85 / 697
2章
55 アンジュの企み① *9/20中盤大幅に改訂しました
しおりを挟む
「アリシア様が先程休みたいとおっしゃったのは、このことに気がついておられたからですね」
「…歩き方がおかしいと思ったのよ。足が痛むようだったから、あまり歩かない方がいいと思ったの」
レイヴンはアリシアが「疲れたから休みたい」と言う直前、ジェーンの後姿をじっと見ていたことを思い出した。
あの時レイヴンはどうしたのかと声を掛けようとしていた。だけどアリシアの体調が悪いのだと思い込んだ後は、気が動転していてすっかり忘れてしまったのだ。
ジェーンは次に両方の袖を上げた。
袖にはボタンもなく、あまり上まであがらない作りになっていたが、それでも両腕に痣があることがわかった。
レイヴンに視線を向ける。
「ご覧いただいたように、私は体中に傷があります。消えない痕になってしまったものもたくさんあるのです。そんな私がノティス殿下と結婚することはできません」
女の体に傷痕があることは恥とされている。傷物の女を娶りたいと思うような男はいない。
これはジェーンが隠し通さなければならない秘密で、ジョッシュに対する負い目でもあった。
「先程レオ兄さまがジョッシュ殿に、私と子を作るつもりがあるのかと訊かれましたわね。私との間に子を作らず、エミリーが生んだ子を侯爵家の跡取りにするつもりなのではないか、と。私、あの時はショックでうまく考えられなかったのですが…今となっては納得できることがあるのです」
ジェーンは悲し気に笑うと、一同を見渡した。
「皆様、思い出してみてください。あのウェディングドレスは何かおかしいと思いませんか」
「…ええ、思うわ」
頷いたのはアリシアだった。
男性陣はイメージが湧きづらいのか、顔を見合わせている。
あそこにあったものは何もかもがおかしいから、良くわからなくなっているのかもしれない。
アリシアがジェーンの言いたいことがすぐにわかったのは――、初めからおかしいと思っていたからだ。
あそこに並べられていたものは何もかもが派手で品がなく、とてもジェーンの好みの品だとは思えなかった。
だけどそれ以上に不審だったのはドレスの形である。
胸元も背中も大きく開いていて、肌の露出が多いマーメイドラインのウエディングドレスだった。
あんなに露出が多くては見えてしまう。――胸や背中にある傷痕が。
傷痕だけではなく、今はどす黒く変色した痣もあるのではないだろうか。
「あのドレスを選んだのはアンジュ殿です。なぜあんなドレスを選ぶのか、私は不思議でした。私に似合わないような、エミリーの為のドレスを着せて、ジョッシュ殿に望まれているのはエミリーなのだと私を惨めにさせる為に?だけどそれだけの為にあんなドレスを選ぶでしょうか。あのドレスでは私の体にある傷が参列者の方たちに見えてしまいます。侯爵家の娘の体中に傷があるなんて、それは侯爵家の、そして当主であるお父様の醜聞です。それがわかっているのに、なぜそんなドレスを着せようとするのかわかりませんでした。だけどレオ兄さまが仰っていたことを聞いて…理解できましたわ」
デミオンもアンジュも、キャンベル侯爵家に何の愛着も持っていない。家名に傷がついても構わないのだ。
彼らにとってそれより大事なことは、ジョッシュとジェーンの初夜を邪魔することである。
「先ほど聞いていた限りでは、ジョッシュ殿は結婚式の後、私と初夜を迎えるつもりでした。私と白い結婚を貫き、エミリーの生んだ子を跡継ぎにしようという考えは、ジョッシュ殿にはなかったのです。私は初夜の時に体中の傷を見られるわけですから、その時に傷があることを隠して結婚したことを誠心誠意謝り、なんとか受け入れてもらえないかとお願いするつもりでいました。ジョッシュ殿も、その時には既に婚姻を結んだあとですから、すぐには無理でもいつかは許してくださるのではないかと考えていたのです。ですが結婚式で私が体の傷を晒していたらどうでしょうか。花嫁は傷物であると、私自らが衆目環視の中で傷を晒して歩くのです。ジョッシュ殿は騙されていたこと、そして大勢の人の前で傷物を掴まされたのだと知らしめされ、恥をかかされたことに怒り狂い、決して私を許さなかったでしょう。当然初夜など迎えられるはずがありません」
