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3章
42 噂の真相②
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「わ、わたしは…」
そんなことを言われるなんて考えてもいなかったノティスは唇を噛みしめた。
青褪めて俯くノティスに、アリシアが笑顔を見せる。
「何もしなくて良いのですよ。何を言われてもこうして微笑んで、聞き流せば良いのです。何を言われても真実ではないのですから」
ノティスはハッとしてアリシアの顔を見た。
今アリシアが見せているのは王太子妃としての笑顔だ。
それがわかるからこそ、先ほどまでの表情が作られたものではなかったのだとわかる。
部屋を訪れて挨拶を交わした時は今と同じ表情だった。
警戒されていた。
それがいつ変わったのか。
いつ、信用してもらえたのか。
「だから私は何もするつもりがありませんの。それに噂を広めた者の思惑が、私とレイヴン様の仲を壊すことであれば、何も変わらずこれまでと同じように過ごすことで企みが潰えたとわかるでしょう?」
優雅に笑ったアリシアにジェーンが苦笑する。
この笑顔は作り物の笑顔ではない。
変わったことは何もせず、これまで通りの日常を過ごす。
アリシアがレイヴンを責めることはなく、レイヴンの寵愛も変わらない。
それだけで彼らの目論見を潰すことができる。
これらの噂があることを、アリシアはジェーンに謝られるまで知らなかった。
その後でエレノアに訊いてみたら、侍女は皆知っていたようだ。
知っていてアリシアの耳には入らない様に気をつけていた。
この噂が真実であれば、隠されていたことに傷ついたかもしれない。
レイヴンとジェーンに裏切られているのに、1人だけ知らないなんて惨めすぎる。
だけどアリシアは、噂が真実ではないと知っていた。
疑うこともない。
だからこそエレノアも、不快なだけのこんな噂を耳に入れる必要はないと隠していたのだ。
……もう1人、強力な情報統制者が絡んでいるとは思っているけれど。
「私がこんな噂を信じると思っているなんて、これを企んだ者たちは私たちのことを知らなすぎますわ」
不服そうに顔を顰めるアリシアを見てジェーンの顔に笑みが浮かぶ。
アリシア様は、気づいているのかしら。
以前はアリシアも、レイヴンがジェーンを想っているという噂を信じていた。
信じたうえで、婚約者として、王太子妃として扱ってくれるのならばそれで良いと思っていた。
だけど今のアリシアは、レイヴンの気持ちを信じている。
レイヴンがアリシアを裏切るはずがないと、信じているのだ。
「女性の継承権は…」
「それはまた別の問題ですわ」
ノティスの呟きにアリシアが応える。
「ノティス殿下は悪法だと思いますか?」
「いいえ!思いません!!」
「私も思いませんし、皆も思っておりません。賛同者は多くいます。それは女性の継承権を望んでいる者が多くいるということです。こんな噂でどうにかなるようなことではありません。それに私たちが変わらなければ、噂は自然と消えていきます。だからもう少し静観していただけませんか?」
そう言われたノティスは恥ずかしくなって俯いた。
ノティスが役に立てるようなことなどなく、考えの足りなさが露呈しただけだった。
「ノティス殿下」
俯いたノティスにジェーンが語りかける。
「殿下がレイヴン殿下を慕われているお気持ちはとても良くわかりますわ。私のことも、このままでは良い婚約者が見つからないと案じて下さったのですね。私もノティス殿下以上の良縁はないだろうと思いますわ。ですが殿下はまだ15歳です。これから学園へ通われて、新しい出会いもあるでしょう。誰かの為ではなく、ご自分の為に婚約者をお選びください」
「…義母上はわたしにとってジェーン嬢が最良のお相手だと仰います。ですがわたしはジェーン嬢のことを何も知りません。ジェーン嬢もわたしを知らないでしょう。わたしたちには知り合う機会もありませんから」
ノティスは俯いたまま自嘲めいた笑みを浮かべる。
確かにこのままでは2人に接点はない。
ジェーンはもうすぐアルスタへ行ってしまうし、帰ってきた後は領地での生活が主になるだろう。王都に出てくることも少なくなる。
ノティスが学園で誰かと出会ってしまえば、知り合うこともないまま候補から外れることになる。
「では、こうしましょう」
アリシアが手を打った。
ジェーンがアリシアを見る。ノティスも視線を上げてアリシアを見ている。
「ご存知でしょうが、ジェーンはアルスタへの使節団に参加します。ここで私とお茶を飲んでいるのも、研修で学んだことの復習になるように考えているのです。ノティス殿下もアルスタ語は学んでおられますね?」
「はい、それは…日常会話程度ですが」
アリシアが頷く。
ノティスはマルグリットの元へ来てから、きちんと王子としての教育を受けている。
「ジェーンがここへ来る時にノティス殿下もお出で下さい。ここでは通常アルスタ語で会話をしています。主に研修で習ったことについて話をしていますが、個人的な話をすることも勿論ございます」
ジェーンも頷いた。
「ノティス殿下、私は研修を受けておりますし、侯爵領の運営についてもロバート殿に任せきりにはできません。それらのことで手一杯になっていて、その他のことにあまり時間を割くことができずにおります。…ですので私たちが交流する為に、アリシア様とのお茶会へ来ていただけるのならとても嬉しいです」
週に2度か3度。
正殿を出てアリシアのところへ来るのは、それだけでノティスにとって大変なことだろう。
だけど学園に入学したら週に5日通わなくてはならない。外へ出る為の練習にもなる。
「…わかりました。是非ご一緒させていただきたいと思います」
