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2章
93 ルビーの首飾り②
「皆、用意は良いかしら?」
「申し訳ございません。少しお待ちくださいませ」
謁見の間へ移ろうと促すマルグリットをアリシアが止めた。
皆の視線が集まる中、アリシアは持ってきていたケースをジェーンへ差し出した。
「ジェーン、これをお返しするわ」
ケースを見て、それが何かを悟ったジェーンが驚いた顔でアリシアを見る。
アリシアが頷いた。
ジェーンがケースを開けると、そこにはいくつものルビーが赤く輝く首飾りが入っていた。
大小のルビーが金色の細工によって連なっており、大きなルビーの周りには小粒のダイヤモンドが飾っている。
金額がつけられない程高価な品だ。
「それは……っ!」
国王が声を上げた。
アリシアたちの世代には知られてないが、国王やアダムといった親の世代には目にしたことがある者も多くいるだろう。
「これはキャンベル侯爵家の首飾りです。そしてこれがあの日、私がデミオン殿に鞭で打たれた理由なのです」
ジェーンはデミオンを、父ではなく「デミオン殿」と呼んだ。
すっかり切り捨ててしまったようだ。
「……どういうことだ?」
アダムが眉を顰めた。
「娘を鞭で打ち据える」というのは、弟が仕出かしたことの中でも最も受け入れがたいことである。
「あの頃侯爵家は、既に資金繰りに窮していました。領地で起こった災害に加え、良識のある貴族たちはお祖母様に睨まれたデミオン殿の事業から手を引き、まともな取引相手がいなくなっていたのです。その後のデミオン殿は、事業を起こしては潰すことを繰り返します。あの頃にはもう、近づいてくるのはデミオン殿を騙して資金を巻き上げようとするような者ばかりでした。そうしていくつもの事業を潰し、お金を巻き上げられて、公爵家からの援助が無くては生活ができなくなっていたのに、デミオン殿にはまだ余裕がありました。それは、侯爵家にこの首飾りがあったからです」
キャンベル侯爵領には良質なルビーが産出される地域がある。
そのルビーの加工や販売、輸出事業を元に財を築いた一族だ。
この首飾りはその侯爵家を象徴するもので、家宝である。
ルトビア公爵家にとっての扇とブローチのようなものだ。
侯爵家の当主であるデミオンは、流石にこの首飾りの存在を知っていた。
知っていて、もしもの時はこれを売り払い、金にすれば良いと考えていたのだ。
「なんですって……?」
マルグリットが不穏な声を上げる。
デミオンは当主でありながら侯爵家に対する思い入れがまるでない。
侯爵家に婿入りしたのはアンジュと共に贅沢をする金を得る為であり、侯爵家の歴史や伝統を尊重しようという気持ちは持っていない。
だからこの首飾りを売り払うことに躊躇いはなかった。
「母はデミオン殿を信用していませんでした。なので夫であるデミオン殿に、この首飾りの保管場所を教えていなかったのです。あの邸で教えられていたのは私だけです。私はあのしばらく前から不穏な兆候を感じていました。デミオン殿が何か大変なことに手を出し、大金を必要としているのだと感じました。なのであの日の少し前に、この首飾りをアリシア様へ預けたのです。それは私とアリシア様だけの秘密でした」
「それじゃあ、この首飾りは我が公爵邸にあったのか…?」
アダムが絶句する。
「はい、お父様。私が預かり、私の部屋で保管していました。嫁いでくる時に公爵邸へ置いてくるわけにはいかず、こちらへ持参したのです」
「なんていうことだ!特別な警備もつけず、これほどの品を部屋に置いていたのか!!」
「私がお願いしたのですわ」
眩暈を起こしてふらつくアダムを、ジェーンが慌てて支えた。
「アリシア様へ預けた後に何かあったとしても、それは預けた私の責任です。あのまま邸に置いていれば、確実に売られてしまいました。アリシア様へ預けた後に失くした方が、まだ納得ができる。私はそう思ったのです。それで密かに邸から持ち出し、アリシア様へ託しました」
ジェーンが大きく息を吐く。
「あの日の前夜、デミオン殿は青い顔をして帰宅し、家探しを始めました。私はデミオン殿がこの首飾りを探しているのだとすぐにわかりました。ですが当然首飾りは見つかりません。デミオン殿の異様な雰囲気には使用人たちも気がついていて、怯えているようでした。夜が明けても見つけることができず、デミオン殿はいよいよ焦りだしました。私は登校することを禁じられて部屋に押し込められていたのですが、私がどこかへ隠したのだと気がついたデミオン殿の部屋に呼ばれ、『首飾りの隠し場所を言え』と言って打たれたのです」
「…だけどジェーンが首飾りの隠し場所を教えることはなく、デミオン殿はジェーンを庇った私を打ったのね。あのあとデミオン殿が必死になってお父様に大金を無心していたのを知っているわ」
デミオンは昔からアダムに対する強い対抗心を持っていた。
資金援助を受けていながら更に金の無心をするというのは、矜持の高いデミオンにとって屈辱的なことだっただろう。
当然アダムには叱責される。
それくらいなら、この首飾りを売り払った方がひと財産にもなる。
だけど首飾りは見つかることなく、アリシアを打ったことでその企みは頓挫した。
アリシアはジェーンが結婚式でこの首飾りをつけると思っていた。
サンドラも結婚式でつけていたのだ。
だけどいくら待っても「返して欲しい」という知らせは来ない。
アリシアはジェーンが首飾りを侯爵邸へ戻しても安全だと思える時まで預かっているつもりだった。
それも今日で終わる。
今日デミオンとアンジュは処断され、侯爵家の正当な後継はジェーンだと示される。
アリシアが紫色のドレスを着たように、ジェーンもこの首飾りをつける時が来たのだ。
