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セフレ離れします 1
しおりを挟むイリエはタルカル食堂に来ていた。
イリエはフェリウスと出逢い、セフレとして過ごすうちに、いつかその時が来たら自分の町ないしはその近辺に帰るつもりでいた。仕事は流石に関係が切れたあとすぐ辞めるわけにはいかないので、理由をつけて一月ほど働かせてもらってから去る予定だった。
日々想いが募りフェリウスに溺れてしまっていると実感してからは、関係が終わったあとに街でたまたま出くわしたフェリウスが番の相手と仲睦まじく歩く姿を想像するだけで全身が引き裂かれる思いがしてどうしても無理だった。
それなら心機一転、前を向いて進む為にイリエは情けなくても格好悪くても逃げることを選んだのだ。
実はここ一月近くフェリウスのことであれこれ考えていた時、休憩中に珍しくマリーから話があると声を掛けられた。
イリエの様子が気になり心配していてくれたらしく、「女心がわかる私しか気づいていないけどさ」と言われ他には迷惑がかかってなかったことに少しだけ安堵した。
イリエから何を聞くでもなく、「人生一度きりだから後悔のないように好きにやりな」とマリーが言ってくれた気遣いに心が軽くなる。
詳しくは話せなかったが、もし状況が色々と変わったら辞めるかもしれないことを伝えると、「あんたが全然使ってない有休をまず使いな。それでもの時は辞めれば良い」と言われ、その時が来たら絶対無理せずに言えと約束させられ、その言葉にイリエはとても救われた。
そして訪れたイリエの覚悟を決めた表情に、マリーは何を言うでもなく優しく頭を撫でてくれた。海千山千経験のマリーからしたら、小娘のイリエなど殆どお見通しだったのかもしれないと思いながらも、これまた何となく状況がわかっていそうなダンジにも何も言われずぐりぐりと頭を撫でられた。
美味しい料理を作るごつごつした大きな手はとても優しく温かかった。
次にイリエは、何か行動する時には必ず声をかけろと言われていたララに連絡してから引越し業者に予約を入れる。実家には上手く言葉を繕って荷物を一時的に送らせてもらうようにお願いした。
明日からフェリウスは三日間の遠征だ。今朝帰るまでフェリウスは番の話を言わなかった。恐らく次回会う時に別れを切り出される可能性が高いだろう。
セフレ関係を始めた当初はともかく、今のフェリウスが何も言わずにイリエを切るとは思えなかった。
番とは比べものにならなかったとしても、約半年近く一緒に過ごしたイリエを適当に扱うことはしないような気がして、どう言おうか迷っているのかもしれない。
それならばイリエが最後に出来ることは、何もさせずに都合の良いセフレとして潔く去ることが今までのお礼になるのではないか。
…と思う半分は本当だが半分は建前だ。
面と言われることがきっと耐えられないし、万が一縋ってしまいフェリウスの表情に嫌悪が浮かんだらイリエはおかしくなってしまうだろう。
だから弱いイリエは自ら幕を引くことにする。
イリエは帰宅後すぐに荷造りを始めた。冷蔵庫の中も片付けるために、あるものだけを使い中身を減らしていく。
いつもフェリウスに用意していた酒や飲み物をしまっていた場所が視界に入り、ぎしぎしと心が絞られるように苦しくなるが、いつか少しずつでもこの想いが風化され、幸せだった想い出に変わることを願い、イリエは目を逸らしてパタンと閉めた。
夜になるとララが仕事の後すぐに来てくれて、大まかな事の流れを話した。ララは何も言わず黙って聞いてくれていた。
借りている部屋を解約し、三日後に引き払い実家に荷物を運ぶまでの準備は整えたが、その後のことまでまだ考えられていないと伝える。
王都からイリエ達の田舎町までは辻馬車でも四半日はかかることを考慮し、ララは途中で通る小さな町で犬族の知り合いが営んでいる宿を予約してくれた。
イリエは三日後の朝に発つことに決め、ララもその日の昼から有休をとって夜はずっと一緒に居るからと据わった目で宣言され、親友の温かい思いやりの言葉に甘えることにした。
「それとこれ…どうしても捨てられなくて」
イリエは抽斗から取り出したものをララに渡す。
「これは…お菓子の箱?」
「…誕生日に、初めてもらったの」
桃色の紙袋に入った濃い桃色の箱はイリエが日々擦ったことにより、大半が色褪せていた。
そしてその箱の中には。
あめ玉の包み紙。
折り重なった数多の包み紙は、今までフェリウスと部屋で会った回数でもある。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた紙が箱を開けた拍子にぶわっと広がり雪崩落ちてきた。
まるでイリエのフェリウスに対する気持ちのように。
なんて諦めが悪いのだろう。
どこが潔いのだろう。
それでもイリエは全部残さず終わらせると決めている。
「ただの連絡手段の紙なのに…自分でも未練がましいってわかっているんだけど…どうしても捨てられなくて。ララにお願いしても良いかな。処分しておいてもらえる?」
「…うん。わかった」
ララは何を言う事なく、箱の入った紙袋を受け取ってくれた。女々しいイリエは自分で渡したのに名残惜しくその袋を見てしまう。
「じゃあ、昼一で私も出るから」
「ララ…本当にありがとう」
「当たり前。私はイリエの親友だ」
ララの姉御肌な態度に甘えつつ、いつか前を向いて頑張って進んでいこうと気持ちを新たにした。
翌々日、イリエは引っ越し業者に荷物を運び出してもらったあと、フェリウスと初めて行った王都の中央にある公園へ向かった。
初めて待ち合わせをした喫茶店にも行きたかったが、どうしても行けなかった。
同じベンチに座り、同じホットサンドを食べ、木々の間から射し込む陽射しを浴びながら今までのことを思い馳せていた。
初めて恋をして大切で愛しい感情を覚えた。
大好きな人とする性交の素晴らしさを知った。
大好きな人と食べる食事がより美味しく感じることを知った。
大好きな人が隣にいて心が満たされることを経験できた。
フェリウスの憂いを全て取り去ってイリエは去る。
想い出になるものは何一つ残さずに。
まるで何も無かったかのように。
イリエの心の中だけに留めておけばいい。
これがセフレであったイリエが最後に出来る精一杯。
イリエは王都特殊部隊施設に向かい一通の手紙を受付に託し帰路に着いた。
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