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第2部 4章

87 訊きたいこと

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 起きなければいけない時間より少し早い時間。
 レイヴンはこの時間に起きてアリシアの寝顔を眺めるのがすっかり日課になっていた。
 アリシアは安心しきったようにレイヴンの胸元に頭を寄せ、穏やかな寝息を立てている。

 可愛い。

 浮かんでくるのはその一言だ。

 だけどレイヴンは、時々アリシアが暗い顔をしていることに気がついてた。
「何かあった?」
 そう訊いても、アリシアは何も話してくれない。感情を隠した笑顔で、「なんでもありませんわ」と言われるだけだ。

「アリシア、何を悩んでいるの?」

 アリシアの寝顔に問い掛ける。
 当然答えは返ってこない。

 レイヴンの脳裏に昨日レオナルドと交わした会話が蘇る。
 アリシアの様子がおかしいと相談したレイヴンに、眉を顰めたレオナルドは「まさかあの話・・・が耳に入ったのでは?」と言った。
 一瞬肝を冷やしたレイヴンだったが、そんなはずはない、とはっきり答えた。 

 アリシアの耳に入らないように、王太子宮内の規制はきっちり行っている。現にエレノアやジーナ、ドナといったアリシアの身近に仕える者たちに変わった様子はない。彼女たちがアリシアを大切に思っているのは間違いないので、もしあの話・・・が耳に入ったのなら、何かしらの反応があるはずだ。
 それがないということは、侍女のところまでも話が伝わらないよう規制が上手くいっているということである。

 それなら他に考えられることは?

 レオナルドにそう訊かれて、レイヴンは唇を噛んだ。
 わからないのだ。

 思い当ることはいくつかある。
 初めに様子がおかしいと思ったのは、メトワに着いた翌日だった。
 あの日は色々あったので疲れたのかと思っていたが、本当は違っていたのかもしれない。
 アリシアを受け入れようとしない使用人たちに傷ついていたのだろうか。
 
 それから、農園や牧場をまわった日。
 あの日は沢山の子どもたちと過ごして楽しんでいたはずだ。
 様子が変わったのがいつだったのか、思い出そうとしても思い出せない。

 そして休暇中も、様子がおかしいと思うことはあった。
 だけど初めて2人で過ごす休暇に浮かれていたレイヴンは、その原因を追究せずに過ごしてしまった。
 休暇を楽しんでいたのはレイヴンだけだったのだろうか。本当は宴にも出席したくなかったのかもしれない。

 俯いたレイヴンに、レオナルドは溜息を吐いた。
 
「それで、どうして欲しいのです?僕から原因を訊けばよろしいですか?」

 呆れたような声に、レイヴンは弾かれる様に顔を上げた。
 アリシアはレオナルドになら理由を話すかもしれない。
 だけどそれは嫌なのだ。
 レオナルドではなく、レイヴンを頼って欲しい。

 そうだった。
 アリシアが鞭で打たれて怪我をしていたと知ったあの日。
 様子がおかしいと知っていたのに、何かあったのか訊かなかったことを深く後悔した。
 アリシアが話してくれなくても、話してくれるまで何度でも訊けば良かったのだと思ったのに、1回訊いただけで、「話してくれないから」と諦めるなんて、また同じことを繰り返すところだった。

「……僕が訊く。話してくれるまで」
 
 レイヴンがそう言うと、レオナルドは安心したようにふわりと笑った。
 その表情がアリシアに似ていてドキリとする。
 やはり兄妹なのだ。

「アリシアは中々手強いと思いますが、頑張ってください」

 そう言われて、違う意味でもドキリとしたけれど、やるしかない。




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