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3章
91 近況報告②
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「それで今2人は…?」
「前伯爵が用意した王都の郊外にある小さな家に移ったそうよ」
ジェーンはエミリーとの間に良い思い出なんてひとつもない。それでもエミリーは義妹である。
それにジョッシュは長年想いを寄せていた相手だ。
手を貸すことは無くても2人を案じる気持ちが残っているのだろう。
「ジョッシュ殿は式にも参列していた、すぐ上のお兄様が興した商会で雇ってもらえたみたいね。以前のジョッシュ殿では考えられないくらい真面目に働いているそうよ」
「…そうなのですね」
実の兄とはいえ、王家とルトビア公爵家を怒らせたジョッシュを雇うのは覚悟が必要なことだ。
実際に王家や公爵家の威光を恐れた貴族たちは、一斉にこの商会との取引を止めていた。
少なくともこれから数年は貴族相手の商売はできない。平民だけを相手にした商売へ転換することになる。
それがわかっていても見捨てずにいてくれた兄の為にも、ジョッシュには心を入れ替えて頑張って欲しいとアリシアも思う。
「私、あれから考えていたのですが…。1年だけでもエミリーと在学期間が重なっていれば良かったと思うのです」
「それはきっと――あなたが苦労したわよ?」
「それはわかっているのですが」
ジェーンが苦笑する。
家族と上手くいっていないジェーンにとって、彼らと関わらずにいられる学園での時間が救いになっていた。
学年が離れていても同じ学園にエミリーがいたとしたら、ジェーンの心が安らぐことはなかっただろう。
「…それは何故ですの?」
「え?」
それまで黙って話を聞いていたカナリーがジェーンに問い掛けた。
カナリーはデミオンとアンジュの処罰について聞いている。
だからジェーンの身に起こったことも知っている。
アリシアの話を聞いていて、ジョッシュとエミリーの結婚式のことだと理解できた。
ジェーンの人柄を知った今、ジェーンの中に2人を案じる気持ちが残っているのもわかる。
だけど大変な思いをさせられていたエミリーと一緒に学園に通いたかったという気持ちはわからない。
カナリーが素直にそう言うと、ジェーンは微笑んだ。
「カナリー殿下は私たちの在学中、ほとんどの生徒が制服を着ていたことをご存知でしょうか」
「もちろん知っているわ。お義姉様たちがいた学年のことは学園で伝説のように語られているのよ」
王立学園には制服があるが、形式的なもので必ず着なければならないものではない。貴族の子どもたちが通う学園では制服を着ている者の方が少数だ。
だけどレイヴンとアリシアが通っていた3年間だけは違っていた。
常に制服で通学していたレイヴンとアリシアに合わせてほとんどの生徒が制服を着ていたのだ。
カナリーはエミリーと同学年で、アリシアたちの卒業と入れ違いに入学した。
初めの内、上級生はみんな制服だったけれど、しばらく経つと私服で登校するようになっていった。
それは私服で通う1年生の中に王女であるカナリーがいたからかもしれない。
「アリシア様の姿勢や所作は本当に美しいのですよ。みんな同じ制服姿だから、余計にそれが良くわかるのです。どれだけ大勢の人の中にいても、後姿だけでアリシア様だと見分けることができました。誰もがそんなアリシア様に憧れていたのです」
アリシアに憧れた女生徒たちは、礼儀作法やマナーの授業に熱心に取り組んだ。
それは学園での授業だけに留まらず、家庭教師をそれまで以上に招いたりして競うようにして学んでいた。
「私、礼儀作法の先生に来ていただく日を増やしましたの」
「私はお父様にお願いして評判の良い先生に変えていただきましたわ」
そんな会話が其処此処で交わされていた。
だから社交界では、アリシアと同年代の令嬢は全体的に礼儀作法やマナーの質が高いと言われている。
家庭教師について学ぶことが出来ないジェーンは、余計に置いていかれてしまったのだけれど。
「エミリーに私たちが作法やマナーの注意をしても聞いてくれません。人からの忠告も悪口と捉えていました。…そう捉えるように、デミオン殿に育てられていました。ですが同じクラスの生徒たちが、友人同士で話していることが聞こえてきたらどうでしょうか。熱心に礼儀作法を学ぶクラスメイトたちと比べて、自分の拙い作法を恥ずかしく思い、自分から学びたいと言い出したかもしれません」
デミオンはエミリーが泣いて嫌がるからと言って家庭教師をすべて辞めさせ、何も学ばせなかった。
それはエミリーの我儘だけではなく、エミリーに教養や作法を身につけさせたくないデミオンの思惑でもあったのだ。
泣いて嫌がるエミリーに優しいふりをして、「やらなくていいよ」と言うことはできるけれど、エミリーが自分から学びたいと言い出したら、あの父親はどうしていただろうか。
