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3章
59 味方
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翌朝、レイヴンの侍女が起こしに来る時間より少し前にアリシアは目を覚ました。
体はレイヴンにがっちりと抱え込まれているが、頭はすっきりしている。
昨夜早く眠ったからだわ。
それがレイヴンの気遣いによるものだと、アリシアはわかっていた。
昨夜のこと、取り分けカナリーが訪ねて来た時のことを思い出すと、アリシアはいたたまれない気分になる。
だけどレイヴンはそんなアリシアをわかっていて寄り添ってくれていた。
寝室へ入ってきた時も、アリシアはレイヴンの顔を見ることができず、中へ入るのを躊躇っていた。
レイヴンはそんなアリシアにすぐ気がついて駆け寄ってきてくれたのだ。
レイヴンに抱き締められながら、アリシアは何より自分の変化に戸惑っていた。
これまでのアリシアなら、どんなに気まずくても顔を上げて寝室へ入っていただろう。
何事もなかったかのようにレイヴンへ微笑んでいたはずだ。
……私は思っていたよりレイヴン様を信じているのだわ。
公務ではない時間はただのアリシアに戻って良いとレイヴンは言っていた。
怒っても、泣いても、笑っても、レイヴンなら受け入れてくれると、いつの間にか信じている。
「…………っ」
アリシアは昨夜とは違う意味でいたたまれない心地になって身悶えた。
顔が赤くなっているのがわかる。
誰にも見られない様に――ここにはレイヴンしかしないけれど――レイヴンの胸に顔を埋めて隠した。
そうしているとレイヴンの心臓の音が聞こえてくる。その音を聞きながら暫くじっとしていると、冷静さを取り戻すことができた。
「レイヴン様…」
眠る直前、髪を撫でられていたことを思い出す。
背にまわされている腕がきつくて動きづらいけれど、何とか手を伸ばしてレイヴンの前髪に触れる。
昨夜、アリシアの中から出ていくレイヴンは、硬さを失ってはいなかった。
毎夜のことを思うと一度では満足できなかっただろう。
だけどレイヴンはアリシアに気づかせない様にして、眠らせてくれたのだ。
レイヴンは常にアリシアを気遣ってくれている。
昨夜、退室していくレオナルドは、アリシアの耳元でこう言っていた。
「レイヴン殿下はアリシアを守ろうとしているね。殿下はアリシアの味方になってくれる方だ。アリシアももう一歩殿下に歩み寄ってみるといい」
デミオンとアンジュの処罰後に言われた言葉が蘇る。
『僕たち4人は、互いを強く信頼していたけれど、僕たち以外の人間を信用していなかった。僕たちはもっと他の人たちを受け入れて、信頼するべきだ』
『これからはアリシアが困った時、最初に頼るのは僕じゃない。レイヴン殿下だ』
『これからは僕に聞いて欲しいと思ったことを、まずはレイヴン殿下に話すんだ。レイヴン殿下なら絶対にアリシアの力になってくれる』
アリシアたちが他の人間を受け入れなかったのは、ジェーンの傷痕を誰にも知られてはいけなかったからだ。
誰かに話して裏切られたら、あっという間に広がってしまう。
ジェーンの秘密を守る為には誰にも知られてはならない。
いつも一緒だった4人だけが、信用できる相手だった。
だけどアリシアたちは成長し、大人になってしまった。
大人になってしまえばいつも一緒にはいられない。
年長のロバートは学園を卒徴した後、商会を立ち上げた。
各国を飛び回り、ほとんど王都には戻ってこない。
アリシアたちを気に掛けてくれているけれど、三男のロバートは独立して自分の力で生きなければならないのだ。
ジェーンが学園の卒業後も王都にいたのはデミオンが領地を嫌っていたからだ。
侯爵家に思い入れのないデミオンは、領地になど目もくれず1年中王都の邸に留まっていた。
使用されないタウンハウスは手入れもさせずめちゃくちゃになっていたらしい。
