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第2部 5章
61 再会②
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ジェーンがデミオンに再会したのは全くの偶然だった。
邸に戻ってからのジェーンは、1日に数刻使用人と話をする時間を取っている。
サンドラやジェーンへの忠誠心から残ってくれた彼らだが、今のキャンベル侯爵家は決して条件の良い勤め先ではなかった。侯爵家の評判は地に落ちているし、財政は逼迫している。
人員をぎりぎりまで減らしているので辞められるのは厳しいが、彼らに恩を感じているだけに、このまま勤め続けてもらうのは心苦しかった。
だけどそんなジェーンに、使用人たちは笑顔で「このまま勤めたい」と言う。
「僭越ながら申し上げれば、これまでも決して勤めやすい職場ではありませんでした。何より敬愛するお嬢様が虐げられるのをただ見ていなければならなかったのは、とても辛いことでした。ですがこれからはそんな心配はありません。それだけで随分過ごしやすくなりました」
使用人の誰と話しても皆がそう言う。
嬉しくも申し訳なくも思いながら、ジェーンは厨房へ向かっていた。今日は厨房で働く者たちと話をすることになっているのだ。
「あっ……!」
ジェーンが厨房へ近づくと、入り口に立っていた男が声を上げて動きを止めた。
男は貧弱な体によれよれの服を纏っていて、その顔には生気がない。
こんな使用人がいただろうかと訝しく思ったのも束の間、この男が誰なのか理解していた。
「……お父様」
それは無意識に零れ落ちた言葉だった。
デミオンがアリシアに怪我を負わせていたと知った日から、もう父とは思わないと切り捨てたつもりだった。
だけど無意識下では今も父と思う気持ちがあったのだろう。
「……ここで何を?」
「いやっ!あのっ、食事を貰いに……っ」
ジェーンが声を掛けるとデミオンはびくっと体を震わせた。ジェーンに食事を取り上げられるのではないかと恐れているようだ。
そこに扉が開いて調理人が姿を見せる。調理人は2人分の料理を乗せたトレイを持っていた。
調理人は突っ立ったまま動こうとしないデミオンに怪訝な顔を向け、その視線を追ってこちらを振り向く。
ジェーンに気がついた彼は、このままトレイを渡して良いのか窺うような表情を見せた。
「これはお嬢様……」
「大丈夫よ。そのまま渡してあげて」
ジェーンが頷く。
同時にデミオンが弾かれた様に動き出した。
「あ、ありがとうございますっ」
デミオンはジェーンに頭を下げ、慌ててトレイを受け取る。2人分の食事を乗せたトレイは重いだろうに、ドタバタと足音を立てて小走りに去ってしまった。ジェーンの気が変わるのを恐れ、取り上げられる前に逃げたのだ。
デミオンはジェーンが侍女たちから嫌がらせを受け、食事を抜かれていることを知っていた。
だから仕返しとして同じことをされるのではないかと恐れているのだ。
だけどデミオンの姿を見ればわかる。
デミオンは最後に会った処罰の日からひと回り以上小さくなってしまっていた。
アンジュの調子が悪くて食事を取りに来れない日が続いているのだろう。今も食事時ではなく、待たされていたのは残った料理を温め直していたからかもしれない。
アンジュが落ち着いた頃合いを見計らって取りに来ているのだ。
それでもデミオンが持っていたのは、所謂普通の食事である。
日持ちがするような保存食は渡されていない。
確かにジェーンは食事を抜かれることがよくあった。
だけど翌朝あの家に行けばハンナが焼きたてのパンやマフィンを食べさせてくれたし、マーサやこちら側の侍女たちが食事を運んでくる時に保存食を忍ばせてくれていた。あの保存食があったから食事を抜かれた時もそれほど悲観的にならずに済んだのだ。
だけどデミオンは違う。
調理人たちはデミオンに保存食を持たせることはなく、食事を取りに来た時だけ渡すことにしている。
そしてデミオンも保存食のことなど思いつきもしないのだろう。これまで保存食を必要とする生活なんて経験していないのだから。
すぐ傍から調理人の窺うような視線を感じる。
ジェーンは小さく首を振った。
