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3章

134 懇願①

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 馬車が止まっても扉は開かなかった。
 いつまでも降りてこない2人に迎えに出た者たちが顔を見合わせる。
 御者台に座った護衛騎士も戸惑いの色を見せていた。

 暫く待った後、意を決した侍従が扉を開こうと取っ手に手を掛ける。
 するとそれを察したように中から「開けるな!」という鋭い声が響いた。
 侍従は2人が自らの意志で留まっているのだと知り、安堵の息を吐く。
 レイヴンの声が聞こえたことで安心した空気がその場に広がっていた。



 馬車の中では口づけが続いていた。
 何度も深く口づけられたアリシアはすっかり息が上がっている。
 すっかり翻弄されて馬車が止まっていることにも気づいていなかったアリシアは、レイヴンの鋭い声に王太子宮へ戻って来たのだと知った。
 なのにレイヴンは口づけを止めようとはしない。

「レイヴン、様。そろそろ、戻らなくては…」

「駄目だよ、アリシア。…離れないで」

 ほとんど唇が触れそうな距離で言葉を交わしているので、その間にも唇を啄まれてしまう。
 その不安そうな声や眼差しにアリシアは強く拒むこともできない。
 そのまままた何度も口づけられた。

「レイヴン、様っ!本当に、もう…」

「……嫌だ、アリシア。このまま一緒にいて」

「一緒、ですわ。部屋に、戻りましょう…?」

 そう言いながら、アリシアは宥める様にレイヴンの髪を撫でる。
 レイヴンは耳元を撫でるその手を取ると手のひらへ何度も口づけた。

 本当はレイヴンにもわかっている。
 いつまでも馬車の中にいるわけにはいかない。

「ずっと一緒にいてくれる?」

「はい。部屋で一緒に過ごしましょう?」

 アリシアがふわりと笑う。
 レイヴンはアリシアをぎゅっと抱き締めるとそのまま暫くじっとしていた。
 アリシアも何も言わずにレイヴンの髪を撫で続ける。

 暫くするとレイヴンが大きく息を吐いて体を離した。

「……戻ろうか」

 アリシアが小さく頷くとレイヴンが馬車の扉を開けた。
 先に降りたレイヴンが手で制して侍女や侍従を下がらせる。

 アリシアは自覚していないが、長く口づけていたせいで目が熱を持って潤んでいる。上気した頬も赤く染まっていて色っぽい。
 そんな姿を他の者に見せるつもりはなかった。

「えっ!きゃあ!」 

 馬車から降りたアリシアを横抱きにして抱き上げると驚いたアリシアが悲鳴を上げる。

「僕の胸に顔を寄せて、顔を隠して」

 甘い声で囁けばアリシアは素直にレイヴンの胸へ顔を寄せる。
 そのままレイヴンはアリシアの部屋へ大股で進んだ。



 アリシアの部屋へ入るとエレノアが驚いた顔を見せる。
 レイヴンは無言のままエレノアの前を横切ると寝室へと向かった。

「あの、お食事は…」

「いらない。呼ぶまで誰も入れるな」

 エレノアがアリシアを気遣っているのはわかる。
 だけど今は邪魔をされたくない。

 レイヴンはこちらへ近づこうとするエレノアを遮り、寝室へ続く扉を閉めた。



 レイヴンはアリシアをベッドへ降ろすとそのまままた口づける。

「…ごめん、お腹空いてるかな?」

「いえ、あの…」

 口づけの合間に問い掛けるとアリシアは困ったような顔をする。

 まだ夕食を食べていないし、湯浴みもしていない。
 アリシアが戸惑っていることは良くわかる。
 だけど止めることはできそうになかった。




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