ロバートはその荒れ果てた邸を取り壊し、今、新たな邸を建てている。
アルスタから戻ったジェーンは、その新しい邸で主に生活することになるのだろう。
今回のことがなかったとしても、結婚してデミオンから当主の座を譲り受けたあとはそうなっていたはずだ。
アリシアも学園を卒業してすぐにレイヴンと結婚した。
王太子妃になったアリシアは中々王宮から出られない。
レオナルドとは頻繁に顔を合わせていたが、それはレオナルドが王宮へ会いに来てくれたからだ。
ジェーンを訪ねることもできず、ジェーンと顔を合わせるのは建国祭や新年など、国中の貴族が参加するような舞踏会だけになっていた。
この王宮にアリシアの味方はいない。
レオナルドが会いに来てくれなければアリシアは1人になってしまう。
初めからわかっていたけれど、それでも良いとアリシアが選んだのだ。
サンドラの様になるくらいなら、レイヴンの正妃として1人で生きていく。
そう決めて嫁いできたはずなのに、レイヴンが味方になってくれるという。
「…え?」
ふいにあふれてきた涙にアリシアは驚いた。
目が赤くなってしまったら誰かに気づかれてしまう。
「…アリシア?」
呼び掛けれられてアリシアは体を固くした。
慌てて拭おうと身動きしたからなのか、レイヴンが目を覚ましてしまったようだ。
だけど俯き気味になっているアリシアの顔は見えていないはずである。
このまま寝たふりをしてしまおうかしら。
そんな考えが浮かんでくる。
だけど泣いているアリシアをレイヴンが見逃すはずがない。
「アリシア?!泣いているの?!」
驚いた声と共にぎゅっと抱き締められる。
レイヴンは昨日のことを思い出したアリシアが不安で泣いていると思ったようだ。
「大丈夫だよ、アリシア。アリシアは王太子妃として立派に務めてくれている。みんなそう思ってる」
「違いますわ。これは嬉しくて…」
言葉にしてアリシアは初めて自分の気持ちに気がついた。
「…私、レイヴン様が味方になって下さるのが嬉しいのですわ」
「アリシア!!」
アリシアが泣きながら微笑むと、目を見開いたレイヴンにもっと強く抱き締められた。
体はレイヴンにがっちりと抱え込まれているが、頭はすっきりしている。
昨夜早く眠ったからだわ。
それがレイヴンの気遣いによるものだと、アリシアはわかっていた。
昨夜のこと、取り分けカナリーが訪ねて来た時のことを思い出すと、アリシアはいたたまれない気分になる。
だけどレイヴンはそんなアリシアをわかっていて寄り添ってくれていた。
寝室へ入ってきた時も、アリシアはレイヴンの顔を見ることができず、中へ入るのを躊躇っていた。
レイヴンはそんなアリシアにすぐ気がついて駆け寄ってきてくれたのだ。
レイヴンに抱き締められながら、アリシアは何より自分の変化に戸惑っていた。
これまでのアリシアなら、どんなに気まずくても顔を上げて寝室へ入っていただろう。
何事もなかったかのようにレイヴンへ微笑んでいたはずだ。
……私は思っていたよりレイヴン様を信じているのだわ。
公務ではない時間はただのアリシアに戻って良いとレイヴンは言っていた。
怒っても、泣いても、笑っても、レイヴンなら受け入れてくれると、いつの間にか信じている。
「…………っ」
アリシアは昨夜とは違う意味でいたたまれない心地になって身悶えた。
顔が赤くなっているのがわかる。
誰にも見られない様に――ここにはレイヴンしかしないけれど――レイヴンの胸に顔を埋めて隠した。
そうしているとレイヴンの心臓の音が聞こえてくる。その音を聞きながら暫くじっとしていると、冷静さを取り戻すことができた。
「レイヴン様…」
眠る直前、髪を撫でられていたことを思い出す。
背にまわされている腕がきつくて動きづらいけれど、何とか手を伸ばしてレイヴンの前髪に触れる。
昨夜、アリシアの中から出ていくレイヴンは、硬さを失ってはいなかった。
毎夜のことを思うと一度では満足できなかっただろう。
だけどレイヴンはアリシアに気づかせない様にして、眠らせてくれたのだ。
