【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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第2部 5章

35 呼び名

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 話題はカナリーの結婚式に戻った。
 結婚式も結婚披露パーティーもリベラ侯爵家が主体となって行われる。だけどカナリーにも拘りがあり、会場の飾りつけは自ら率先して行っているようだ。幸せそうなカナリーの話を聞いていると、アリシアも幸せな気持ちになれた。

「ところでお義姉様。私、お願いがあるのですが」

「まあ、何かしら?」

 カナリーからアリシアへ何か願うのは珍しい。
 あまりないことなので、できることなら叶えたいと思う。
 そんなアリシアに告げられたのは、思いがけないことだった。

「私を、カナリーと呼んで欲しいのです」

「……え?」

 いつも呼んでいますわ、というのは違う。
「カナリー殿下」ではなく、「カナリー」と呼び捨てにして欲しいと言っているのだ。
 
「ジェーン様のことは、『ジェーン』と呼んでおられるでしょう?私のことも、カナリーと呼んで下さいませ」

「それは、ジェーンは従姉なので……」

「それなら私は義妹ですもの。カナリーとお呼びいただいて、おかしくないと思います」

 カナリーはアリシアに「カナリー殿下」と呼ばれているのがずっと気になっていた。
 アリシアは既に王太子妃となり、カナリーより高い身分になっている。
 誰よりもそれを心得ているはずのアリシアが、人前ではともかくプライベートな時間までもそう呼ぶのは、今でもカナリーたちを家族と思っていないのではないか、カナリーとの関りは公務として捉えているのではないか、と感じてしまう。
 だからプライベートな時間は「カナリー」と呼んで欲しいのだ。

「それに私はリベラ侯爵家に嫁ぎます。王籍を離れた私を、殿下・・とはお呼びになれないでしょう?」

「それは……」

 確かに婚姻後はカナリー様、と呼ぶのが正しいだろう。
 だけどそれは公の場でのことだ。私的な場面では互いに認め合った呼称が使われる。

「私も!アイビスとお呼びください、お義姉様!」

「アイビス殿下」

「私も、義妹ですわ」

「それなら私のことも、是非パトリシアとお呼びください」

 王女が揃って声を上げる。
 アリシアが困ってレイヴンを見ると、レイヴンは「良いんじゃない?」と笑った。

「カナリーと呼んでみてくださいませ、お義姉様」

 カナリーが期待に満ちた目を向ける。
 アリシアは躊躇いながらも口を開いた。

「カ、カナリー……」

 小声で呼びかけたアリシアは目を伏せて頬を染める。
 息を飲む声が辺りに響いた。

「なんとお可愛らしい……」

 呟いたのはパトリシアだったか。 
 普段表情を崩さないアリシアが恥じらう様子は女性の心も打ち抜いたようだ。
 慌ててレイヴンが椅子を寄せ、アリシアを抱き寄せる。

「そんな可愛い顔は見せちゃ駄目!」

「何を仰ってますの?お兄様」

 赤くなった顔を隠すようにレイヴンの胸へ頬を寄せるアリシアを微笑ましく見守っていたカナリーが呆れた顔をした。

「義姉上、僕のことはジェイとお呼びください」

「あの、わたしのこともノティスと……」

 兄姉を無視したジェイとノティスがアリシアへ声を掛ける。
 途端にレイヴンの怒声が響いた。

「絶対駄目だ!!」

「何故です?僕たちは義弟ですよ」

「おまえたちは男だろう!男を名前で呼ぶなんて、絶対に駄目だ!!」

「姉上たちを名前で呼ぶのに、僕たちを『殿下』と呼ぶのは不自然でしょう。それに僕たちもいずれは臣籍へ下ります。そのあとも『殿下』と呼ばせるおつもりですか?」

「~~~っ!公爵、と呼ばせる……っ!」

「それは公式な場での話でしょう」

 ジェイが呆れた顔をする。
 アリシアが家族に馴染むことを望んでいたはずのレイヴンなのに、親しく名を呼ばせるのは嫌なようだ。

「レイヴン様?」

 アリシアがレイヴンの胸元から顔を上げて見上げると、レイヴンはアリシアの背中にまわした腕に力を込めた。

「だって、僕だってレイヴン様って呼ばれてるのに…っ!」

 アリシアがきょとんとした顔をする。
 それがレイヴンの嫌がる理由なようだ。

「そんなの、兄上もレイヴンと呼んでいただけば良いでしょう」

 ジェイはすっかり呆れてしまっている。
 ピタッと動きを止めたレイヴンは、アリシアの顔を覗き込んだ。

「……呼んでくれる?」

「………………それは」

 アリシアにとってレイヴンは王太子という目上の人である。
 レイヴンが好きとか嫌いとかいう問題ではなく、それが純然たる事実だった。
 王太子を呼び捨てにするような教育は受けていない。

「……だよね」

 レイヴンは肩を落とすけれど、それがアリシアなのもわかっている。

「大丈夫、そのままで構わない」

 レイヴンはアリシアの額に口づけを落とした。
 そこへ大きく手を打つ音が響く。

「そろそろよろしいでしょうか。そういったことは、2人きりの時にお願いします」

 レオナルドの声である。
 レイヴンとアリシアがハッとして周りを見渡すと、顔を赤らめたカナリーたちがそっぽを向いていた。
 ジェイだけがにやにやと揶揄うような視線を向けている。

「も、申し訳ない」

「申し訳ありません……」
 
 さっと体を離して俯く2人に、カナリーたちは暑くなった顔を扇で仰いでいた。




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