「…歩き方がおかしいと思ったのよ。足が痛むようだったから、あまり歩かない方がいいと思ったの」
レイヴンはアリシアが「疲れたから休みたい」と言う直前、ジェーンの後姿をじっと見ていたことを思い出した。
あの時レイヴンはどうしたのかと声を掛けようとしていた。だけどアリシアの体調が悪いのだと思い込んだ後は、気が動転していてすっかり忘れてしまったのだ。
ジェーンは次に両方の袖を上げた。
袖にはボタンもなく、あまり上まであがらない作りになっていたが、それでも両腕に痣があることがわかった。
レイヴンに視線を向ける。
「ご覧いただいたように、私は体中に傷があります。消えない痕になってしまったものもたくさんあるのです。そんな私がノティス殿下と結婚することはできません」
女の体に傷痕があることは恥とされている。傷物の女を娶りたいと思うような男はいない。
これはジェーンが隠し通さなければならない秘密で、ジョッシュに対する負い目でもあった。
「先程レオ兄さまがジョッシュ殿に、私と子を作るつもりがあるのかと訊かれましたわね。私との間に子を作らず、エミリーが生んだ子を侯爵家の跡取りにするつもりなのではないか、と。私、あの時はショックでうまく考えられなかったのですが…今となっては納得できることがあるのです」
ジェーンは悲し気に笑うと、一同を見渡した。
「皆様、思い出してみてください。あのウェディングドレスは何かおかしいと思いませんか」
「…ええ、思うわ」
頷いたのはアリシアだった。
男性陣はイメージが湧きづらいのか、顔を見合わせている。
あそこにあったものは何もかもがおかしいから、良くわからなくなっているのかもしれない。
アリシアがジェーンの言いたいことがすぐにわかったのは――、初めからおかしいと思っていたからだ。
あそこに並べられていたものは何もかもが派手で品がなく、とてもジェーンの好みの品だとは思えなかった。
だけどそれ以上に不審だったのはドレスの形である。
胸元も背中も大きく開いていて、肌の露出が多いマーメイドラインのウエディングドレスだった。
あんなに露出が多くては見えてしまう。――胸や背中にある傷痕が。
傷痕だけではなく、今はどす黒く変色した痣もあるのではないだろうか。
「あのドレスを選んだのはアンジュ殿です。なぜあんなドレスを選ぶのか、私は不思議でした。私に似合わないような、エミリーの為のドレスを着せて、ジョッシュ殿に望まれているのはエミリーなのだと私を惨めにさせる為に?だけどそれだけの為にあんなドレスを選ぶでしょうか。あのドレスでは私の体にある傷が参列者の方たちに見えてしまいます。侯爵家の娘の体中に傷があるなんて、それは侯爵家の、そして当主であるお父様の醜聞です。それがわかっているのに、なぜそんなドレスを着せようとするのかわかりませんでした。だけどレオ兄さまが仰っていたことを聞いて…理解できましたわ」
デミオンもアンジュも、キャンベル侯爵家に何の愛着も持っていない。家名に傷がついても構わないのだ。
彼らにとってそれより大事なことは、ジョッシュとジェーンの初夜を邪魔することである。
「先ほど聞いていた限りでは、ジョッシュ殿は結婚式の後、私と初夜を迎えるつもりでした。私と白い結婚を貫き、エミリーの生んだ子を跡継ぎにしようという考えは、ジョッシュ殿にはなかったのです。私は初夜の時に体中の傷を見られるわけですから、その時に傷があることを隠して結婚したことを誠心誠意謝り、なんとか受け入れてもらえないかとお願いするつもりでいました。ジョッシュ殿も、その時には既に婚姻を結んだあとですから、すぐには無理でもいつかは許してくださるのではないかと考えていたのです。ですが結婚式で私が体の傷を晒していたらどうでしょうか。花嫁は傷物であると、私自らが衆目環視の中で傷を晒して歩くのです。ジョッシュ殿は騙されていたこと、そして大勢の人の前で傷物を掴まされたのだと知らしめされ、恥をかかされたことに怒り狂い、決して私を許さなかったでしょう。当然初夜など迎えられるはずがありません」
20
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる