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第2部 4章
59 王立病院①
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王立病院に着いた時にはすっかり暗くなっていた。
アリシアの訪問に驚き、さざめき合う人々の間を縫って目的の人物が姿を見せる。
「ナイジェル殿、遅くなってしまってごめんなさいね」
「妃殿下、お待ちしておりました」
そう言って頭を下げるのは、昨日晩餐会で話をしたナイジェルだ。
貴族籍ではない為、苗字はない。
アリシアはすぐにナイジェルが使う診察室へ通された。
医師が使う控室はあるけれど、ナイジェルはまだ個人部屋を貰えるような地位にはない。応接室を、という病院側の申し出もあったけれど、ナイジェルは使い慣れていて安心感のある診察室を選んだ。
「このようなむさ苦しいところで申し訳ありません」
そう言いながら、ナイジェルは手ずからお茶を入れてくれた。
毒見のこともちゃんと心得ていて、同じポットから入れたお茶を護衛のルースへ手渡している。
まだ多くを語り合ったわけではないこの青年に、アリシアは好感を持ち始めていた。
話をし始めるとナイジェルがこの仕事に熱心に取り組み、誇りを持っていることが良くわかる。
この王立病院での仕事も楽しいようだ。
アリシアは不思議に思い、この病院で働くのは嫌ではないのか訊いてみた。
この病院にも王都の王立病院と同じ様に、貴族出身の医師と平民出身の医師が勤務している。
ナイジェルも祖父の代は貴族だったが、父親が独立して貴族籍から外れた為、平民として育っていた。
この国では貴族と平民が同じ学校に通うことはない。
アリシアたちが卒業した王立学園は貴族しか通うことができないし、医師を志す者は学園を卒業後に貴族のみが通う専科大学を卒業する必要がある。
同様に平民だけが通う学校があり、医師を志す者は学校を卒業後に平民のみが通う専科大学を卒業する。
卒業した学校が違う為、病院で働き出してからもどちらに属しているのかはっきり分かれてしまうのだ。
アリシアの問いを聞いたナイジェルは笑顔を見せた。
「以前は嫌だと思うこともありました。ですが妃殿下のおかげで随分と働きやすくなったのですよ。この病院には妃殿下に感謝している者が多くいます」
「え?」
「妃殿下が王都で行われた施策の話が、こちらの病院にも届いたのです」
アリシアは平民出身の医師が、貴族出身の医師の高圧的な態度や言動に肩身が狭い思いをしていると知って両者が働く場所を分けた。
その結果、平民出身の医師のところへ患者が殺到し、貴族出身の医師のところは閑古鳥が鳴くという事態になった。貴族出身の医師は良い面の皮である。
メトワは王都に比べて貴族の数が圧倒的に少ない。
王都でさえそんな有様なのに、もしメトワで同じ施策を取られたら、貴族出身の医師たちは毎日暇を持て余すことになる。
それを恐れた医師たちはすっかり態度が柔らかくなった。
以前のように恫喝されることもなくなり、見下したような蔑んだ表情を見せることも少なくなっていった。
それは患者に対しても同じことで、今では平民の患者にも物腰低く柔和な態度で接している。
平民の患者からの好感度は一気にあがり、ナイジェルたち平民出身の医師も働きやすくなった。
そしてナイジェルたちだけではなく、貴族出身の医師たちも職場で心地良く過ごせるようになったという。
自分が上位の立場であったとしても、誰かを強く蔑んだり罵ったりしていては精神的な負荷が掛かっていたようだ。円滑な人間関係は互いに精神的な余裕を生む。
「もし今、この病院で働く場所を出身で分けたとしても、患者は同じくらい来ると思います。ですがそれをする意味はありません」
「まあ……。そうなの」
アリシアはあくまで王都の病院に対して良いと思った施策を行っただけである。
それが遠くのメトワまで影響を及ぼしているとは考えていなかった。
「わたしも街の噂は耳に入りますから、妃殿下の立場は少しなりともわかっているつもりです。ですがこの病院で妃殿下のことを悪く言う者はいませんよ」
