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3章
92 重なる過去①
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「何故そんなに優しいのですか?」
「ノティス殿下?」
「ジェーン嬢は義妹君のせいでずっと辛い思いをしていたはずです。それなのに何故そこまで思いやることが出来るのですか?何故彼女を許せるのですか」
ジェーンの侯爵邸での暮らしは酷いものだったと聞いている。
エミリーはサンドラの遺品を含めてありとあらゆるものを奪い、ジェーンはサイズの合わないドレスや靴を無理矢理身につけていたという。
ジェーンと婚約者が上手くいかなかったのもエミリーのせいだ。
婚約者はエミリーが吹き込んだ嘘を鵜呑みにしてジェーンのことを嫌っていた。
また、エミリーは気に入らないことがあるとジェーンに虐められたと言ってすぐに泣く。そうすると侯爵夫妻はジェーンの話を聞くことも無く、ジェーンのことを責め立てた。
そんな状態が何年も続いていたのだから、ジェーンが侯爵夫妻やエミリーに良い感情を持っているとは思えない。
それなのにジェーンはまだ義妹を気に掛けている。
ノティスもこれまでジェーンと接してきた中でジェーンの人柄はわかっているつもりだ。
それでもどうしてここまで寛容になれるのか、……許してもらえるのかがわからない。
ジェーンは視線を落としているノティスを見つめていた。
目を伏せているので表情はよくわからない。
だけどノティスが訊きたいことはわかる気がした。
ノティスとエミリーは似たような育ち方をしている。
どちらも実の親の思惑によって甘やかされ、必要な教育を施されずにいた。
昔のノティスは我儘で傲慢で、手のつけようがなかったという。
それなのに母親が幽閉された後にノティスを引き受けたのは、母親やノティスが酷い態度で接し、最も迷惑を掛けていたマルグリットだった。
マルグリットは実の息子と変わらない態度でノティスに接しているという。
だからノティスは「何故許せるのか」を知りたいのだ。
ジェーンは静かに頭を振った。
マルグリットの気持ちはわからない。
ジェーンがわかるのは自分の気持ちだけだ。
「ノティス殿下、あなたと知り合えたからですわ」
「…え?」
顔を上げたノティスが目を瞬かせる。
そんなノティスにジェーンは微笑んで見せた。
「失礼ながら、義妹は殿下と似たような育ち方をしています。詳しくは申し上げませんが…、それは殿下もご存知でしょう」
その言葉にノティスは頷く。
過去のことは触れられると痛いことに違いないが、だからといって不敬だと怒ることはしない。
ジェーンがノティスを馬鹿にしたり攻撃しようとして口にしているわけではないとわかっているからだ。
「同じ様にお育ちになったはずの殿下は、マルグリット様の尽力でご立派に成長なさいました。あの様な育ち方をしていても、道を正してくれる方がいれば変わることができるのだと。殿下は教えて下さったのです。ですが、私の義妹にはそのような機会がありませんでした。私の義妹にも、マルグリット様のような方がいれば違っていたのかもしれないと思えるのです」
その為にはまずあの両親から引き離さなけばならなかった。
アリシアやレオナルドがエミリーに注意をすると、デミオンとアンジュはジェーンを責める。
だからアリシアたちはエミリーに関わることを止めてしまった。
「アリシア様は処罰の日に、愛しているのなら、間違ったことをした時に注意をしたり正しいことを教えるはずだと仰いました。それをしなかったのはエミリーを愛していないからだ、と」
ピリッとした緊張が走る。
ノティスはきっと生母のことを思い出しているだろう。
「デミオン殿はエミリーを愛している振りをしていただけで、本当は愛していなかった。私もエミリーが大嫌いでした。無教養なあの子が、どこかのお茶会で失敗をして嘲笑されていても何とも思いませんでした。いいえ、いい気味だと思ってさえいました。あの子が来てから数年が経った頃には、もう何かを教えようなんて思いませんでした。お祖母様やルトビア公爵、公爵夫人、アリシア様、レオナルド様、ロバート様、モルガン伯爵に伯爵夫人。あの子の周りには私と同じように沢山の人がいたけれど、誰も何も教えようとしていません。アリシア様の仰る通りなら、……誰も、あの子を愛していなかったのでしょう」
