【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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1章

24 貴族社会の現実②

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 あの後、レイヴンはアリシアを部屋へ送り届けてから執務へ戻っていった。

 2人とも薔薇園の奥へ進もうとは思わなかった。
 アリシアは自室のバルコニーでお茶を飲みながら、眼下に広がる庭園を眺めている。
 方角が違うのであの薔薇園は見えない。

 昔言われた言葉を思い出してみる。

「貴族の結婚に感情は必要ない。王族となれば尚更だ。釣り合う身分があり将来王妃となる資質のある者なら誰でもいい」
「王太子妃として相応しいと認められる間は婚約者として扱うが相応しくないと思えばすぐに婚約を解消して次の者を選ぶ」

 レイヴンは酷く悔いているようだが、アリシアはもう随分前から何とも思っていなかった。

 確かに幼かったあの時は酷く傷ついたし、初めの内の何年かは、いつ婚約者の座から降ろされるのかと怯えてもいた。だけど年を重ねて、王太子の婚約者としてうまく振舞えるようになると同時に、貴族社会の現実を知ったアリシアは、違う考え方ができるようになっていったのだ、

 この言葉を、今では喜ばしいことだと思っている。
 
 アリシアは10歳を過ぎるとレイヴンのパートナーとしてお茶会や、比較的早い時間に行われる夜会へ出るようになった。
 社交界は噂話の巣窟である。
 アリシアはそこで様々な話を聞くようになった。

 その大半が悪意に満ちた、相手を貶める内容である。
 悪いことほどよく知れ渡る。

 貴婦人たちは他人の不幸が大好きなのだ。
 いや、不幸な人を嘲笑い、自分はまだ幸せなのだと思いたいのかもしれない。

 そこで聞かされる話の中には、夫に相手にされない可哀想な女が沢山いた。

 レイヴンの言う通り、「貴族の結婚に感情は必要ない」。
 大切なのは家と家の繋がりであり、婚姻によってもたらされる家の利益が優先される。
 結婚相手には、個人の感情ではなく家の為になる相手が選ばれるのだ。

 その為、愛し合う恋人たちが結ばれることは少なく、恋愛は家の外で行われる。
 それが貴族社会の常識なので、多少の浮気なら男も女も咎められない。
 だけど度を越した振る舞いをすれば、盛大に非難されることになり、社交界から爪はじきにされてしまう。

 但し、それは女の場合だけだ。
 男がどんなに妻を蔑ろにして、尊厳を傷つけたとしても、男が非難されることはない。

 ある伯爵家に嫁いだ令嬢は、移り住んだ新居に夫の愛人がいることを結婚式の夜に知った。
 身分の低い女との結婚を家族から反対された男は、親の決めた相手を妻にして、妻と暮らすべき新居に恋人を侍女として――愛人として共に住まわせることにした。
 そして結婚式の夜、男は新妻の待つ夫婦の寝室ではなく、侍女の部屋で初夜を過ごした。
 その夜からずっと侍女の部屋で寝ているらしい。

 当然正妻に子ができるはずがなく、愛人が生んだ息子が次期当主として大切にされている。
 愛人のはずの女は、次期当主の母として今では自分こそが伯爵夫人であるかのような振る舞いだ。
 アリシアがその夜会で紹介されて挨拶をした伯爵夫人は、伯爵夫人ではなく愛人だったのだ。 

 夫に一夜も相手にされず、白い結婚であることが明白な正妻は、伯爵家に仕える使用人にさえ「お飾り夫人」と嗤われているという。

 また、ある伯爵家の次男だった男は、家を継ぐことができずに同等位の伯爵家へ婿に入った。
 この国で爵位を継げるのは男だけの為、娘しか生まれなかった家では婿を取って跡を継がせる。
 他家から婿に入ってもその男が当主となるのだ。

 その伯爵家に婿入りした男は、結婚を諦めた恋人に別邸を買い与えた。
 本妻である夫人に子どもができるまでは、まだ夫人と共に本邸に住み、時々別邸に泊まるくらいであったが、本妻に子どもができた途端、勤めは果たしたとばかりに別邸へ移り住んでしまったという。
 その後生まれた子どもが娘だった為、跡取りとなる息子が必要だと、本妻は夫に本邸へ戻るよう懇願したが、「おまえと同じように婿を取らせればいい」と突っぱねられたという。

 男は義父から伯爵位を受け継ぎ、妻と子をなしたことで勤めは果たしたと言っている。
 そして伯爵領から上がる収益で、愛人と共に別邸で悠々自適に暮らしているのだ。
 領地経営をしているのは本来の伯爵家の血筋である正妻である。
 そしてまた、ここでも夫や愛人は非難されずに、嗤われているのは夫に見向きもされない本妻なのだった。

   男女共に愛人を持つ家もある。
 夫も妻も外に作った愛人に夢中で、義務として作った子どもには一欠けらの愛情も持たずに、乳母に預け切りだという。
 両親から見捨てられた子どもは、愛情を知らない大人に育っていく。

 ここで他人の不幸を嘲笑っている女たちの中にも、そうして育った者はいるのだ。
 
 お茶会や夜会に出る度にこんな話を聞かされた少女時代のアリシアは、震える足に気づかれないよう必死に笑っていたのだった。

 
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