「申し訳ございません。少しお待ちくださいませ」
謁見の間へ移ろうと促すマルグリットをアリシアが止めた。
皆の視線が集まる中、アリシアは持ってきていたケースをジェーンへ差し出した。
「ジェーン、これをお返しするわ」
ケースを見て、それが何かを悟ったジェーンが驚いた顔でアリシアを見る。
アリシアが頷いた。
ジェーンがケースを開けると、そこにはいくつものルビーが赤く輝く首飾りが入っていた。
大小のルビーが金色の細工によって連なっており、大きなルビーの周りには小粒のダイヤモンドが飾っている。
金額がつけられない程高価な品だ。
「それは……っ!」
国王が声を上げた。
アリシアたちの世代には知られてないが、国王やアダムといった親の世代には目にしたことがある者も多くいるだろう。
「これはキャンベル侯爵家の首飾りです。そしてこれがあの日、私がデミオン殿に鞭で打たれた理由なのです」
ジェーンはデミオンを、父ではなく「デミオン殿」と呼んだ。
すっかり切り捨ててしまったようだ。
「……どういうことだ?」
アダムが眉を顰めた。
「娘を鞭で打ち据える」というのは、弟が仕出かしたことの中でも最も受け入れがたいことである。
「あの頃侯爵家は、既に資金繰りに窮していました。領地で起こった災害に加え、良識のある貴族たちはお祖母様に睨まれたデミオン殿の事業から手を引き、まともな取引相手がいなくなっていたのです。その後のデミオン殿は、事業を起こしては潰すことを繰り返します。あの頃にはもう、近づいてくるのはデミオン殿を騙して資金を巻き上げようとするような者ばかりでした。そうしていくつもの事業を潰し、お金を巻き上げられて、公爵家からの援助が無くては生活ができなくなっていたのに、デミオン殿にはまだ余裕がありました。それは、侯爵家にこの首飾りがあったからです」
キャンベル侯爵領には良質なルビーが産出される地域がある。
そのルビーの加工や販売、輸出事業を元に財を築いた一族だ。
この首飾りはその侯爵家を象徴するもので、家宝である。
ルトビア公爵家にとっての扇とブローチのようなものだ。
侯爵家の当主であるデミオンは、流石にこの首飾りの存在を知っていた。
知っていて、もしもの時はこれを売り払い、金にすれば良いと考えていたのだ。
「なんですって……?」
マルグリットが不穏な声を上げる。
デミオンは当主でありながら侯爵家に対する思い入れがまるでない。
侯爵家に婿入りしたのはアンジュと共に贅沢をする金を得る為であり、侯爵家の歴史や伝統を尊重しようという気持ちは持っていない。
だからこの首飾りを売り払うことに躊躇いはなかった。
「母はデミオン殿を信用していませんでした。なので夫であるデミオン殿に、この首飾りの保管場所を教えていなかったのです。あの邸で教えられていたのは私だけです。私はあのしばらく前から不穏な兆候を感じていました。デミオン殿が何か大変なことに手を出し、大金を必要としているのだと感じました。なのであの日の少し前に、この首飾りをアリシア様へ預けたのです。それは私とアリシア様だけの秘密でした」
「それじゃあ、この首飾りは我が公爵邸にあったのか…?」
アダムが絶句する。
「はい、お父様。私が預かり、私の部屋で保管していました。嫁いでくる時に公爵邸へ置いてくるわけにはいかず、こちらへ持参したのです」
「なんていうことだ!特別な警備もつけず、これほどの品を部屋に置いていたのか!!」
「私がお願いしたのですわ」
眩暈を起こしてふらつくアダムを、ジェーンが慌てて支えた。
「アリシア様へ預けた後に何かあったとしても、それは預けた私の責任です。あのまま邸に置いていれば、確実に売られてしまいました。アリシア様へ預けた後に失くした方が、まだ納得ができる。私はそう思ったのです。それで密かに邸から持ち出し、アリシア様へ託しました」
ジェーンが大きく息を吐く。
「あの日の前夜、デミオン殿は青い顔をして帰宅し、家探しを始めました。私はデミオン殿がこの首飾りを探しているのだとすぐにわかりました。ですが当然首飾りは見つかりません。デミオン殿の異様な雰囲気には使用人たちも気がついていて、怯えているようでした。夜が明けても見つけることができず、デミオン殿はいよいよ焦りだしました。私は登校することを禁じられて部屋に押し込められていたのですが、私がどこかへ隠したのだと気がついたデミオン殿の部屋に呼ばれ、『首飾りの隠し場所を言え』と言って打たれたのです」
「…だけどジェーンが首飾りの隠し場所を教えることはなく、デミオン殿はジェーンを庇った私を打ったのね。あのあとデミオン殿が必死になってお父様に大金を無心していたのを知っているわ」
デミオンは昔からアダムに対する強い対抗心を持っていた。
資金援助を受けていながら更に金の無心をするというのは、矜持の高いデミオンにとって屈辱的なことだっただろう。
当然アダムには叱責される。
それくらいなら、この首飾りを売り払った方がひと財産にもなる。
だけど首飾りは見つかることなく、アリシアを打ったことでその企みは頓挫した。
アリシアはジェーンが結婚式でこの首飾りをつけると思っていた。
サンドラも結婚式でつけていたのだ。
だけどいくら待っても「返して欲しい」という知らせは来ない。
アリシアはジェーンが首飾りを侯爵邸へ戻しても安全だと思える時まで預かっているつもりだった。
それも今日で終わる。
今日デミオンとアンジュは処断され、侯爵家の正当な後継はジェーンだと示される。
アリシアが紫色のドレスを着たように、ジェーンもこの首飾りをつける時が来たのだ。
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