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第2部 4章
94 想い人の想い人②
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「サンドラ殿を想うあの方に、何も思わなかったわけではないのよ。あの方との結婚を迷ったこともあるし、『あの方に近寄らないで』と、サンドラ殿を罵りたいと思ったことも一度や二度じゃないわ。でもね、それが見当違いの八つ当たりだということも、わかっていたのよ。サンドラ殿からあの方に近づいたことなどない。あの方の一方的な想いだったの。それなのにサンドラ殿を罵ったりすればどうなるか……。わかるでしょう?」
アリシアは小さく頷いた。
国王はサンドラを想っていた。だけどそれは一方的な想いだった。
サンドラには良い関係を築いている婚約者がいたのだ。
結果的には国王の気持ちが周りに知られたことで婚約を解消することになってしまったサンドラに、周りは同情的だっただろう。分が悪いのはマルグリットだ。
元より王太子の婚約者という立場は妬まれやすい。それまでも心無い嘲笑を受けていたに違いない。
そこへ見当違いの言い分でサンドラを罵ったりしていたら。
王太子と結婚するどころか、二度と社交界へ顔を出せなくなっていたかもしれない。
アリシアは唇を噛みしめる。
サンドラを叔母として慕う気持ちに変わりはない。サンドラは尊敬できる女性だった。今もサンドラに非がないことを嬉しく感じる気持ちがある。
だけどその陰で、不快な気持ちを押し殺すしかなかったマルグリットを思うと申し訳ないような気持ちになった。
そして非がないのは国王も同じだった。
婚約者がいても他の人を好きになることはある。それはアリシアが良く知っている。
幼い頃に政略で決められた相手を好きになることができれば良いが、そうでないことはよくあることだ。
だから社交界でも本当の気持ちを胸に秘めたまま婚姻を結ぶ者は多い。
国王の気持ちは人に知られてしまったけれど、成就させようとしたわけではなく、マルグリットを邪険に扱うこともなかったのだ。
だからこそ、マルグリットは辛かったのかもしれない。
婚約者として正当に遇されていたマルグリットは、国王にさえ本当の気持ちをぶつけることができなかったのだ。
「学園での噂について、両親に相談したこともあるわ。だけど私たちの婚約は政略的なものだもの。どちらかに過度な落ち度がなければ解消することなんてできなかった。あの方はサンドラ殿を想っておられたけれど、私を蔑ろにすることなんて一度もなかったのよ。それまでと変わらず優しく接してくれていたし、贈り物も届けられていたわ。夜会やパーティーでは必ずエスコートしてくれていたし、ファーストダンスを踊った後も傍にいてくれた。私を婚約者として尊重していると、皆に示してくれていたのよ。あの方は……、サンドラ殿と踊ったことは一度もないはずよ」
「一度も?」
「ええ、一度も」
学園ではダンスの授業もある。男女合同で行われる授業だ。
同じ学年に婚約者がいれば婚約者とペアを組んで踊るが、婚約者がいない者もいるし、他の者と踊ることで学べることもある。だから月に何度かはペアを入れ替えて踊る時間があった。
その中でペアを組みたいと、希望が殺到したのはやはりレイヴンだ。
王太子と踊れる機会なんて滅多にない。同じ学園に通う者の特権である。
先生もそれがわかっているから、1人でも多くの令嬢がレイヴンと踊れるように計らっていた。
国王の時代も同じはずである。
「あの方は学園の授業でも踊らなかったわ。あの方も、サンドラ殿も、そして先生も、噂のことは知っていたもの。これ以上噂が広まらないように……と、先生にサンドラ殿とはペアを組ませないよう伝えていたみたい。だから私は…、あの方を気の毒に思うこともあったのよ」
授業でペアを組むのは仕方のないことだ。
婚約者とは違う者と踊っても、それはその時だけのこと。大きな意味はなく、醜聞でもない。
だからこの時に、密かに想う相手と踊れたことを生涯の思い出として心に仕舞う者もいる。
かつてのアリシアも、マルセルと踊れる時間はキラキラとした束の間の夢だった。
あの甘やかな夢の時間を、国王は自ら遠ざけたのか。
「そんな訳で、こちらから婚約の解消を申し入れるなんてできない状況だったわ。そんなことをすれば、落ち度のない王家や王太子殿下に傷をつけることになってしまう。私の実家も、両親もただでは済まなかったでしょう。……何事も騒ぎ立てず、飲み込んで、結婚するしかなかったのよ」
アリシアは小さく頷いた。
国王はサンドラを想っていた。だけどそれは一方的な想いだった。
サンドラには良い関係を築いている婚約者がいたのだ。
結果的には国王の気持ちが周りに知られたことで婚約を解消することになってしまったサンドラに、周りは同情的だっただろう。分が悪いのはマルグリットだ。
元より王太子の婚約者という立場は妬まれやすい。それまでも心無い嘲笑を受けていたに違いない。
そこへ見当違いの言い分でサンドラを罵ったりしていたら。
王太子と結婚するどころか、二度と社交界へ顔を出せなくなっていたかもしれない。
アリシアは唇を噛みしめる。
サンドラを叔母として慕う気持ちに変わりはない。サンドラは尊敬できる女性だった。今もサンドラに非がないことを嬉しく感じる気持ちがある。
だけどその陰で、不快な気持ちを押し殺すしかなかったマルグリットを思うと申し訳ないような気持ちになった。
そして非がないのは国王も同じだった。
婚約者がいても他の人を好きになることはある。それはアリシアが良く知っている。
幼い頃に政略で決められた相手を好きになることができれば良いが、そうでないことはよくあることだ。
だから社交界でも本当の気持ちを胸に秘めたまま婚姻を結ぶ者は多い。
国王の気持ちは人に知られてしまったけれど、成就させようとしたわけではなく、マルグリットを邪険に扱うこともなかったのだ。
だからこそ、マルグリットは辛かったのかもしれない。
婚約者として正当に遇されていたマルグリットは、国王にさえ本当の気持ちをぶつけることができなかったのだ。
「学園での噂について、両親に相談したこともあるわ。だけど私たちの婚約は政略的なものだもの。どちらかに過度な落ち度がなければ解消することなんてできなかった。あの方はサンドラ殿を想っておられたけれど、私を蔑ろにすることなんて一度もなかったのよ。それまでと変わらず優しく接してくれていたし、贈り物も届けられていたわ。夜会やパーティーでは必ずエスコートしてくれていたし、ファーストダンスを踊った後も傍にいてくれた。私を婚約者として尊重していると、皆に示してくれていたのよ。あの方は……、サンドラ殿と踊ったことは一度もないはずよ」
「一度も?」
「ええ、一度も」
学園ではダンスの授業もある。男女合同で行われる授業だ。
同じ学年に婚約者がいれば婚約者とペアを組んで踊るが、婚約者がいない者もいるし、他の者と踊ることで学べることもある。だから月に何度かはペアを入れ替えて踊る時間があった。
その中でペアを組みたいと、希望が殺到したのはやはりレイヴンだ。
王太子と踊れる機会なんて滅多にない。同じ学園に通う者の特権である。
先生もそれがわかっているから、1人でも多くの令嬢がレイヴンと踊れるように計らっていた。
国王の時代も同じはずである。
「あの方は学園の授業でも踊らなかったわ。あの方も、サンドラ殿も、そして先生も、噂のことは知っていたもの。これ以上噂が広まらないように……と、先生にサンドラ殿とはペアを組ませないよう伝えていたみたい。だから私は…、あの方を気の毒に思うこともあったのよ」
授業でペアを組むのは仕方のないことだ。
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