【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
110 / 697
2章

80 マリアンの処遇②

しおりを挟む
「お願いします、お父様」

 震える娘の声にアダムは顔を背けた。

「…これがどういうことかはおまえにもわかっているだろう」

「…わかっています」

 そしてマリアンも、事が露見すれば厳しい罰を受けると知っていた。
 それをわかっていながら協力してくれた。

「…退職金は出す」

「お父様!!」

「叔父様、私からもお願い致します。マリアンがしたことの原因は私にあります。マリアンはいつもそうしてアリシア様を、そして私を助けてくれました」

「…私からもお願い致しますわ」

「…オレリア?」

 ジェーンがマリアンを庇うのは理解できる。
 だけど先ほどのオレリアは、アリシアの怪我をこれまで知らなかったことに酷いショックを受けていた。
 それはマリアンが報告しなかったからだ。

「…マリアンは確かに報告の義務を怠りました。ですがマリアンは誰もやりたがらないような仕事もしてくれています。あれも忠義の一つでしょう。これもそうです。その気持ちを汲んでやりたいのです」

 オレリアとアダムが強い眼差しで見つめ合う。

「そなたの言うこともわかる。だが信用できない者をこのまま雇い続けることはできない」

 レイヴンは苦しい顔をしながらも、解雇を告げたアダムの気持ちが良くわかった。

 アリシアは公爵令嬢であるだけでなく、レイヴンの婚約者でもあった。
 その身の安全は一番に守られなければならない。
 アリシアの身に起きた異変をいち早く報告すること。
 それが一番身近にいるマリアンに課せられた最も重要な責務だったのだ。

 だけどアダムはジェーンの為にすべてを隠し通すと決めたアリシアの決断を理解し、受け入れている。
 その為にはマリアンの協力が必要不可欠であったことも理解している。
 だからアダムはただ解雇するのではなく、退職金を出すと言っているのだ。
 
 だけどこれは決して軽い罰ではない。
 公爵家の家令が紹介状を書くことはないだろう。

 普通であれば仕事を辞める時に紹介状が渡される。
 紹介状は次の仕事を探す時に必要になる者だ。
 それを書いて貰えないということは、それだけの事情があると察せられる。
 そんな信用できない者を雇う家はない。
 貴族の邸で働くことは二度とできないだろう。

 マリアンの実家がどんなところかは知らないが、公爵の怒りを買った娘に家族は優しいだろうか。
 邪魔にされて追い出されたら、後は坂道を転がり落ちるだけだ。

 レイヴンも王宮でアリシアにつけている侍女たちへ、アリシアに何かあればすぐに知らせるよう厳命している。
 もし侍女たちがアリシアの身に起きた事故をすぐに報告しなければ、レイヴンは即刻解雇するだろう。
 その者がその後どうなろうと知ったことではない。

 だけどマリアンのことはアリシアの為に必ず守ると決めている。

「公爵。これは公爵家のことと理解している。そこに口を出すのは申し訳ないと思う。だがこれは僕の妃・・・の願いだ。それを理解して欲しい」

 アダムを見据えたレイヴンがそう言うと、アダムは息を飲んだ。

 これは公爵家令嬢アリシアの願いではない。
 王太子妃・・・・の願いなのだ。

 レイヴンにそう言われてしまえばアダムは受け入れるしかない。

「…マリアンには変わらず勤めてもらいましょう」

 レイヴンは権力を笠に着て他家の内政に干渉するような人ではないと知っているアリシアは驚いていた。
 レイヴンの顔を窺うと、その表情が泣きそうなものに変わる。

「こんなことしかできなくてごめんね」

 その言葉でアリシアは、先ほど何度も繰り返されていた「大丈夫だよ」という声を思い出した。
 レイヴンはアリシアの為に普段なら決してしないことをしてくれているのだ。
 
「ありがとうございます」

 アリシアは体の力を抜き、レイヴンの肩口に頬を寄せた。
 アリシアを抱き寄せるレイヴンの腕に力がこもった。




しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...