「ノティス殿下?」
「ジェーン嬢は義妹君のせいでずっと辛い思いをしていたはずです。それなのに何故そこまで思いやることが出来るのですか?何故彼女を許せるのですか」
ジェーンの侯爵邸での暮らしは酷いものだったと聞いている。
エミリーはサンドラの遺品を含めてありとあらゆるものを奪い、ジェーンはサイズの合わないドレスや靴を無理矢理身につけていたという。
ジェーンと婚約者が上手くいかなかったのもエミリーのせいだ。
婚約者はエミリーが吹き込んだ嘘を鵜呑みにしてジェーンのことを嫌っていた。
また、エミリーは気に入らないことがあるとジェーンに虐められたと言ってすぐに泣く。そうすると侯爵夫妻はジェーンの話を聞くことも無く、ジェーンのことを責め立てた。
そんな状態が何年も続いていたのだから、ジェーンが侯爵夫妻やエミリーに良い感情を持っているとは思えない。
それなのにジェーンはまだ義妹を気に掛けている。
ノティスもこれまでジェーンと接してきた中でジェーンの人柄はわかっているつもりだ。
それでもどうしてここまで寛容になれるのか、……許してもらえるのかがわからない。
ジェーンは視線を落としているノティスを見つめていた。
目を伏せているので表情はよくわからない。
だけどノティスが訊きたいことはわかる気がした。
ノティスとエミリーは似たような育ち方をしている。
どちらも実の親の思惑によって甘やかされ、必要な教育を施されずにいた。
昔のノティスは我儘で傲慢で、手のつけようがなかったという。
それなのに母親が幽閉された後にノティスを引き受けたのは、母親やノティスが酷い態度で接し、最も迷惑を掛けていたマルグリットだった。
マルグリットは実の息子と変わらない態度でノティスに接しているという。
だからノティスは「何故許せるのか」を知りたいのだ。
ジェーンは静かに頭を振った。
マルグリットの気持ちはわからない。
ジェーンがわかるのは自分の気持ちだけだ。
「ノティス殿下、あなたと知り合えたからですわ」
「…え?」
顔を上げたノティスが目を瞬かせる。
そんなノティスにジェーンは微笑んで見せた。
「失礼ながら、義妹は殿下と似たような育ち方をしています。詳しくは申し上げませんが…、それは殿下もご存知でしょう」
その言葉にノティスは頷く。
過去のことは触れられると痛いことに違いないが、だからといって不敬だと怒ることはしない。
ジェーンがノティスを馬鹿にしたり攻撃しようとして口にしているわけではないとわかっているからだ。
「同じ様にお育ちになったはずの殿下は、マルグリット様の尽力でご立派に成長なさいました。あの様な育ち方をしていても、道を正してくれる方がいれば変わることができるのだと。殿下は教えて下さったのです。ですが、私の義妹にはそのような機会がありませんでした。私の義妹にも、マルグリット様のような方がいれば違っていたのかもしれないと思えるのです」
その為にはまずあの両親から引き離さなけばならなかった。
アリシアやレオナルドがエミリーに注意をすると、デミオンとアンジュはジェーンを責める。
だからアリシアたちはエミリーに関わることを止めてしまった。
「アリシア様は処罰の日に、愛しているのなら、間違ったことをした時に注意をしたり正しいことを教えるはずだと仰いました。それをしなかったのはエミリーを愛していないからだ、と」
ピリッとした緊張が走る。
ノティスはきっと生母のことを思い出しているだろう。
「デミオン殿はエミリーを愛している振りをしていただけで、本当は愛していなかった。私もエミリーが大嫌いでした。無教養なあの子が、どこかのお茶会で失敗をして嘲笑されていても何とも思いませんでした。いいえ、いい気味だと思ってさえいました。あの子が来てから数年が経った頃には、もう何かを教えようなんて思いませんでした。お祖母様やルトビア公爵、公爵夫人、アリシア様、レオナルド様、ロバート様、モルガン伯爵に伯爵夫人。あの子の周りには私と同じように沢山の人がいたけれど、誰も何も教えようとしていません。アリシア様の仰る通りなら、……誰も、あの子を愛していなかったのでしょう」
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