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第2部 5章
41 覚悟③
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「殿下!正気でおられますか!世継ぎを儲けるつもりがないと公言されるとは!」
「世継ぎはアリシアとの間に儲ける。他の令嬢との間に作るつもりがないだけだ」
「それができぬから、側妃を持つよう皆が進言しているのでしょう!」
その言葉に辺りが騒めく。
レイヴンは体を強張らせたアリシアを優しく抱き寄せると背中を撫でた。
ガーモット伯爵は騒めく声が己への賛同だと思ったようで、居丈高に言葉を続ける。
「殿下、婚姻から3年経っても子が生まれなければ側妃を迎えるものと昔から決まっております。それは世継ぎを絶やさぬ為のこと。それをお拒みなさるとは、王太子としての義務を果たさぬおつもりですか!」
「……皆、勘違いしているようなのでここではっきり言っておく。婚姻後3年経っても子が生まれなければ、王太子は側妃を娶らなければならない、そんな法律はない。国法でも王室典範でも紐解いてみよ。そのような記述はどこにもないからな。ただ、歴代の王太子たちが王室の血を絶やさんが為、3年経っても子が生まれなかった際に側妃を娶るようになった。それが繰り返される内に習慣となり、政略で結ばれた正妃以外に心を移した王の口実にもなった。中にはそう仕向ける為に白い結婚だった王太子夫妻もいるだろう。……気の毒なことだ」
そう。側妃とは必ず娶らなければならないものではない。
国王は最大で5人まで側妃を娶ることができるとなっているが、娶ることができるだけで、娶らなければならないわけではないのだ。
それと同じことで、「婚姻後3年経っても子が生まれなければ、王太子は側妃を娶る」と言われているが、本来はそのタイミングで議会が側妃候補を推薦するだけのことだった。気に入らなければ断っても良かったのだ。
だけど歴代の国王―この時は大抵が王太子だが―は、世継ぎを残すことは重要な義務と教えられている。今とは違って王族が少ない時代もあった。だから世継ぎを残す為に、議会が薦める候補を側妃として受け入れたのだ。
そんな積み重ねが、いつの間にかそれが決まりだと錯覚されていった。
勿論その間には本命を娶る為の口実に使った王太子も、自分の娘を迎えさせる為の口実にした臣下もいるだろう。
だけど大切なのは、これが定められた法ではなく、「そうするものだという習慣」ということである。
「確かに殿下の仰る通り、側妃については『最大で5人まで娶ることができる』という決まりしかありません。国法ないし王室典範をご確認ください。どちらも王宮の図書館で確認することができます」
よく通る声はレオナルドである。
レオナルドの言う通り、国法も王室典範も書籍化されたものが図書室に収められている。
そしてそこには、『側妃は最大で5人まで娶ることができる』としか書かれていない。これは本来、3年待たなくても王太子が望めば側妃を娶ることができるということだ。だけどそれは外聞が悪く、正妃を輩出した有力貴族の顔を潰すことになるので避けられている。つまり「3年経ったら~」というのは、そういった忖度や習慣に過ぎないのだ。
「わたしの言いたいことがわかってもらえただろうか?ひとつ確かだと言えることは、王太子の本命だった令嬢も、世継ぎを儲ける為に受け入れた令嬢も、皆王太子に望まれ、受け入れられて嫁いだということだ。嫌がる王太子に無理矢理嫁いだ側妃はいない。それが世継ぎを儲ける為なら猶更だろう」
嫌がる王太子に無理矢理嫁いでも、王太子の手がつかず子が生まれることはない。
先程ジェンナが言われたことを思い出したのだろう。
ガーモット伯爵が顔を紅潮させ、憎々し気にレイヴンを睨みつけている。
「殿下のお考えはよくわかりました。我らを侮辱したこと、いつか後悔なさいますぞ……っ!」
「大丈夫。そんなことはないと思うよ」
レイヴンが楽しそうに辺りを見渡す。
その視線を追って周りを見渡したガーモット伯爵はハッとして息を飲んだ。
向けられているのは侮蔑する目だ。
ガーモット伯爵は、世継ぎを儲けるつもりがないと公言したレイヴンに非難が集中すると思っていた。
だけど実際に非難を向けられているのはガーモット伯爵方だ。
そもそもガーモット伯爵の言動は王太子や王太子妃に対する暴言である。
貴族たちはアリシアが子を孕まぬことを陰でこそこそ言っていても、直接それを指摘したことはない。
あのざわめきは賛同する声ではなく、非難する声だったのだ。
礼儀を重んじる者、アリシアに心を寄せる者たちはまずそれで腹を立てた。
礼儀を守りながらレイヴンに秋波を送っていた者たちは、礼儀を守らないジェンナたちに元から腹を立てていた。それにジェンナたちは、決まりを守って少ない交流時間で済ませる令嬢たちの妨害もしていたのだ。
厄介な令嬢が自滅するのを見て喜びこそすれ、庇うことなどあるわけがない。
ジェンナと同じ、礼儀を守らない令嬢たちは言わずもがなである。
ここには味方がいない――。
ガーモット伯爵はやっとそれに気がついた。
「ガーモット伯爵。妃殿下への無礼、確かに聞き届けた。我らが忘れることは決してないだろう」
投げ掛けられた硬い声にガーモット伯爵がそちらを見ると、レオナルドとディアナの前にアダムとオレリアが立っていた。
元王女であるカナリーをお披露目する舞踏会に、ルトビア公爵夫妻が招かれていないはずがないのだ。
ガーモット伯爵ももう終わったな。
それがこの舞踏会に出席した者たちの総意だった。
「世継ぎはアリシアとの間に儲ける。他の令嬢との間に作るつもりがないだけだ」
「それができぬから、側妃を持つよう皆が進言しているのでしょう!」
その言葉に辺りが騒めく。
レイヴンは体を強張らせたアリシアを優しく抱き寄せると背中を撫でた。
ガーモット伯爵は騒めく声が己への賛同だと思ったようで、居丈高に言葉を続ける。
「殿下、婚姻から3年経っても子が生まれなければ側妃を迎えるものと昔から決まっております。それは世継ぎを絶やさぬ為のこと。それをお拒みなさるとは、王太子としての義務を果たさぬおつもりですか!」
「……皆、勘違いしているようなのでここではっきり言っておく。婚姻後3年経っても子が生まれなければ、王太子は側妃を娶らなければならない、そんな法律はない。国法でも王室典範でも紐解いてみよ。そのような記述はどこにもないからな。ただ、歴代の王太子たちが王室の血を絶やさんが為、3年経っても子が生まれなかった際に側妃を娶るようになった。それが繰り返される内に習慣となり、政略で結ばれた正妃以外に心を移した王の口実にもなった。中にはそう仕向ける為に白い結婚だった王太子夫妻もいるだろう。……気の毒なことだ」
そう。側妃とは必ず娶らなければならないものではない。
国王は最大で5人まで側妃を娶ることができるとなっているが、娶ることができるだけで、娶らなければならないわけではないのだ。
それと同じことで、「婚姻後3年経っても子が生まれなければ、王太子は側妃を娶る」と言われているが、本来はそのタイミングで議会が側妃候補を推薦するだけのことだった。気に入らなければ断っても良かったのだ。
だけど歴代の国王―この時は大抵が王太子だが―は、世継ぎを残すことは重要な義務と教えられている。今とは違って王族が少ない時代もあった。だから世継ぎを残す為に、議会が薦める候補を側妃として受け入れたのだ。
そんな積み重ねが、いつの間にかそれが決まりだと錯覚されていった。
勿論その間には本命を娶る為の口実に使った王太子も、自分の娘を迎えさせる為の口実にした臣下もいるだろう。
だけど大切なのは、これが定められた法ではなく、「そうするものだという習慣」ということである。
「確かに殿下の仰る通り、側妃については『最大で5人まで娶ることができる』という決まりしかありません。国法ないし王室典範をご確認ください。どちらも王宮の図書館で確認することができます」
よく通る声はレオナルドである。
レオナルドの言う通り、国法も王室典範も書籍化されたものが図書室に収められている。
そしてそこには、『側妃は最大で5人まで娶ることができる』としか書かれていない。これは本来、3年待たなくても王太子が望めば側妃を娶ることができるということだ。だけどそれは外聞が悪く、正妃を輩出した有力貴族の顔を潰すことになるので避けられている。つまり「3年経ったら~」というのは、そういった忖度や習慣に過ぎないのだ。
「わたしの言いたいことがわかってもらえただろうか?ひとつ確かだと言えることは、王太子の本命だった令嬢も、世継ぎを儲ける為に受け入れた令嬢も、皆王太子に望まれ、受け入れられて嫁いだということだ。嫌がる王太子に無理矢理嫁いだ側妃はいない。それが世継ぎを儲ける為なら猶更だろう」
嫌がる王太子に無理矢理嫁いでも、王太子の手がつかず子が生まれることはない。
先程ジェンナが言われたことを思い出したのだろう。
ガーモット伯爵が顔を紅潮させ、憎々し気にレイヴンを睨みつけている。
「殿下のお考えはよくわかりました。我らを侮辱したこと、いつか後悔なさいますぞ……っ!」
「大丈夫。そんなことはないと思うよ」
レイヴンが楽しそうに辺りを見渡す。
その視線を追って周りを見渡したガーモット伯爵はハッとして息を飲んだ。
向けられているのは侮蔑する目だ。
ガーモット伯爵は、世継ぎを儲けるつもりがないと公言したレイヴンに非難が集中すると思っていた。
だけど実際に非難を向けられているのはガーモット伯爵方だ。
そもそもガーモット伯爵の言動は王太子や王太子妃に対する暴言である。
貴族たちはアリシアが子を孕まぬことを陰でこそこそ言っていても、直接それを指摘したことはない。
あのざわめきは賛同する声ではなく、非難する声だったのだ。
礼儀を重んじる者、アリシアに心を寄せる者たちはまずそれで腹を立てた。
礼儀を守りながらレイヴンに秋波を送っていた者たちは、礼儀を守らないジェンナたちに元から腹を立てていた。それにジェンナたちは、決まりを守って少ない交流時間で済ませる令嬢たちの妨害もしていたのだ。
厄介な令嬢が自滅するのを見て喜びこそすれ、庇うことなどあるわけがない。
ジェンナと同じ、礼儀を守らない令嬢たちは言わずもがなである。
ここには味方がいない――。
ガーモット伯爵はやっとそれに気がついた。
「ガーモット伯爵。妃殿下への無礼、確かに聞き届けた。我らが忘れることは決してないだろう」
投げ掛けられた硬い声にガーモット伯爵がそちらを見ると、レオナルドとディアナの前にアダムとオレリアが立っていた。
元王女であるカナリーをお披露目する舞踏会に、ルトビア公爵夫妻が招かれていないはずがないのだ。
ガーモット伯爵ももう終わったな。
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