68 / 81
バウデン 9
しおりを挟む周年式典まで一ヶ月。ここ最近のバウデンは殆ど毎日のように帰りが遅くなっていた。
隣国の残党が小賢しい真似をしていてその処理や対応、その後の指示出しに追われていた。
この日は取り敢えずここまでだと切り上げ、丁度遅くまで動いていたコーネインとホーイェンが報告に来たので、帰る前に労いの一杯でも飲もうと貴族御用達のカウンターのみの酒場で飲んでいた。
「スーランは、屋敷で、皆に、良くして、もらっているのか」
甘めだが濃度の濃い葡萄酒を飲みながら聞いてきたホーイェンの言葉にバウデンは首肯する。
「ああ。イーガンから以前寮長の手紙を見せてもらったが、その意味を今実感していると言っていたな」
「あれは、スーラン特有の、魔術の、ようなもの」
「確かにな。スーランしか出来ない不思議な空間という感じだな」
バウデンと同じ蒸留酒を飲んでいたコーネインがグラスを置いてつまみを口に放る。
「ああ」
「そう言えばスーランが肌ぴちぴちだと言っていたぞ」
恥ずかしげもなく言うコーネインにバウデンは思わず口に付けた蒸留酒を噴き出しそうになる。
「コーネイン…」
「バウデンは違うのか?」
コーネインが冗談を言う事はまずない。これが彼の通常仕様だであり至って真面目に聞いているのだろう。
「…まあ、そうだな」
「そうか。何よりだ」
何が何よりなのかを聞き返したら藪蛇になりそうなのでバウデンは突っ込むことをしなかった。
「でも、スーランが、婚姻とはいえ、一人に、絞るとは、意外だった」
ふとホーイェンが呟く。スーランを一番近くで見ていたホーイェンにバウデンはちょっと聞いてみたくなった。
「スーランは過去特定の相手は居ないんだったか?」
「ああ。いつも、その場限りの、その日だけの、相手を、探していた」
その相手を想像するとかなり胸糞悪くなったので、バウデンはそのことだけはさっと脳内から排除するが、少し気になったことを聞いてみた。
「魔術隊の中に相手が居たことはあるのか」
「…無い…、と思う」
「私も聞いたことは無いな。魔術師なんだから魔力はそれなりにあるだろうと一度聞いたことがあるが、同じ職場は面倒だと言っていた」
そのことに何故か安堵が広がる。
「だが、騎士隊には、いた」
「特殊部隊にもいたな」
次なる言葉に心が異様に淀み濁るような不快な気持ちになる。
「…まさか続いていたのか」
「いや、一人と、付き合った、ことはなかった、と言っていた」
「世間一般で言う付き合うってこと自体経験ないんじゃないのか。だからバウデンとの婚姻には驚いたんだ」
「…俺も、とても、驚いた」
先ほどから心境が浮いたり沈んだりと忙しいバウデンはゆっくりと深呼吸しながら蒸留酒を味わう。
しかし、コーネインが更に沈む話をしだした。
「ああ、だが前に騎士の一人から真剣に付き合いたいと言われた話を聞いたことがあったな」
「…!」
「俺も、聞いたこと、ある。面倒を、全部見るから、共に、居た――――っ」
そこでバウデンは無意識に殺気を放ってしまい、二人が息を呑んだ。
「―――――ああ、すまんな。それで?」
「…その騎士が、そう言った後、スーランは、ふらふらと、躱しながら、いつの間にか、殆ど会うことが、なくなった」
「そうか」
胸の凝りが僅かに薄まり、バウデンは蒸留酒を多めに口に含む。
「…バウデン、珍しい」
「だな。バウデンのそんな表情は見たことなかったな」
「…表情?」
「嫉妬」
「相手の雄への」
その言葉に驚きながらも、バウデンはここ最近胸がもわりとする感情が嫉妬なのだと初めて知った。
「…なるほど。これが嫉妬か」
「…知らない、とか」
「何だかな。まあ安心した色々と」
コーネインの言葉にバウデンが首を傾げる。
「安心?」
「ああ。感情をあまり出さずに常に平静を保って淡々と動く。統括総帥としてはこの上なく頼もしいが、友人として少し心配していた」
「俺も。スーランと、いるバウデンは、とても、人らしい」
その言葉にバウデンはスーランだけでなく、ここ最近キリウや屋敷の者からも表情が出て感情が動いていると言われ、皆が安心したように喜んでいた。
テレサとの死別で表情がより乏しくなったとは思っていたが、周りにそれだけ気を使わせていたらしい。
「確かにそうだな。スーランと居ると何故か感情があちこちと振り回される」
「でもそれが悪くはないんだろう?」
「ああ」
「それが、心地良いなら、良いこと」
「そうだな」
「あと残り一ヶ月だったか?問題無いなら期間限定という契約だけを解除すれば良い」
「…そうだな」
バウデンの懸念の一つだった。
バウデンがスーランと婚姻する前と変わったと言われているが、それはスーランも同様だ。
それは確かなことだろうしバウデンすら思う。
それでもスーランから期間延長の話は一切無い。
そのことがとても気にかかっていた。
328
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた
榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。
けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。
二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。
オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。
その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。
そんな彼を守るために。
そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。
リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。
けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。
その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。
遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。
短剣を手に、過去を振り返るリシェル。
そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる