【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
279 / 697
3章

133 帰路

しおりを挟む
 アリシアは馬車の窓から流れる景色を見ていた。
 既に日が落ちて暗くなっているが整然とした貴族街とは違って人々の喧騒が聞こえてくる。
 流れる街の灯りに何故か切ないような気持ちになった。
 今まで馬車に乗っていても外の景色を気にしたことなどなかったのに、目を離すことができない。離れがたいのかもしれない。

 レイヴンもアリシアの隣で同じ景色を見ていた。
 街の灯りが少しずつ遠ざかっていく。
 外を眺めるアリシアの横顔は美しい。
 その横顔を見ていると愛おしさが込み上げて来て泣きたくなった。

 そのまま暫く2人で外を見ていた。
 会話がなくても互いにこの非日常の日が終わることを惜しむ気持ちが伝わってくる。
 そうする内に街の灯は遠く後ろへ流れてしまった。

 レイヴンがアリシアと繋いでいる手に力を込めるとアリシアが振り向いた。
 2人の手首では同じブレスレットが揺れている。

 レイヴンのブレスレットはお金を払った後でアリシアがつけた。
 初々しい2人の様子を微笑ましく見ていた店員に、「もしかして初デートですか?」と訊かれたレイヴンは、「そうなんです」と照れくさそうな笑顔を見せていた。


「アリシア、今日は楽しかった?」

「はい。初めてのことばかりで楽しかったですわ」

 アリシアの笑顔に嘘は見えない。
 本当に楽しんでいたのだとわかり、レイヴンは嬉しくなる。

「僕もすごく楽しかった。ありがとう、アリシア」

 込み上げる気持ちのまま、レイヴンはアリシアを抱き締める。
 今日のデートは学生の頃に果たせなかった夢だ。
 だから今日は婚約者として振舞い、婚約者としての節度を守った行いを心がけていた。

 だけど今は結婚していて良かったと、心から思っている。

「もっと早く、ちゃんと気持ちを伝えれば良かった。そうしたら婚約者としてこんな風に過ごすことができたんだ。そう思うと後悔しかない。だけど今は結婚していて良かったと心から思うよ。婚約者なら公爵邸に送らなきゃいけなかった。だけど離れたくない。――公爵邸に着いてもアリシアを離せる自信がない」

 婚約者の時なら遅くなり過ぎない時間に公爵邸へ送らないといけない。
 だけど公爵邸に着いてもきっと離せなかった。帰したくなくて、こうして抱き締めて引き留めただろう。
 いつまでも馬車から降りなければ不審に思われる。レオナルドやオレリアが様子を見に来たかもしれない。
 そうしたらもう引き留められない。
 
「嫌だ、アリシア。帰らないで。このまま一緒にいて」

 アリシアを抱き締めたレイヴンが震えている。
 レイヴンの向こう側にある窓から見える景色をアリシアは良く知っていた。
 ここはルトビア公爵邸のすぐ近くだ。もう少しで公爵邸に着く。
 だけど馬車が公爵邸の門をくぐることは無い。門の前を通り過ぎて王宮へ向かうのだ。

「一緒におりますわ、レイヴン様」
 
 レイヴンはアリシアの気持ちを信じられないのかもしれない。
 
 ふとアリシアはそう思った。
 レイヴンへ気持ちを告げた後も2人の関係は特に変わっていない。
 レイヴンはそれまでと同じように甘くて優しい。アリシアを大切にしてくれている。
 アリシアはそれを受け入れているだけだ。

 だからレイヴンは今でも自分だけが想っているような気がして不安になるのだろう。

「お忘れですか?レイヴン様。私たちはもう結婚しているのですよ。私たちが帰るのは同じ場所ですわ」

 アリシアは震えるレイヴンの背中を優しく撫でる。
 アリシアもレイヴンを想っていることを信じて欲しい。

「うん。――うん。愛している、アリシア」

「わ、私も愛していますわ」

 咄嗟にアリシアも同じ言葉を返していた。
 途端にレイヴンが体を離して驚いたようにアリシアの顔を見る。
 顔が熱を持ったように熱くなった。

「アリシア!!」

 感極まった様子でレイヴンが口づける。
 繰り返し口づけられる度に口づけは深くなっていった。

「愛している、アリシア。離れないで。ずっと一緒にいて」

「…愛しています、レイヴン様。ずっと一緒ですわ」

 アリシアを抱き締めるレイヴンの腕に力が籠る。
 そのまま2人は口づけを交わし続けた。


 気がつくと馬車が止まっていた。
 いつの間にか王太子宮へ戻ってきていたのだ。



しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...