レイヴンは常にアリシアを気遣ってくれている。
昨夜、退室していくレオナルドは、アリシアの耳元でこう言っていた。
「レイヴン殿下はアリシアを守ろうとしているね。殿下はアリシアの味方になってくれる方だ。アリシアももう一歩殿下に歩み寄ってみるといい」
デミオンとアンジュの処罰後に言われた言葉が蘇る。
『僕たち4人は、互いを強く信頼していたけれど、僕たち以外の人間を信用していなかった。僕たちはもっと他の人たちを受け入れて、信頼するべきだ』
『これからはアリシアが困った時、最初に頼るのは僕じゃない。レイヴン殿下だ』
『これからは僕に聞いて欲しいと思ったことを、まずはレイヴン殿下に話すんだ。レイヴン殿下なら絶対にアリシアの力になってくれる』
アリシアたちが他の人間を受け入れなかったのは、ジェーンの傷痕を誰にも知られてはいけなかったからだ。
誰かに話して裏切られたら、あっという間に広がってしまう。
ジェーンの秘密を守る為には誰にも知られてはならない。
いつも一緒だった4人だけが、信用できる相手だった。
だけどアリシアたちは成長し、大人になってしまった。
大人になってしまえばいつも一緒にはいられない。
年長のロバートは学園を卒徴した後、商会を立ち上げた。
各国を飛び回り、ほとんど王都には戻ってこない。
アリシアたちを気に掛けてくれているけれど、三男のロバートは独立して自分の力で生きなければならないのだ。
ジェーンが学園の卒業後も王都にいたのはデミオンが領地を嫌っていたからだ。
侯爵家に思い入れのないデミオンは、領地になど目もくれず1年中王都の邸に留まっていた。
使用されないタウンハウスは手入れもさせずめちゃくちゃになっていたらしい。
ロバートはその荒れ果てた邸を取り壊し、今、新たな邸を建てている。
アルスタから戻ったジェーンは、その新しい邸で主に生活することになるのだろう。
今回のことがなかったとしても、結婚してデミオンから当主の座を譲り受けたあとはそうなっていたはずだ。
アリシアも学園を卒業してすぐにレイヴンと結婚した。
王太子妃になったアリシアは中々王宮から出られない。
レオナルドとは頻繁に顔を合わせていたが、それはレオナルドが王宮へ会いに来てくれたからだ。
ジェーンを訪ねることもできず、ジェーンと顔を合わせるのは建国祭や新年など、国中の貴族が参加するような舞踏会だけになっていた。
この王宮にアリシアの味方はいない。
レオナルドが会いに来てくれなければアリシアは1人になってしまう。
初めからわかっていたけれど、それでも良いとアリシアが選んだのだ。
サンドラの様になるくらいなら、レイヴンの正妃として1人で生きていく。
そう決めて嫁いできたはずなのに、レイヴンが味方になってくれるという。
「…え?」
ふいにあふれてきた涙にアリシアは驚いた。
目が赤くなってしまったら誰かに気づかれてしまう。
「…アリシア?」
呼び掛けれられてアリシアは体を固くした。
慌てて拭おうと身動きしたからなのか、レイヴンが目を覚ましてしまったようだ。
だけど俯き気味になっているアリシアの顔は見えていないはずである。
このまま寝たふりをしてしまおうかしら。
そんな考えが浮かんでくる。
だけど泣いているアリシアをレイヴンが見逃すはずがない。
「アリシア?!泣いているの?!」
驚いた声と共にぎゅっと抱き締められる。
レイヴンは昨日のことを思い出したアリシアが不安で泣いていると思ったようだ。
「大丈夫だよ、アリシア。アリシアは王太子妃として立派に務めてくれている。みんなそう思ってる」
「違いますわ。これは嬉しくて…」
言葉にしてアリシアは初めて自分の気持ちに気がついた。
「…私、レイヴン様が味方になって下さるのが嬉しいのですわ」
「アリシア!!」
アリシアが泣きながら微笑むと、目を見開いたレイヴンにもっと強く抱き締められた。
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