【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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第2部 4章

103 名前を

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 そこからは皆同じである。
 キャンベル前侯爵や前侯爵夫人が亡くなると、サンドラは1人で舞踏会へ出てくるようになった。

 サンドラを目で追っていたのは、どんな時も気丈に微笑み、心無い噂や侮蔑の視線を受け流すサンドラを痛々しく思っていたからだ。
 申し訳なくて辛くて、なんとかできないかと思案に暮れる。
 だけど良い解決法が浮かぶことはなく、そんな自分の力不足から眼を逸らす為に手近にいる令嬢に溺れた。

「サンドラ殿が亡くなった時は堪えた。彼女の不調を聞いた時、心労が大きな負担を掛けたのだと思ったのだ。だけど侍医を派遣することもできない。何もできずにいる内に、とうとうあんなことになってしまった」

 立場上、特定の人物に特別な情を掛けることはできない。
 サンドラの為に侍医を派遣することができなかったのと同様に、人前でサンドラの死を嘆くこともできなかった。
 マルグリットにサンドラへの想いを――それが後悔や憐憫であっても――見せることもできずに、年若く、既に風化した噂を欠片も知らない令嬢にぶつけることしかできなかった。

 だからサンドラの死を受け止めきれずに側妃へ逃げたのは事実だ。
 だけどその胸を占めていたのは、サンドラへの愛ではなく罪悪感だった。

「其方にはすまないと思っている。余が自分の気持ちを持て余し、拠り所を求めたせいであんな噂が立ってしまった。だけどレイヴンを廃そうと思ったことなど一度もない」

 あの時、マルグリットが危機感を持っているのは気づいていた。
 だから望み通りルトビア公爵令嬢との婚約を認めたのだ。
 それはレイヴンの王太子位を確実なものにする為であり、マルグリットを正妃として一番に想っていると内外に示す為だった。

 実際、アリシアとの婚約が調ってから、レイヴンの廃位を疑う者はいなくなった。
 あの時王子を生んだ側妃さえ、マルグリットや公爵家の威光を恐れて王位を望むことなどなかったのだ。
 マルグリットはそんな側妃に強い敵意を示すこともなく、妃の1人として受け入れてくれていた。

 それから長い年月が経ち、マルグリットにも子が増えた。
 側妃が懐妊したと聞けば不快感を示すこともあったが、それは夫婦として普通のことだ。
 むしろマルグリットが不満を口にする度に愛されていると感じていた。
 ……何も言われなければ、もっと早く本心に気付けただろうか。

「サンドラ殿のことで其方を恨んだことなど一度もない。其方がいなければなどと……、考えたこともない。其方を愛している。この気持ちは伝わっていると思っていた」
 
「……は?」

 予想外の告白に、マルグリットの口から本能的な声が漏れた。
 それをマルグリットがはしたないと思う前に、国王は繋いだままの手を持ち上げてその甲に口づける。

「思えば其方に名を呼ばれなくなってからどれ程経ったのか。その意味にもっと早く気がつくべきだった」

 学園に入学する前は名前で呼んでくれていた。
 それがいつの間にか「殿下」としか呼ばれなくなっていた。
 サンドラへの気持ちを持て余して周りが見えなくなっていた国王はその意味に気がつくことなく、マルグリットの絶望にも距離を置かれたことにも気づかずにいたのだ。

「また名前を呼んで欲しい。まだ少しでも気持ちが残っているのなら……、其方とやり直したい」

「陛下……」

 思わず零れた呟きに国王の顔が歪む。
 その表情を見て痛む心があった。

『もう愛していないのかもしれない』

 その言葉に嘘はなかった。
 だけどかつてあった気持ちがすべて消えたわけではないのだ。

「……クレイン様」

 数十年ぶりにその名を口にすると、ポッと火が灯ったように心が温かくなった。
 自然に笑顔が浮かんでくる。

「マルグリット!」

 感激した国王に抱き締められる。
 それから2人は長い時間寄り添いながら語り合った。
 マルグリットは学園に入学して以来感じられなくなっていた心の平穏を感じていた。




 
 
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