【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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3章

94 刺繍

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 デミオンの見せかけの愛に包まれていたエミリーには他に気に掛けてくれるような人がいなかった。

 アンジュはエミリーを愛していたと、アリシアは思っている。
 ただアンジュ自身が無知であり、サンドラとサンドラの娘への嫉妬で周りが見えなくなっていた。
 確かにあの環境にいたエミリーを救い上げるには、本人に「やりたい」と言わせるしかないだろう。エミリーが自ら学びたいと思うように仕向けることが出来ていれば、何かが変わっていただろうか。

 振る舞いが変れば周りの見る目が変ってくる。
 エミリーにも友人ができたかもしれない。
 少しでも友人がいれば、無暗にジェーンの物を欲しがることも無くなっていたのかもしれない。
 友人との関わりの中で学ぶことの大切さを知り、人目を気にするようになれば、義姉の婚約者と不貞を働くようなことも――。

 いいえ、駄目ね。

 アリシアは首を振った。

 ジョッシュとエミリーが分別を弁えていれば不貞を働くことはなかったかもしれない。
 だけどエミリーは、ジェーンへの当てつけではなく本当にジョッシュのことを想っていたし、ジョッシュはエミリーの嘘に騙されていたとはいえ、本当にエミリーを想っていた。

 国王から婚姻を結ぶように言われた時の2人を思い出す。
 座り込んだエミリーに手を差し伸べたのはジョッシュだった。

『僕たちは結婚するんだ、エミリー。僕たちは結ばれることができる。僕たちが望んでいたことだろう?』
 
 2人が不貞を働かなければジェーンはジョッシュと結婚していただろうけれど、義妹を想っている人と結婚することになる。
 他に想う相手がいる人と結婚するのは辛いことだろう。

 アリシアはそこでギクリとした。

 アリシアはレイヴンと結婚した時、マルセルを想っていた。
 誰にも知られていないと思っていたのに、レイヴンはそれに気がついていた。
 アリシアが気がついていなかっただけで、レイヴンに辛い思いをさせていたのだ。


「そういえば、お義姉様、この前お兄様に何かを贈りたいと仰っていたでしょう?」

 暗くなってしまった雰囲気を払拭するように、カナリーが明るい声で言った。
 ちょうどレイヴンのことを考えていたアリシアの心臓が跳ねる。
 幸いカナリーには気づかれなかったようだ。

「お義姉様が刺繍をした物はいかがでしょうか。以前お義姉様から贈られたハンカチーフを、お兄様はとても大切にしていました。私、あの美しい刺繍が本当に羨ましくて、お兄様に私も同じものが欲しいって強請ったことがあるのです。そうしたらお兄様は、『これはアリシアが刺繍をしてくれたものだから、同じものはないんだよ』って仰って、愛おしそうに見つめておられましたわ。…あの時何故私は、お兄様がお義姉様を想っていることに気づかなかったのかしら」

 確かに刺繍をしたハンカチーフをレイヴンの誕生日に贈ったことがある。
 あれは13歳か14歳か、そんな頃だった。
 妃教育の中で当然の嗜みとして刺繍の刺し方を厳しく指導されていた頃だ。

「レイヴン様があのハンカチーフを大切にしてらしたのですか?私はレイヴン様が使っているところを見かけたことがありませんでした」

 だからこれまで、レイヴンはハンカチーフか刺繍――或いはどちらも――が気に入らなかったのだと思っていた。
 別にそれでも構わなかったので、特に言及したことはない。

 アリシアの言葉にカナリーが苦笑する。

「昔のお兄様は、お義姉様に対して意地になっていたというのか…、残念なところがおありでしたから、お義姉様の前では使えなかったのでしょうね。それにハンカチーフは使いすぎると駄目になってしまいますから。流石にもう使ってはおられませんけれど、お兄様のことですから大切に保管していると思いますわ」

 あのハンカチーフをレイヴンがそんなに喜んでくれていたとは知らなかった。
 アリシアはただ、課題の延長線上のものとしか考えていなかった。

 アリシアがレイヴンへ贈ったもので、心が籠ったものはない。
 レイヴンから贈られていたお菓子や花束の方が、余程心が籠められていた。
 申し訳なく思う気持ちが以前よりも大きくなっている。

 部屋の中を見渡すと、沢山の薔薇が飾られているのが見える。
 アリシアが好きだと言ってから、1日も欠かさず新しい薔薇が届けられているからだ。

「……喜んで下さるかしら」

「ええ、絶対に喜びますわ!」

 カナリーは自信を持って頷く。

「…それじゃあ刺繍をしてみます」

 今度こそ心を籠めて刺繍を刺そうとアリシアは心に決めた。





 
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