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甦る音色 4
しおりを挟む「好きな曲名や作曲家はいるかい?」
「…何も分かりません。最後に見たのはずっと昔で、その時は楽譜の音符だけ見ていて作曲家も曲名も…」
「なるほど。音で選んでいたのかな?」
「多分、そんな感じかと」
小さい頃は母が弾く曲からこれが良いと楽譜を渡されて覚えたものだ。
「じゃあ、音符を見てゆっくり選ぶと良い」
マーギルはこの辺りがピアノの楽譜だよと教えてくれ、その中から一冊の楽譜を取り出して裏返し「値段はここに書いてある」と見せてくれた。
「好きに見てくれたまえ。もし欲しいものがあったら儂か店員に声をかけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
マーギルは微笑みながら去っていった。ウルスナは楽譜の並ぶ棚を見上げる。
(…こんなにあるんだ)
棚に近づいたウルスナは手を伸ばし楽譜を取り出して開く。
「…音符が沢山。――――嬉しい」
音符を見ながら頭の中で曲を奏でる。そしてまた新しい楽譜を取り出して音符を読み解いていくを繰り返す。
(…楽しい。色々な音が、こんなに…)
これでは一日中ここに居ても全然飽きないくらいだが、ここは店でありずっといるわけにはいかない。それでもついついあと一冊と思い手にとって見てしまう。
半刻近くウルスナは誰も来ないことを良いことにずっと楽譜を見ていたが、何とか一冊に絞ってカウンターに持って行った。
(楽譜は銅貨十枚で買えるものもあれば銀貨二枚近いものもあった。…いつかまたお駄賃として貰えることがあるだろうか。そしたらまた買いに来たいな)
ウルスナが選んだのは一冊の中に五曲ほど入った幻想曲集だ。カウンターに向かうと眼鏡をかけて書類を見ていたマーギルがウルスナに気づき、にこりと微笑んで眼鏡を外した。
「長々居てしまってすみません」
「随分熱心に選んでいたね。良いのが見つかったかい?」
「はい。これをください」
ウルスナは楽譜を渡す。
「色々な作曲家が書いた幻想曲集だね」
「はい。母が良く弾いていた曲が似たようなものが多かったので」
「そうなんだね。私も君の母君が弾いていた曲を今度聞いてみたい。また弾きに来てくれるかい?」
マーギルの言葉にウルスナは驚く。
「え…良いんですか?私そんなにお金持っていないので毎回楽譜を買うのは難しい、です」
「いやいや、弾きにきてくれるだけで良いんだ。ウルスナさんが弾くピアノは…何と言うかとても繊細で一音一音にとても感情が込められていて―――ピアノが好きだという気持ちが音に表れて、儂があの音をもっと聴きたいんだ」
そんな風に言われたことなかったウルスナは目を丸くする。
「気分転換でも何なら私に会いに来てくれる名目でも良い。そのついでにピアノをちょっと弾きに来てくれると嬉しいよ」
そう言いながらぱちりとウインクをしたマーギルにウルスナは嬉しくなり頬がピクピクと左右横に引き攣れ、その動きにハッとして思わず説明してしまう。
「あの…、この頬が横に曲がってしまうのは、嬉しくて…ちょっと微笑む、ことが出来なくて、こんな風になってしまうんです…嫌だとか、そういうのではなくて、嬉しいんです」
勘違いして欲しくなくて、ウルスナは必死に言い募る様子にマーギルは眉を下げて微笑む。
「…そうなんだね。喜んでくれて何よりだ。また来てくれるかい?」
「…はいっ。また、来ます」
「うん。約束だ」
マーギルはウルスナから渡された楽譜を包装してくれて紙袋に入れて渡してくれた。ウルスナはいそいそと硬貨入れを取り出すと、リノからもらったちりんと鳴る鈴にますます嬉しくなり、銀貨を渡してお釣りをもらった。
お礼を言って店を出たウルスナの心は軽やかなピアノの旋律のように足取りすら跳ねるように歩いてしまいたいくらい弾んでいた。
(嬉しい、嬉しい。…こんなに嬉しいのは本当に――――私を道具にしてくれたリノさんのおかげだ)
ウルスナは紙袋に入った楽譜を抱き締めながら部屋に戻っていった。
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