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番外編・処罰の後
32 処罰の後(20-②)終
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軽い昼食を食べた後、エミリーは侍女たちによって磨き上げられた。
数人がかりで全身を洗われ、マッサージをうける。
処罰の日までは毎晩のことだった。自分で自分のことをするようになってからは、パックもマッサージも受けていない。久しぶりのことなので侍女たちも念を入れて磨き上げていた。
ドレッシングルームへ移るとマーサが化粧をしてくれる。
いつもエミリーがしていたようなけばけばしい化粧ではなく、ジェーンがしているような穏やかなものだ。派手な色味は使っていないのに、いつもより目鼻立ちがはっきりして見える気がする。
さっき見たばかりの侯爵夫人たちに少し似ているような気がした。
マーサたちがどれだけ念入りに支度をしてくれても、エミリーが着るのは胸元や背中が大きく開いた娼婦の様なウェディングドレスだ。今はそれが酷く恥ずかしく、申し訳なく感じてしまう。
俯いたエミリーに気がつかない様に、侍女たちはベールや装飾品を躊躇うことなく付けていく。ごてごてとしたビジューがついた、ヒールの高い靴を足元へ差し出されて履き替える。
「エミリー様、支度が整いました」
声を掛けられたエミリーは頷いて立ち上がった。顔を上げると、鏡に全身の姿が映っている。
その姿を見たエミリーはカッと顔を赤く染めた。
体形が強調されるマーメイドラインのドレスは胸元や背中が大きく開いている。
真っ赤な造花がいくつも連なった髪飾りも、金細工に大きな赤い石がついた首飾りも、大振りで派手な色の石が連なったロングイヤリングも、全部エミリーが好きで選んだものだ。
他にも黄色い花のコサージュやオレンジの石がついたブローチがつけられている。隣ではマーサが派手なレースのフィンガーレスグローブをエミリーへ差し出していた。
全部、全部エミリーが好きで選んだものだ。
だけどすべてが派手で結婚式に相応しいものではないとわかる。ドレスも色が白でなければ誰もウェディングドレスだと思わないだろう。
そしてショート丈のバードケージベールからはジェーンに似た化粧の顔が透けて見えている。
上品に仕上げられた顔と、派手なドレスや装飾品はまるで合っていなかった。
このドレスに合わない化粧が意地悪だとは思わない。
マーサたちはエミリーを侯爵令嬢に相応しく仕上げてくれた。
エミリーが選んだドレスや装飾品が相応しくなかったのだ。
エミリーはマーサからグローブを受け取ると自分で身につける。
まるで合わない化粧とドレスの組み合わせも、この恥ずかしさも、ジェーンが味わうはずのものだった。
そうとは思わず、エミリーがそう仕向けたのだ。
それならばエミリーは受け入れるしかない。
「ありがとう」
エミリーは微笑んでそう言うと、部屋の中を見渡した。
今ここにあるものは残していくものだ。
新しい家へ持って行くものは既に従僕が運び出している。
隣の部屋へ移って、もう一度部屋の中を見渡した。
約14年間を過ごしたこの部屋もこれで見納めだ。
部屋を出て、玄関までの道をエミリーはゆっくりと進んだ。
出来るだけ多くのものを見て、覚えておこうと思った。
教会に着いたエミリーは、クレールの腕に手を掛けて扉が開かれるのを待っていた。
デミオンとアンジュは邸の敷地から出ることができないので、式に出席することはない。エミリーが送った招待状はすべて欠席で返って来たので、父親の代わりを頼める人がいなかった。
このままではヴァージンロードを1人で歩くしかない。
諦めていたエミリーを許さなかったのがクレールだ。
これはキャンベル侯爵家としての結婚式である。
侯爵家の名に傷をつけるようなみっともない真似は許さない。
そう言ってクレールが、父親の代わりをすることになった。
気がついたら、そうなっていた。
それが侯爵家の為でも、エミリーは有難く、嬉しく思う。
扉が開いてクレールと中へ進む。
参列者はカルヴィエ前伯爵夫妻とジョッシュの次兄、それにジョッシュの友人が数人だけだ。
エミリー側の出席者はいない。
これが14年間を侯爵令嬢として生きてきたエミリーの評価だった。
広い教会に僅かな参列者。
迎える司祭も戸惑っている。
それでもエミリーは顔を上げてヴァージンロードを歩いた。
これが侯爵令嬢として過ごす最後の時である。
ヴァージンロードを歩くエミリーの耳に、アリシアの言葉が蘇る。
『エミリー。これからは人の言うことを良く聞きなさい。それは悪意のある言葉かもしれない。善意からの忠告かもしれない。貴族には貴族のルールがあるように、平民には平民のルールがあるの。それを学びなさい。難しくても、辛くても学び、分別を身につけるのです』
結婚式が終わればエミリーは平民として生きていく。