少し声が震えていたけれど、しっかりした声でノティスが了承した。
そんなことを言われるなんて考えてもいなかったノティスは唇を噛みしめた。
青褪めて俯くノティスに、アリシアが笑顔を見せる。
「何もしなくて良いのですよ。何を言われてもこうして微笑んで、聞き流せば良いのです。何を言われても真実ではないのですから」
ノティスはハッとしてアリシアの顔を見た。
今アリシアが見せているのは王太子妃としての笑顔だ。
それがわかるからこそ、先ほどまでの表情が作られたものではなかったのだとわかる。
部屋を訪れて挨拶を交わした時は今と同じ表情だった。
警戒されていた。
それがいつ変わったのか。
いつ、信用してもらえたのか。
「だから私は何もするつもりがありませんの。それに噂を広めた者の思惑が、私とレイヴン様の仲を壊すことであれば、何も変わらずこれまでと同じように過ごすことで企みが潰えたとわかるでしょう?」
優雅に笑ったアリシアにジェーンが苦笑する。
この笑顔は作り物の笑顔ではない。
変わったことは何もせず、これまで通りの日常を過ごす。
アリシアがレイヴンを責めることはなく、レイヴンの寵愛も変わらない。
それだけで彼らの目論見を潰すことができる。
これらの噂があることを、アリシアはジェーンに謝られるまで知らなかった。
その後でエレノアに訊いてみたら、侍女は皆知っていたようだ。
知っていてアリシアの耳には入らない様に気をつけていた。
この噂が真実であれば、隠されていたことに傷ついたかもしれない。
レイヴンとジェーンに裏切られているのに、1人だけ知らないなんて惨めすぎる。
だけどアリシアは、噂が真実ではないと知っていた。
疑うこともない。
だからこそエレノアも、不快なだけのこんな噂を耳に入れる必要はないと隠していたのだ。
……もう1人、強力な情報統制者が絡んでいるとは思っているけれど。
「私がこんな噂を信じると思っているなんて、これを企んだ者たちは私たちのことを知らなすぎますわ」
不服そうに顔を顰めるアリシアを見てジェーンの顔に笑みが浮かぶ。
アリシア様は、気づいているのかしら。
以前はアリシアも、レイヴンがジェーンを想っているという噂を信じていた。
信じたうえで、婚約者として、王太子妃として扱ってくれるのならばそれで良いと思っていた。
だけど今のアリシアは、レイヴンの気持ちを信じている。
レイヴンがアリシアを裏切るはずがないと、信じているのだ。
「女性の継承権は…」
「それはまた別の問題ですわ」
ノティスの呟きにアリシアが応える。
「ノティス殿下は悪法だと思いますか?」
「いいえ!思いません!!」
「私も思いませんし、皆も思っておりません。賛同者は多くいます。それは女性の継承権を望んでいる者が多くいるということです。こんな噂でどうにかなるようなことではありません。それに私たちが変わらなければ、噂は自然と消えていきます。だからもう少し静観していただけませんか?」
そう言われたノティスは恥ずかしくなって俯いた。
ノティスが役に立てるようなことなどなく、考えの足りなさが露呈しただけだった。
「ノティス殿下」
俯いたノティスにジェーンが語りかける。
「殿下がレイヴン殿下を慕われているお気持ちはとても良くわかりますわ。私のことも、このままでは良い婚約者が見つからないと案じて下さったのですね。私もノティス殿下以上の良縁はないだろうと思いますわ。ですが殿下はまだ15歳です。これから学園へ通われて、新しい出会いもあるでしょう。誰かの為ではなく、ご自分の為に婚約者をお選びください」
「…義母上はわたしにとってジェーン嬢が最良のお相手だと仰います。ですがわたしはジェーン嬢のことを何も知りません。ジェーン嬢もわたしを知らないでしょう。わたしたちには知り合う機会もありませんから」
ノティスは俯いたまま自嘲めいた笑みを浮かべる。
確かにこのままでは2人に接点はない。
ジェーンはもうすぐアルスタへ行ってしまうし、帰ってきた後は領地での生活が主になるだろう。王都に出てくることも少なくなる。
ノティスが学園で誰かと出会ってしまえば、知り合うこともないまま候補から外れることになる。
「では、こうしましょう」
アリシアが手を打った。
ジェーンがアリシアを見る。ノティスも視線を上げてアリシアを見ている。
「ご存知でしょうが、ジェーンはアルスタへの使節団に参加します。ここで私とお茶を飲んでいるのも、研修で学んだことの復習になるように考えているのです。ノティス殿下もアルスタ語は学んでおられますね?」
「はい、それは…日常会話程度ですが」
アリシアが頷く。
ノティスはマルグリットの元へ来てから、きちんと王子としての教育を受けている。
「ジェーンがここへ来る時にノティス殿下もお出で下さい。ここでは通常アルスタ語で会話をしています。主に研修で習ったことについて話をしていますが、個人的な話をすることも勿論ございます」
ジェーンも頷いた。
「ノティス殿下、私は研修を受けておりますし、侯爵領の運営についてもロバート殿に任せきりにはできません。それらのことで手一杯になっていて、その他のことにあまり時間を割くことができずにおります。…ですので私たちが交流する為に、アリシア様とのお茶会へ来ていただけるのならとても嬉しいです」
週に2度か3度。
正殿を出てアリシアのところへ来るのは、それだけでノティスにとって大変なことだろう。
だけど学園に入学したら週に5日通わなくてはならない。外へ出る為の練習にもなる。
「…わかりました。是非ご一緒させていただきたいと思います」
少し声が震えていたけれど、しっかりした声でノティスが了承した。
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