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3章

7 新たな約束①

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「 桜桃さくらんぼ?」

「お兄様が持ってきて下さいましたの」
 
 レイヴンの顔が訝し気なものになり、アリシアは苦笑する。
 ジャムはともかく、そのままの桜桃さくらんぼは通常手土産に持参するようなものではない。

 レオナルドは「そろそろ違う果物が食べたいんじゃない?」と笑っていた。
 処罰が行われた日から既に10日程経っているのに、まだ苺が続いていることをレオナルドは知っているのだ。

「レイヴン様、苺は運んでくるのにお金も時間も掛かります。もう充分いただきましたので、そろそろ違う果物をいただきましょう」

「…そうだね」

 アリシアの言葉にレイヴンが目を伏せる。

 いつまでも続く苺にアリシアは困惑していたが、レイヴンも止めどころがわからず困っていたのかもしれない。
 アリシアとしてはレイヴンの反応を見るのが1番の目的だった我儘だが、初めてのことだけに言う方も叶える方も終わらせ方に苦慮していたということだ。
 アリシアとレイヴンは顔を見合わせて苦笑した。 

「お兄様に伺ったのですが、ジェーンの庭園を公爵家が買い取ったそうですわ」

「あの庭園を?」

「侯爵家は財政難ですから」

 レイヴンは驚いた顔を見せるが、アリシアがそういうと納得したように頷いた。 

「レイヴン様は公爵家の庭園を散歩したいと仰っていましたけれど、叶いましたわね」

「え?」

「あの庭園が公爵家のものになりましたもの」

 アリシアがふふっと笑う。
 アリシアが言いたいことを理解したレイヴンは顔を曇らせた。

 アリシアもレイヴンが望んでいることとは違っているとわかっているが、既に嫁いだアリシアやレイヴンが公爵邸を訪れるのは難しい。
 王太子夫妻が1つの家と懇意にしすぎれば痛くもない腹を探られることになる。

 だからこそ、婚約者であった時にしか叶えられないことだったのだ。
 今はこれで堪えてもらうしかない。
 レイヴンもそれがわかっているので渋々頷いた。

「公爵邸には行けないけど、ここの庭園は一緒に散歩してくれる?」

 最近は新しくなった庭園を一緒に散歩するのが日課になっている。
 レイヴンに手を取られたアリシアは微笑んで頷いた。


 
 王太子夫妻の居住区であり、アリシアやレイヴンの部屋に沿って作られたこの庭園に入ってくる者はほとんどいない。
 人目のある所では通常のエスコートをされているが、この庭園では手を繋いで歩く。
 キャンベル侯爵邸で初めて手を握られた時は驚いたが、レイヴンはこの指と指を絡ませる手の繋ぎ方が気に入っているようだ。
 いつも他愛もない会話を交わしながら歩いている。

 社交界で様々な憶測を呼んだレイヴンの寵愛だが、最近では本物だと認められてきている。
 ジェーンの懐妊疑惑も、ジェーンの使節団加入が公示され、ジョッシュとの婚約解消、キャンベル侯爵夫妻への処罰などが知られるにつれて間違いだったと認識されているようだ。

 ただあの時も馬車は王太子宮の居住区まで入ってきていたし、診察も居住区の中で行われている。
 懐妊疑惑を知っていたのは王太子宮で働いている者たちだけのはずだった。
 それなのに次の日には社交界で広まっていた。
 この王太子宮での出来事を外に漏らしている者がいるということだ。

 ただそれは予想していたことでもある。
 王太子妃夫妻の仲や世継ぎについては最大の関心事だ。
 貴族は様々なつてを使って王太子宮での出来事を探っているのだ。




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