断罪まで90日:効率厨の悪役令嬢は爆速で国外脱出を完遂する!

月兎

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D-82:情報の非対称性――深夜の棚卸しは隠れみの

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「完璧な足」を手に入れた代償は、あまりにも重かった。

 ガレージに鎮座する特注馬車、『黒耀』

 その美しい流線型の車体には、ゼノスによる強力な追跡魔法(GPS)が刻まれている。

 私がこの馬車を動かせば、彼の元にある水晶体に、私の現在地がリアルタイムで投影される仕組みらしい。

 どれだけ速い馬車があっても、国境の検問所で「アニエス・フォン・ベルシュタイン」と記された通行証を出せば、即座に王宮へ通知が行く。

 つまり必要なのは、鑑定士の目すら欺ける完璧な偽造通行証。

 だが、今の私の屋敷は、ゼノスという最高精度のレーダーに監視されている。

 普通に闇ギルドへ伝書鳥を飛ばせば、その魔力の軌跡をゼノスにトレースされる。

 外部からの密偵を招き入れれば、彼の鋭い嗅覚に一瞬で捕らえられるだろう。

(……それなら、情報の非対称性を利用すればいいのよ。彼が『何を』見ているかを知っているのは、私だけなのだから)



***

 深夜二時。

 静まり返った屋敷に、私の鋭い声が響き渡った。

「全員、起きなさい。今すぐ地下倉庫へ集合!一斉棚卸しを行うわ」

 眠い目を擦りながら集まった使用人たちに、私は容赦なく業務を割り振る。

 「在庫の一致は組織の信頼に直結するのよ。伝票一枚、釘一本の誤差も許さないわ」

 私が指揮を執ると、屋敷中にバタバタと足音が響き、魔法袋の展開音が重なり、喧騒が生まれた。

 これこそが私の狙い――

 ジャミング(信号攪乱)だ。

 大勢の人間が動き、それぞれの微弱な魔力が入り乱れることで、ゼノスのスキャン能力をノイズで飽和させる。

 この混沌の中であれば、私一人がわずかな「異物」と接触しても、彼は気づけない。

 私は棚卸しの混乱に紛れ、倉庫の最奥にあるデッドスペースへと滑り込んだ。

 そこには、ゴミ回収業者を装って侵入させた闇ギルドの連絡員が待っていた。

「……公爵令嬢が、深夜に棚卸しとは。狂ったかと思いましたぜ」

「効率化への情熱を狂気と呼ぶのは失礼ね。それより、注文の品は?」

「偽造通行証、三枚。アンタの指定通り、表面に特殊な魔力反射塗料を混ぜ込んでおいた。これなら透過光による真贋鑑定もパスできる」

 私は彼から受け取った「鍵」を素早く検品する。

 前世で見た偽造防止技術――ホログラムやマイクロ文字の概念を魔法術式で再現させた特注品だ。

 これなら、国境の門番どころか、王宮の書記官でも見抜くのは困難だろう。

「支払いは、この無記名の魔石で。お互い、トレーサビリティ(追跡可能性)はゼロにしましょう」

 商談成立。

 連絡員が影に溶けるように去った直後、私は全身の毛が逆立つのを感じた。

「……こんな時間に棚卸しか。随分と熱心だな、アニエス嬢」

 暗がりに浮かび上がったのは、壁に寄りかかり、腕を組んで私を見下ろすゼノスだった。

 (……いつからそこにいた?)

 攪乱(ジャミング)は完璧だったはずなのに。

「閣下……。他人の屋敷を深夜に徘徊するのは、外部監査人としての職権乱用ではありませんか?」

「君の屋敷の魔力密度が急上昇したからな。ネズミでも入り込んだかと思ったが……」

 ゼノスが私に歩み寄り、その指先が私の頬を掠める。

 心臓が凍りつくような緊張感。

 彼は私の指先に残った、闇ギルドの連絡員との接触による「見慣れない魔力残渣」を、鋭い目で見抜いているようだった。

「……在庫の不一致(ロス)が、それほどまでに許せないのか?」

「ええ。不明瞭なものは、私のシステムには不要ですの」

「そうか。だが、あまり根を詰めるな。君という『国家資産』が壊れることは、私の楽しみを奪うことと同義だ」

 ゼノスはそれ以上追及せず、意味深な微笑を浮かべて去っていった。

「……」

 彼が確証を掴んでいないのか、あるいは泳がせているのか、今の私には判断がつかない。

 自室に戻り、私は闇ギルドから得た通行証を秘密の金庫に収めた。



 デッドラインまで、あと八十一日。

 物理的な足(馬車)と、論理的な鍵(通行証)は揃った。

 けれど、ゼノスという「予測不能なバグ」は、日に日に私の計算式を複雑にしていく。

(追跡されているなら、それすら利用してやるわ……)

 私はガントチャートの余白に、新たなフェーズを書き込んだ。

 それは、自分自身の影すらも囮に使う、最大規模の「物流偽装」の始まりだった。
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