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第2部 4章
65 牧場③
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子どもたちの勉強を見届けた後は昼食の時間になった。
レイヴンもアリシアも、元からこの牧場で昼を摂る予定だったのだ。牧場側でも心得ていて、女たちがしっかり準備をしている。
ここで予定外のことがあった。
子どもたちがレイヴンたちと一緒に食事をしたがったのだ。
これに慌てたのは大人たちである。
「いっしょがいいーっ!」
「でんかもこっちーっ!」
子どもたちは両側からレイヴンとアリシアの手を引っ張っている。抗えないわけではないが、ついて行きたいとアリシアは思った。
レイヴンを窺うと、アリシアの気持ちを察したようで軽く頷く。
「良かったら、子どもたちと一緒に食事をさせてくれないかな?」
レイヴンがそういうと、牧場主が困ったような顔をした。
それも当然のことで、食事の支度は警備をし易い場所で整えられている。食事の場所を急に移すのは危険なのだ。
「ルース、無理かな?」
レイヴンが訊くと、ルースは嫌な顔をした。
かつてアリシアに毒見を進言して左遷されかけたルースである。嫌なことを思い出しているに違いない。
「………」
ルークは子どもたちに見上げられて、しばらく黙った後渋々といった様子で頷いた。
子どもたちが歓声を上げる。レイヴンとアリシアは小さな手にグイグイと引かれながら、従業員たちが揃うテーブルへ向かった。
これまで経験したことのないような食事は楽しかった。
子どもたちは皆牧場で働く従業員の子どもである。当然同じテーブルで両親も食事をする。
突然王太子夫妻と食事をすることになった大人たちは可哀想なほど狼狽えていたが、子どもがいてはいつまでも畏まっていられない。
いつの間にかいつも通りの調子を取り戻した彼らは、最低限の礼儀を守りながらも楽し気な笑い声を上げていた。
アリシアに特別懐いてくれた子どもがいた。
ターニャという女の子で、今年6歳になるという。11歳になる姉のサーシャと一緒に授業を受けていたのだ。
この姉はしっかり者のようで、授業の時も食事の間もターニャの面倒を良く見ていた。
子どもたちは食事を終えると母親に連れられて家に帰っていく。
家といっても同じ集落なので、午後は年長者が下の子の面倒を見るのだ。サーシャも年長組である。
ターニャはこの日、家に帰るのを嫌がった。
アリシアともっと一緒にいたいと駄々を捏ねる。母が宥めてもサーシャが宥めても、ターニャは泣きながらアリシアに抱き着いている。
困り果てた様子の2人に、もう少しだけアリシアは一緒に過ごすことにした。
レイヴンに許可を取り、4人で散歩に出る。さり気なく家の方へ向かい、途中でアリシアだけが引き返してくる作戦だ。
レイヴンも一緒に来たがっていたけれど、レイヴンも他の子どもに抱き着かれていた。
しばらく歩くと森のようなところへ入った。
護衛がいるとはいえ、あまり離れすぎるわけにはいかない。
そろそろ引き返し時だとアリシアが思った時、一際大きな木の幹に注連縄のようなものが見えた。
「あれは……?」
アリシアはつい言葉に出していた。
ここはまだ牧場の敷地であり、神殿の様な建物はない。だけどあの木に結ばれているものは、神聖なものを表す印である。
「ああ、あれはご神木ですよ。子を授けて下さるんです」
アリシアの視線を追ったターニャの母が答えた。
この地が牧場になる前から伝わる民話があるらしい。
曰く、子宝に恵まれない夫婦が毎日あの木の元で祈っていると、憐れに思った女神が現れ、子を授けてくれたという。
そのことから、この地では子を望む女があの木の元で祈ると子を授けられると信じられている。
祈った後は葉を1枚持って帰ると尚良いというが、木が高くて中々手に入らない。だからこそ手に入った時のご利益は抜群だという。
いわゆる土着信仰だった。
「どうですか?妃殿下もぜひ……」
「母さんっ!!」
母親の言葉をサーシャが遮った。
それでサーシャの母もハッとした顔をする。
彼女に悪気があったわけではないのだ。
ただ思いついた通りのことを口に出してしまったのだろう。
だけどアリシアに言って良い言葉ではなかったと青くなっている、
「そうですね。祈ってみましょうか」
アリシアはにっこり笑った。
サーシャもサーシャの母も驚いた顔をする。
それを気にせずアリシアは木に向かって歩いた。
木の前まで来ると、アリシアは木に向かって祈った。
深刻になり過ぎないように、2人が気にしないように考えただけである。
アリシアにとっては言われたことよりも、その後の2人の反応の方がショックだった。
ただの世間話ならあんな反応をすることはない。平民の間でさえ、もう触れてはいけないことだと思われているのだ。
祈り終わると、その場で別れることにした。
これ以上一緒にいても気まずいだけだと思ったのだ。
ターニャはまだむずがったけれど、母と姉の様子に何かを感じ取った様ですぐに大人しくなった。
サーシャの母とサーシャが何度も頭を下げながら遠ざかっていく。
3人を見送ったアリシアは、もう一度木の方を振り向いた。
その時、季節に合わないような緑色の葉が、1枚舞い降りて来た。
「レイヴン様には言わないで」
木を背にしたアリシアが一言呟く。
エレノアが無言で頭を下げた。ルークは初めから聞こえない振りをしている。
最後まで貫いてくれるならそれでいい。
アリシアはもう二度と木の方を振り返らずに歩き去った。
外套の内ポケットに緑色の葉を隠しながら。
レイヴンもアリシアも、元からこの牧場で昼を摂る予定だったのだ。牧場側でも心得ていて、女たちがしっかり準備をしている。
ここで予定外のことがあった。
子どもたちがレイヴンたちと一緒に食事をしたがったのだ。
これに慌てたのは大人たちである。
「いっしょがいいーっ!」
「でんかもこっちーっ!」
子どもたちは両側からレイヴンとアリシアの手を引っ張っている。抗えないわけではないが、ついて行きたいとアリシアは思った。
レイヴンを窺うと、アリシアの気持ちを察したようで軽く頷く。
「良かったら、子どもたちと一緒に食事をさせてくれないかな?」
レイヴンがそういうと、牧場主が困ったような顔をした。
それも当然のことで、食事の支度は警備をし易い場所で整えられている。食事の場所を急に移すのは危険なのだ。
「ルース、無理かな?」
レイヴンが訊くと、ルースは嫌な顔をした。
かつてアリシアに毒見を進言して左遷されかけたルースである。嫌なことを思い出しているに違いない。
「………」
ルークは子どもたちに見上げられて、しばらく黙った後渋々といった様子で頷いた。
子どもたちが歓声を上げる。レイヴンとアリシアは小さな手にグイグイと引かれながら、従業員たちが揃うテーブルへ向かった。
これまで経験したことのないような食事は楽しかった。
子どもたちは皆牧場で働く従業員の子どもである。当然同じテーブルで両親も食事をする。
突然王太子夫妻と食事をすることになった大人たちは可哀想なほど狼狽えていたが、子どもがいてはいつまでも畏まっていられない。
いつの間にかいつも通りの調子を取り戻した彼らは、最低限の礼儀を守りながらも楽し気な笑い声を上げていた。
アリシアに特別懐いてくれた子どもがいた。
ターニャという女の子で、今年6歳になるという。11歳になる姉のサーシャと一緒に授業を受けていたのだ。
この姉はしっかり者のようで、授業の時も食事の間もターニャの面倒を良く見ていた。
子どもたちは食事を終えると母親に連れられて家に帰っていく。
家といっても同じ集落なので、午後は年長者が下の子の面倒を見るのだ。サーシャも年長組である。
ターニャはこの日、家に帰るのを嫌がった。
アリシアともっと一緒にいたいと駄々を捏ねる。母が宥めてもサーシャが宥めても、ターニャは泣きながらアリシアに抱き着いている。
困り果てた様子の2人に、もう少しだけアリシアは一緒に過ごすことにした。
レイヴンに許可を取り、4人で散歩に出る。さり気なく家の方へ向かい、途中でアリシアだけが引き返してくる作戦だ。
レイヴンも一緒に来たがっていたけれど、レイヴンも他の子どもに抱き着かれていた。
しばらく歩くと森のようなところへ入った。
護衛がいるとはいえ、あまり離れすぎるわけにはいかない。
そろそろ引き返し時だとアリシアが思った時、一際大きな木の幹に注連縄のようなものが見えた。
「あれは……?」
アリシアはつい言葉に出していた。
ここはまだ牧場の敷地であり、神殿の様な建物はない。だけどあの木に結ばれているものは、神聖なものを表す印である。
「ああ、あれはご神木ですよ。子を授けて下さるんです」
アリシアの視線を追ったターニャの母が答えた。
この地が牧場になる前から伝わる民話があるらしい。
曰く、子宝に恵まれない夫婦が毎日あの木の元で祈っていると、憐れに思った女神が現れ、子を授けてくれたという。
そのことから、この地では子を望む女があの木の元で祈ると子を授けられると信じられている。
祈った後は葉を1枚持って帰ると尚良いというが、木が高くて中々手に入らない。だからこそ手に入った時のご利益は抜群だという。
いわゆる土着信仰だった。
「どうですか?妃殿下もぜひ……」
「母さんっ!!」
母親の言葉をサーシャが遮った。
それでサーシャの母もハッとした顔をする。
彼女に悪気があったわけではないのだ。
ただ思いついた通りのことを口に出してしまったのだろう。
だけどアリシアに言って良い言葉ではなかったと青くなっている、
「そうですね。祈ってみましょうか」
アリシアはにっこり笑った。
サーシャもサーシャの母も驚いた顔をする。
それを気にせずアリシアは木に向かって歩いた。
木の前まで来ると、アリシアは木に向かって祈った。
深刻になり過ぎないように、2人が気にしないように考えただけである。
アリシアにとっては言われたことよりも、その後の2人の反応の方がショックだった。
ただの世間話ならあんな反応をすることはない。平民の間でさえ、もう触れてはいけないことだと思われているのだ。
祈り終わると、その場で別れることにした。
これ以上一緒にいても気まずいだけだと思ったのだ。
ターニャはまだむずがったけれど、母と姉の様子に何かを感じ取った様ですぐに大人しくなった。
サーシャの母とサーシャが何度も頭を下げながら遠ざかっていく。
3人を見送ったアリシアは、もう一度木の方を振り向いた。
その時、季節に合わないような緑色の葉が、1枚舞い降りて来た。
「レイヴン様には言わないで」
木を背にしたアリシアが一言呟く。
エレノアが無言で頭を下げた。ルークは初めから聞こえない振りをしている。
最後まで貫いてくれるならそれでいい。
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