今度こそ間違えない。
エミリーは心の中でそう誓っていた。
~ 処罰の後 Fin. ~
数人がかりで全身を洗われ、マッサージをうける。
処罰の日までは毎晩のことだった。自分で自分のことをするようになってからは、パックもマッサージも受けていない。久しぶりのことなので侍女たちも念を入れて磨き上げていた。
ドレッシングルームへ移るとマーサが化粧をしてくれる。
いつもエミリーがしていたようなけばけばしい化粧ではなく、ジェーンがしているような穏やかなものだ。派手な色味は使っていないのに、いつもより目鼻立ちがはっきりして見える気がする。
さっき見たばかりの侯爵夫人たちに少し似ているような気がした。
マーサたちがどれだけ念入りに支度をしてくれても、エミリーが着るのは胸元や背中が大きく開いた娼婦の様なウェディングドレスだ。今はそれが酷く恥ずかしく、申し訳なく感じてしまう。
俯いたエミリーに気がつかない様に、侍女たちはベールや装飾品を躊躇うことなく付けていく。ごてごてとしたビジューがついた、ヒールの高い靴を足元へ差し出されて履き替える。
「エミリー様、支度が整いました」
声を掛けられたエミリーは頷いて立ち上がった。顔を上げると、鏡に全身の姿が映っている。
その姿を見たエミリーはカッと顔を赤く染めた。
体形が強調されるマーメイドラインのドレスは胸元や背中が大きく開いている。
真っ赤な造花がいくつも連なった髪飾りも、金細工に大きな赤い石がついた首飾りも、大振りで派手な色の石が連なったロングイヤリングも、全部エミリーが好きで選んだものだ。
他にも黄色い花のコサージュやオレンジの石がついたブローチがつけられている。隣ではマーサが派手なレースのフィンガーレスグローブをエミリーへ差し出していた。
全部、全部エミリーが好きで選んだものだ。
だけどすべてが派手で結婚式に相応しいものではないとわかる。ドレスも色が白でなければ誰もウェディングドレスだと思わないだろう。
そしてショート丈のバードケージベールからはジェーンに似た化粧の顔が透けて見えている。
上品に仕上げられた顔と、派手なドレスや装飾品はまるで合っていなかった。
このドレスに合わない化粧が意地悪だとは思わない。
マーサたちはエミリーを侯爵令嬢に相応しく仕上げてくれた。
エミリーが選んだドレスや装飾品が相応しくなかったのだ。
エミリーはマーサからグローブを受け取ると自分で身につける。
まるで合わない化粧とドレスの組み合わせも、この恥ずかしさも、ジェーンが味わうはずのものだった。
そうとは思わず、エミリーがそう仕向けたのだ。
それならばエミリーは受け入れるしかない。
「ありがとう」
エミリーは微笑んでそう言うと、部屋の中を見渡した。
今ここにあるものは残していくものだ。
新しい家へ持って行くものは既に従僕が運び出している。
隣の部屋へ移って、もう一度部屋の中を見渡した。
約14年間を過ごしたこの部屋もこれで見納めだ。
部屋を出て、玄関までの道をエミリーはゆっくりと進んだ。
出来るだけ多くのものを見て、覚えておこうと思った。
教会に着いたエミリーは、クレールの腕に手を掛けて扉が開かれるのを待っていた。
デミオンとアンジュは邸の敷地から出ることができないので、式に出席することはない。エミリーが送った招待状はすべて欠席で返って来たので、父親の代わりを頼める人がいなかった。
このままではヴァージンロードを1人で歩くしかない。
諦めていたエミリーを許さなかったのがクレールだ。
これはキャンベル侯爵家としての結婚式である。
侯爵家の名に傷をつけるようなみっともない真似は許さない。
そう言ってクレールが、父親の代わりをすることになった。
気がついたら、そうなっていた。
それが侯爵家の為でも、エミリーは有難く、嬉しく思う。
扉が開いてクレールと中へ進む。
参列者はカルヴィエ前伯爵夫妻とジョッシュの次兄、それにジョッシュの友人が数人だけだ。
エミリー側の出席者はいない。
これが14年間を侯爵令嬢として生きてきたエミリーの評価だった。
広い教会に僅かな参列者。
迎える司祭も戸惑っている。
それでもエミリーは顔を上げてヴァージンロードを歩いた。
これが侯爵令嬢として過ごす最後の時である。
ヴァージンロードを歩くエミリーの耳に、アリシアの言葉が蘇る。
『エミリー。これからは人の言うことを良く聞きなさい。それは悪意のある言葉かもしれない。善意からの忠告かもしれない。貴族には貴族のルールがあるように、平民には平民のルールがあるの。それを学びなさい。難しくても、辛くても学び、分別を身につけるのです』
結婚式が終わればエミリーは平民として生きていく。
今度こそ間違えない。
エミリーは心の中でそう誓っていた。
~ 処罰の後 Fin. ~
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