2人の待遇は今のままで構わない。
ジェーンの意図を正しく理解した調理人がホッとしたように頭を下げた。
邸に戻ってからのジェーンは、1日に数刻使用人と話をする時間を取っている。
サンドラやジェーンへの忠誠心から残ってくれた彼らだが、今のキャンベル侯爵家は決して条件の良い勤め先ではなかった。侯爵家の評判は地に落ちているし、財政は逼迫している。
人員をぎりぎりまで減らしているので辞められるのは厳しいが、彼らに恩を感じているだけに、このまま勤め続けてもらうのは心苦しかった。
だけどそんなジェーンに、使用人たちは笑顔で「このまま勤めたい」と言う。
「僭越ながら申し上げれば、これまでも決して勤めやすい職場ではありませんでした。何より敬愛するお嬢様が虐げられるのをただ見ていなければならなかったのは、とても辛いことでした。ですがこれからはそんな心配はありません。それだけで随分過ごしやすくなりました」
使用人の誰と話しても皆がそう言う。
嬉しくも申し訳なくも思いながら、ジェーンは厨房へ向かっていた。今日は厨房で働く者たちと話をすることになっているのだ。
「あっ……!」
ジェーンが厨房へ近づくと、入り口に立っていた男が声を上げて動きを止めた。
男は貧弱な体によれよれの服を纏っていて、その顔には生気がない。
こんな使用人がいただろうかと訝しく思ったのも束の間、この男が誰なのか理解していた。
「……お父様」
それは無意識に零れ落ちた言葉だった。
デミオンがアリシアに怪我を負わせていたと知った日から、もう父とは思わないと切り捨てたつもりだった。
だけど無意識下では今も父と思う気持ちがあったのだろう。
「……ここで何を?」
「いやっ!あのっ、食事を貰いに……っ」
ジェーンが声を掛けるとデミオンはびくっと体を震わせた。ジェーンに食事を取り上げられるのではないかと恐れているようだ。
そこに扉が開いて調理人が姿を見せる。調理人は2人分の料理を乗せたトレイを持っていた。
調理人は突っ立ったまま動こうとしないデミオンに怪訝な顔を向け、その視線を追ってこちらを振り向く。
ジェーンに気がついた彼は、このままトレイを渡して良いのか窺うような表情を見せた。
「これはお嬢様……」
「大丈夫よ。そのまま渡してあげて」
ジェーンが頷く。
同時にデミオンが弾かれた様に動き出した。
「あ、ありがとうございますっ」
デミオンはジェーンに頭を下げ、慌ててトレイを受け取る。2人分の食事を乗せたトレイは重いだろうに、ドタバタと足音を立てて小走りに去ってしまった。ジェーンの気が変わるのを恐れ、取り上げられる前に逃げたのだ。
デミオンはジェーンが侍女たちから嫌がらせを受け、食事を抜かれていることを知っていた。
だから仕返しとして同じことをされるのではないかと恐れているのだ。
だけどデミオンの姿を見ればわかる。
デミオンは最後に会った処罰の日からひと回り以上小さくなってしまっていた。
アンジュの調子が悪くて食事を取りに来れない日が続いているのだろう。今も食事時ではなく、待たされていたのは残った料理を温め直していたからかもしれない。
アンジュが落ち着いた頃合いを見計らって取りに来ているのだ。
それでもデミオンが持っていたのは、所謂普通の食事である。
日持ちがするような保存食は渡されていない。
確かにジェーンは食事を抜かれることがよくあった。
だけど翌朝あの家に行けばハンナが焼きたてのパンやマフィンを食べさせてくれたし、マーサやこちら側の侍女たちが食事を運んでくる時に保存食を忍ばせてくれていた。あの保存食があったから食事を抜かれた時もそれほど悲観的にならずに済んだのだ。
だけどデミオンは違う。
調理人たちはデミオンに保存食を持たせることはなく、食事を取りに来た時だけ渡すことにしている。
そしてデミオンも保存食のことなど思いつきもしないのだろう。これまで保存食を必要とする生活なんて経験していないのだから。
すぐ傍から調理人の窺うような視線を感じる。
ジェーンは小さく首を振った。
2人の待遇は今のままで構わない。
ジェーンの意図を正しく理解した調理人がホッとしたように頭を下げた。
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