「前伯爵が用意した王都の郊外にある小さな家に移ったそうよ」
ジェーンはエミリーとの間に良い思い出なんてひとつもない。それでもエミリーは義妹である。
それにジョッシュは長年想いを寄せていた相手だ。
手を貸すことは無くても2人を案じる気持ちが残っているのだろう。
「ジョッシュ殿は式にも参列していた、すぐ上のお兄様が興した商会で雇ってもらえたみたいね。以前のジョッシュ殿では考えられないくらい真面目に働いているそうよ」
「…そうなのですね」
実の兄とはいえ、王家とルトビア公爵家を怒らせたジョッシュを雇うのは覚悟が必要なことだ。
実際に王家や公爵家の威光を恐れた貴族たちは、一斉にこの商会との取引を止めていた。
少なくともこれから数年は貴族相手の商売はできない。平民だけを相手にした商売へ転換することになる。
それがわかっていても見捨てずにいてくれた兄の為にも、ジョッシュには心を入れ替えて頑張って欲しいとアリシアも思う。
「私、あれから考えていたのですが…。1年だけでもエミリーと在学期間が重なっていれば良かったと思うのです」
「それはきっと――あなたが苦労したわよ?」
「それはわかっているのですが」
ジェーンが苦笑する。
家族と上手くいっていないジェーンにとって、彼らと関わらずにいられる学園での時間が救いになっていた。
学年が離れていても同じ学園にエミリーがいたとしたら、ジェーンの心が安らぐことはなかっただろう。
「…それは何故ですの?」
「え?」
それまで黙って話を聞いていたカナリーがジェーンに問い掛けた。
カナリーはデミオンとアンジュの処罰について聞いている。
だからジェーンの身に起こったことも知っている。
アリシアの話を聞いていて、ジョッシュとエミリーの結婚式のことだと理解できた。
ジェーンの人柄を知った今、ジェーンの中に2人を案じる気持ちが残っているのもわかる。
だけど大変な思いをさせられていたエミリーと一緒に学園に通いたかったという気持ちはわからない。
カナリーが素直にそう言うと、ジェーンは微笑んだ。
「カナリー殿下は私たちの在学中、ほとんどの生徒が制服を着ていたことをご存知でしょうか」
「もちろん知っているわ。お義姉様たちがいた学年のことは学園で伝説のように語られているのよ」
王立学園には制服があるが、形式的なもので必ず着なければならないものではない。貴族の子どもたちが通う学園では制服を着ている者の方が少数だ。
だけどレイヴンとアリシアが通っていた3年間だけは違っていた。
常に制服で通学していたレイヴンとアリシアに合わせてほとんどの生徒が制服を着ていたのだ。
カナリーはエミリーと同学年で、アリシアたちの卒業と入れ違いに入学した。
初めの内、上級生はみんな制服だったけれど、しばらく経つと私服で登校するようになっていった。
それは私服で通う1年生の中に王女であるカナリーがいたからかもしれない。
「アリシア様の姿勢や所作は本当に美しいのですよ。みんな同じ制服姿だから、余計にそれが良くわかるのです。どれだけ大勢の人の中にいても、後姿だけでアリシア様だと見分けることができました。誰もがそんなアリシア様に憧れていたのです」
アリシアに憧れた女生徒たちは、礼儀作法やマナーの授業に熱心に取り組んだ。
それは学園での授業だけに留まらず、家庭教師をそれまで以上に招いたりして競うようにして学んでいた。
「私、礼儀作法の先生に来ていただく日を増やしましたの」
「私はお父様にお願いして評判の良い先生に変えていただきましたわ」
そんな会話が其処此処で交わされていた。
だから社交界では、アリシアと同年代の令嬢は全体的に礼儀作法やマナーの質が高いと言われている。
家庭教師について学ぶことが出来ないジェーンは、余計に置いていかれてしまったのだけれど。
「エミリーに私たちが作法やマナーの注意をしても聞いてくれません。人からの忠告も悪口と捉えていました。…そう捉えるように、デミオン殿に育てられていました。ですが同じクラスの生徒たちが、友人同士で話していることが聞こえてきたらどうでしょうか。熱心に礼儀作法を学ぶクラスメイトたちと比べて、自分の拙い作法を恥ずかしく思い、自分から学びたいと言い出したかもしれません」
デミオンはエミリーが泣いて嫌がるからと言って家庭教師をすべて辞めさせ、何も学ばせなかった。
それはエミリーの我儘だけではなく、エミリーに教養や作法を身につけさせたくないデミオンの思惑でもあったのだ。
泣いて嫌がるエミリーに優しいふりをして、「やらなくていいよ」と言うことはできるけれど、エミリーが自分から学びたいと言い出したら、あの父親はどうしていただろうか。
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