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3章

113 補講②

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 アリシアの話を聞き終えたマルグリットは大きく息を吐いた。
 
 ジェーンとアリシア、2人の望みはわかった。
 だけどマルグリットからの答えは1つしかない。
「否」である。

「そうですか…」

 アリシアは、話を聞いている時のマルグリットの表情から結果がわかっていたようで、答えを聞いても表情を変えなかった。
 焦って声を上げたのはレイヴンである。
 折角アリシアがここまで来たのだから、なんとかしてアリシアの願いを叶えたい。 

「難しいことなのはわかっています!ですが、母上から伯爵夫人へ話をして下されば…」

「レイヴン、止めなさい」

 マルグリットが強い口調でレイヴンを遮った。
 普段は見せない強い調子にレイヴンが驚いた顔をする。

 そんな息子の顔を見て、マルグリットはもう一度大きく息を吐く。

 妃教育を担う伯爵夫人にジェーンを指導させるには問題がいくつも有る。
 伯爵夫人の矜持が高いこと、妃の教育係としての格が落ちること、そしてその結果王家の威信に傷がつくこともそのひとつである。
 だけどそれより大きな問題があることに、何故2人が気づかないのかマルグリットは不思議だった。

「これまで伯爵夫人が教えてきたのは王太子の妃となる者だけよ。ジェーン嬢がその夫人に指導を受けていると人に知られたら、何と言われるか考えているかしら?ジェーン嬢がレイヴンの情婦だという噂がやっと収まって来ているのに、今度こそ側妃にするつもりなのだと言われるわよ」

「っ!!」

 確かにマルグリットの言う通りである。
 これまで妃教育しかしていない伯爵夫人が、ただの侯爵令嬢の指導をするとは誰も思わない。それがレイヴンと何度も噂になっているジェーンであれば尚更である。
 マルグリットが伯爵夫人にジェーンを指導をするよう口添えをしたりすれば、王妃もジェーンをレイヴンの側妃として認めたことになってしまうのだ。

 それもただの側妃ではない。
 通常側妃は公務に携わらない。だから側妃に妃教育は行われない。
 それなのに王妃のお声掛かりで教育を施すということは、側妃でありながら正妃と同格として扱うのだと受け止められるだろう。

「…申し訳ありません。私の考えが足りませんでした」

 そう言って項垂れるアリシアの隣で、レイヴンも俯いていた。

「だけど報告書を見る限り、ジェーン嬢への教育が間に合っていないのも事実だわ。これは国としての問題だから、講師はこちらで手配しましょう。ジェーン嬢の希望ではなく、王家からの指示で補講を受けさせるのよ」

「!!」

「ありがとうございます!」

 王家からの指示であれば補講も公費で行われることになる。
 講師の選定も、講師が滞在する場所や身の回りの世話をする侍女の手配も王家がする。
 ジェーンの希望は最高の形で叶えられるのだ。

「ダンスの講師だけど、ノティスと一緒に補講を受けることを条件に、ノティスを教えている者から指導を受けられる様に手配するわ。――ノティス、聞こえているわね?ジェーン嬢と一緒にあなたもダンスの授業を受けなさい」

「はい、義母上」
 
 マルグリットが呼び掛けると、すぐにノティスから返事が返ってきた。
 驚いたアリシアがそちらへ視線を向けると、カナリーたちが慌てて視線を逸らす。
 どうやらノティスだけではなく、皆こちらが気になっているようだ。

 この決定には、ノティスとジェーンの仲を取り持とうとするマルグリットの思惑がある。
 確かにお茶会をしていても言葉の少ないノティスとジェーンが言葉を交わすことはあまりない。

 ダンスであれば必然的に体の距離が近くなる。
 不慣れな2人であれば、足を踏んだり進行方向が合わずにぶつかったりして話をすることもあるだろう。
 上達する為に2人で相談するのもいい。
 ジェーンがアルスタへ旅立ってしまえば、2人がこんなに近くで過ごせることはなくなるのだ。

「礼儀作法の講師はカナリーを教えてくれていた侯爵夫人にしましょうか。カナリーは既に淑女教育を終えているし、同じ侯爵位の夫人と触れ合うことで学べることもあるでしょう」

「ありがとうございます」

 それはキャンベル侯爵家をノティスの婿入り先として考えてのことかもしれない。
 それでもジェーンの力になることは間違いない。

 アリシアはこの場にいないジェーンに代わってマルグリットへ礼を述べた。



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