【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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3章

152 思い出の絵本

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「ところでお義姉様、ミアというのはどなたですの?」

 聞き覚えのない名前に、カナリーが不思議そうな顔をしていた。
 アリシアが憧れていたという人物が気になるのだが、社交界に思い当る者がいないのだ。

 ジェーンの庭園であった話を知らないカナリーやノティスがわからないのは仕方がない。
 だからアリシアは『花の王国』の話をした。
 アリシアとジェーンが『花の王国』の絵本が大好きだったこと、主人公のミアに憧れていたこと。
 ジェーンが『花の王国』に見立てた庭園を造っていたことも。

 カナリーはそれを興味深そうに聞いていた。

「そうだわ。私、ジェーンにも贈り物があるの。本当は贐として最後に渡そうと思っていたのだけど」

『花の王国』の話が出た今渡すのが一番良いだろう。

 アリシアはエレノアから一冊の絵本を受け取ると、それをジェーンへ差し出した。
 それは新しいものではなく、むしろ年季が入っていて、端が折れていたり表紙に傷がついているところもあった。何度も読まれていたことがわかる。

「『花の王国』ですね。これを私に…?」

 手に取ったジェーンがページをめくる。
 一番後ろのページに「アリシア」と書かれていた。
 ジェーンの目に涙が溜まっていく。

「アリシア様、これは…」

「私の絵本よ。私も最近読み返すまで忘れていたのだけど…」

 アリシアもジェーンも『花の王国』が大好きだった。
 ジェーンも同じ絵本を持っていたけれど、侯爵邸に遊びに行く時はアリシアも自分の絵本を持って行っていた。
 ある時サンドラがそれぞれの絵本に名前を書いてくれた。
 この「アリシア」はサンドラの字だ。

「これは…御母上の字なのですか?」

「アリシア」の文字を見て涙を溜めるジェーンを見て思い当ったのだろう。
 ノティスがおずおずと問い掛ける。

「はい。私とアリシア様は同じ絵本を持っていましたので、間違えないようにと母が書いてくれました。私の絵本には『ジェーン』と書いてくれたのですが、私のものはエミリーに…」
 
「……っ!」

「ジェーン」と書かれた絵本はエミリーに奪われ、ボロボロにされて捨てられてしまった。
 その他にもサンドラの書き残したものはアンジュによって捨てられてしまい、ジェーンの元に残っていない。
 この絵本はアリシアの元にあったから難を逃れることができたのだ。

 ジェーンは暫く絵本を抱き締めて涙を流していた。
 
 ノティスの手が躊躇うように伸ばされ、戻される。
 反対側の隣からレオナルドがノティスへハンカチーフをそっと差し出した。
 ノティスは驚いて何度かレオナルドとハンカチーフを交互に見ていたが、意図を察したようでハンカチーフを受け取り、ジェーンへ差し出した。

「ありがとうございます」

 そう言って微笑んだジェーンの顔に哀しみの色はなかった。
 母の遺筆の存在をただ喜んでいるのだ。

 ジェーンはノティスから受け取ったハンカチーフでそっと涙を拭いた。

「アリシア様、ありがとうございます。ですが、頂いてしまってよろしいのですか?」

 ジェーンにとっては唯一母の字が残った絵本である。
 だけどアリシアにとっても思い出の詰まった大事な絵本なのだ。嫁いで来るのに持参するほど大切にしている。

「私は大丈夫よ。絵本を読んでいた頃のことは覚えているし、それに新しい絵本をレイヴン様が買って下さったの」

 ジェーンの庭園で話を聞くまでレイヴンは『花の王国』を知らなかった。
 あの時、楽しそうに話をしていたアリシアたちの様子を見ていて悔しかったのだ。

 アリシアの楽しい思い出にレイヴンはいない。だけどアリシアが好きな絵本をレイヴンも読んでみたかった。
 最近ではレイヴンがアリシアに読み聞かせてくれている。
 
「ここには兄上がいないからね。僕が読んであげるんだ」

 レイヴンは誇らし気である。

 実際のところアリシアはもう読んでもらわなくても自分で読むことができる。 
 だけどレイヴンが嬉しそうなので読んでもらうことにしていた。

 ジェーンとレオナルドは目を見合わせ、カナリーとノティスは微妙な顔をする。
 和やかな空気が流れていた。



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