけはさっと脳内から排除するが、少し気になったことを聞いてみた。
「魔術隊の中に相手が居たことはあるのか」
「…無い…、と思う」
「私も聞いたことは無いな。魔術師なんだから魔力はそれなりにあるだろうと一度聞いたことがあるが、同じ職場は面倒だと言っていた」
そのことに何故か安堵が広がる。
「だが、騎士隊には、いた」
「特殊部隊にもいたな」
次なる言葉に心が異様に淀み濁るような不快な気持ちになる。
「…まさか続いていたのか」
「いや、一人と、付き合った、ことはなかった、と言っていた」
「世間一般で言う付き合うってこと自体経験ないんじゃないのか。だからバウデンとの婚姻には驚いたんだ」
「…俺も、とても、驚いた」
先ほどから心境が浮いたり沈んだりと忙しいバウデンはゆっくりと深呼吸しながら蒸留酒を味わう。
しかし、コーネインが更に沈む話をしだした。
「ああ、だが前に騎士の一人から真剣に付き合いたいと言われた話を聞いたことがあったな」
「…!」
「俺も、聞いたこと、ある。面倒を、全部見るから、共に、居た――――っ」
そこでバウデンは無意識に殺気を放ってしまい、二人が息を呑んだ。
「―――――ああ、すまんな。それで?」
「…その騎士が、そう言った後、スーランは、ふらふらと、躱しながら、いつの間にか、殆ど会うことが、なくなった」
「そうか」
胸の凝りが僅かに薄まり、バウデンは蒸留酒を多めに口に含む。
「…バウデン、珍しい」
「だな。バウデンのそんな表情は見たことなかったな」
「…表情?」
「嫉妬」
「相手の雄への」
その言葉に驚きながらも、バウデンはここ最近胸がもわりとする感情が嫉妬なのだと初めて知った。
「…なるほど。これが嫉妬か」
「…知らない、とか」
「何だかな。まあ安心した色々と」
コーネインの言葉にバウデンが首を傾げる。
「安心?」
「ああ。感情をあまり出さずに常に平静を保って淡々と動く。統括総帥としてはこの上なく頼もしいが、友人として少し心配していた」
「俺も。スーランと、いるバウデンは、とても、人らしい」
その言葉にバウデンはスーランだけでなく、ここ最近キリウや屋敷の者からも表情が出て感情が動いていると言われ、皆が安心したように喜んでいた。
テレサとの死別で表情がより乏しくなったとは思っていたが、周りにそれだけ気を使わせていたらしい。
「確かにそうだな。スーランと居ると何故か感情があちこちと振り回される」
「でもそれが悪くはないんだろう?」
「ああ」
「それが、心地良いなら、良いこと」
「そうだな」
「あと残り一ヶ月だったか?問題無いなら期間限定という契約だけを解除すれば良い」
「…そうだな」
バウデンの懸念の一つだった。
バウデンがスーランと婚姻する前と変わったと言われているが、それはスーランも同様だ。
それは確かなことだろうしバウデンすら思う。
それでもスーランから期間延長の話は一切無い。
そのことがとても気にかかっていた。
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