それはアリシアにとって思いがけない言葉だった。
アリシアの訪問に驚き、さざめき合う人々の間を縫って目的の人物が姿を見せる。
「ナイジェル殿、遅くなってしまってごめんなさいね」
「妃殿下、お待ちしておりました」
そう言って頭を下げるのは、昨日晩餐会で話をしたナイジェルだ。
貴族籍ではない為、苗字はない。
アリシアはすぐにナイジェルが使う診察室へ通された。
医師が使う控室はあるけれど、ナイジェルはまだ個人部屋を貰えるような地位にはない。応接室を、という病院側の申し出もあったけれど、ナイジェルは使い慣れていて安心感のある診察室を選んだ。
「このようなむさ苦しいところで申し訳ありません」
そう言いながら、ナイジェルは手ずからお茶を入れてくれた。
毒見のこともちゃんと心得ていて、同じポットから入れたお茶を護衛のルースへ手渡している。
まだ多くを語り合ったわけではないこの青年に、アリシアは好感を持ち始めていた。
話をし始めるとナイジェルがこの仕事に熱心に取り組み、誇りを持っていることが良くわかる。
この王立病院での仕事も楽しいようだ。
アリシアは不思議に思い、この病院で働くのは嫌ではないのか訊いてみた。
この病院にも王都の王立病院と同じ様に、貴族出身の医師と平民出身の医師が勤務している。
ナイジェルも祖父の代は貴族だったが、父親が独立して貴族籍から外れた為、平民として育っていた。
この国では貴族と平民が同じ学校に通うことはない。
アリシアたちが卒業した王立学園は貴族しか通うことができないし、医師を志す者は学園を卒業後に貴族のみが通う専科大学を卒業する必要がある。
同様に平民だけが通う学校があり、医師を志す者は学校を卒業後に平民のみが通う専科大学を卒業する。
卒業した学校が違う為、病院で働き出してからもどちらに属しているのかはっきり分かれてしまうのだ。
アリシアの問いを聞いたナイジェルは笑顔を見せた。
「以前は嫌だと思うこともありました。ですが妃殿下のおかげで随分と働きやすくなったのですよ。この病院には妃殿下に感謝している者が多くいます」
「え?」
「妃殿下が王都で行われた施策の話が、こちらの病院にも届いたのです」
アリシアは平民出身の医師が、貴族出身の医師の高圧的な態度や言動に肩身が狭い思いをしていると知って両者が働く場所を分けた。
その結果、平民出身の医師のところへ患者が殺到し、貴族出身の医師のところは閑古鳥が鳴くという事態になった。貴族出身の医師は良い面の皮である。
メトワは王都に比べて貴族の数が圧倒的に少ない。
王都でさえそんな有様なのに、もしメトワで同じ施策を取られたら、貴族出身の医師たちは毎日暇を持て余すことになる。
それを恐れた医師たちはすっかり態度が柔らかくなった。
以前のように恫喝されることもなくなり、見下したような蔑んだ表情を見せることも少なくなっていった。
それは患者に対しても同じことで、今では平民の患者にも物腰低く柔和な態度で接している。
平民の患者からの好感度は一気にあがり、ナイジェルたち平民出身の医師も働きやすくなった。
そしてナイジェルたちだけではなく、貴族出身の医師たちも職場で心地良く過ごせるようになったという。
自分が上位の立場であったとしても、誰かを強く蔑んだり罵ったりしていては精神的な負荷が掛かっていたようだ。円滑な人間関係は互いに精神的な余裕を生む。
「もし今、この病院で働く場所を出身で分けたとしても、患者は同じくらい来ると思います。ですがそれをする意味はありません」
「まあ……。そうなの」
アリシアはあくまで王都の病院に対して良いと思った施策を行っただけである。
それが遠くのメトワまで影響を及ぼしているとは考えていなかった。
「わたしも街の噂は耳に入りますから、妃殿下の立場は少しなりともわかっているつもりです。ですがこの病院で妃殿下のことを悪く言う者はいませんよ」
それはアリシアにとって思いがけない言葉だった。
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