終わりから始まる恋――冷徹公爵に婚約破棄された令嬢は、愛されすぎて逃げられません!

nacat

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第11話 社交界の噂は止まらない

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王都。  
リディアがこの地を去ってから一年が経った。  
陽光に輝く大理石の街並みは変わらず美しかったが、その奥にうごめく人々の噂もまた健在だった。  

「ねえ聞いた?伯爵令嬢だったリディア様、今は異国で商会を束ねてるんですって。」  
「まあ!あの方が?信じられない。だって婚約破棄されたあと、行方不明だったでしょう?」  
「ええ。でも噂では、いまや大陸でも五指に入る商業港を支配しているとか。」  
「さすが元グランディール公爵の婚約者ね。放っておいても話題になる人だわ。」  

侯爵家の令嬢たちは笑いながらうちわを振る。  
やがてその会話は「グランディール公爵と復縁するらしい」とか、「彼が追いかけている」などという憶測へと変わっていった。  
貴族の社交界にとって、リディアという名は依然、格好の話題の種だった。  

その頃、当のグランディール公爵レオンハルトは、執務室で新しい航路図を広げていた。  
部下が報告を終え、去ったあと、彼は深い息を吐いた。  
窓から差し込む陽光に、静かな塵が舞う。  

「……やはり、噂はもう広まっているのか。」  
溜息に混じる声は、自嘲でもあった。  
王都ではどれだけ自分が誇りを保とうと、人々は勝手に過去を語る。  
しかもその“過去”は、もう戻らない。  

彼が地図の一角に目をやる。  
そこにはアシュタール、そしてリディアの率いる港の名前が刻まれている。  
新たに引かれた赤線は、王国とその港を結ぶ最短航路を示していた。  

「彼女の港を経由すれば、交易の幅が倍になる。」  
理屈だけなら、それは正しい。  
しかし小さく呟いたその言葉には、経済では説明のつかない迷いがあった。  

「……いや、もう関係はない。」  

言い訳のように呟いても、心は静まらなかった。  
リディアから届いた最後の手紙には、たった二行。  
“あなたの行動に敬意を表します。  
けれど、私たちは別々の空を選びました。”  

その一文が、彼の胸の奥に静かに棘のように残っている。  

*  

同じ頃、アシュタール。  
賑やかな市場の一角で、リディアは輸送契約の最終書類に署名していた。  
陽ざしを浴びた彼女の笑顔には、もう過去の影など微塵もない。  

「バルド商会アシュタール支店、正式に王国貿易同盟に加盟です!」  
拍手と歓声が起こる。  
部下たちが喜びを分かち合う中で、リディアは穏やかに笑った。  
あの苦しみの日々も、今では全てが糧になった。  
挫折、悔しさ、そして別れ。  
それらがなければ、ここまで強くはなれなかっただろう。  

「リディア支店長、これからどうします?」  
アルバートが興奮気味に尋ねる。  
「東方の取引先へ視察に行く予定よ。王国との輸送が軌道に乗れば、次はこの大陸の東を結ぶ航路を広げたいの。」  
「また新しい挑戦ですね!」  
「挑戦し続けることが、私の生きる証だから。」  

その言葉に、部下たちが静かに頷いた。  

そこへ、一通の書簡が届く。  
届けたのは旅人風の青年。  
「遠い王都からの手紙です。差出人の名は……ありません。」  
「王都から?」  
心臓がわずかに跳ねた。けれど、彼女は落ち着いて封を切った。  

“王都の社交界では貴女の名が語られています。  
人々は貴女の成功を羨み、憧れ、そして恐れている。  
しかし彼らの言葉は、貴女を貶めるためではなく、もはや伝説を作っているようだ。  
あなたが選んだ道は、誰にも真似できない。  
誇ってほしい。”  

署名はなかった。  
だが筆跡を見れば、誰のものか一目で分かった。  
レオンハルト・グランディール。  

リディアは無言で封筒を閉じ、窓の外へ視線を向けた。  
遠くに見える港では、今日も船が出入りしている。  
青い海、白い帆。その風景の中に、もう悲しみはない。  

アルバートがそっと声をかける。  
「大丈夫ですか?」  
「ええ。何でもないわ。少しだけ、懐かしい風を感じただけ。」  

それは未練ではなかった。  
リディアの胸には、亡くした愛ではなく、長い努力の果てに掴んだ自信が宿っていた。  

「ねえ、アルバート。」  
「はい?」  
「私は今、幸せなのだと思う。愛されることで満たされるんじゃなくて、自分を誇れるこの感覚。  
――きっと、愛よりも強いものね。」  

アルバートは深く頷いた。  
「あなたを見てると、それが分かります。」  

彼女は再び卓上の書類に目を向ける。  
新しい契約、新しい未来。  
誰が何を言おうと、リディア・バートンは進むことをやめない。  

*  

一方その頃、王都ではまた新しい噂が流れ始めていた。  

「グランディール公爵、最近ますますお優しくなられたのですって!」  
「昔はあんなに冷たい方でしたのに。どうやら恋人でもできたとか。」  
「恋人?まあ、そんな話は初耳だわ!」  
「いいえ。恋人じゃなく、“敬愛する誰か”がいるそうよ。」  

その会話を背に、レオンハルトは記者の取材をまとめた報告書に署名をしながら呟いた。  
「敬愛、か……なるほどな。」  

窓を開けると、冷たい冬の風が吹き込む。  
南方の海の香りをわずかに含んだ風に、彼は苦笑を浮かべた。  

「リディア、お前の噂は一向に止まらない。……それでいい。」  

それは悔しさではなく、静かな誇りだった。  
彼女が生きている限り、この世界は少しだけ良くなる――そんな確信。  

そして今日も、王都の片隅でまた新しい声が囁かれる。  

「リディア・バートン――あの名を忘れてはいけない。  
彼女こそ、本当の意味で自由を掴んだ女。」  

人々の噂の渦の中で、その名は静かに息づいていた。  
そして遥か南の空で、リディア・バートンはまた新しい潮風を迎えていた。  

続く
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