【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
561 / 697
第2部 5章

75 歓迎①

しおりを挟む
「アリシア、もうすぐ宿に着くよ」

 軽く肩を揺すられたアリシアは目を覚ました。
 馬車の中はランプの黄色い灯りに照らされている。
 窓を開けてみればすっかり陽が落ちて暗くなっていた。冷たい風が吹き込み、思わず肩を竦める。

「あとどれくらいでしょうか」

「そうだね。半時(約15分)くらいじゃないかな」

 折角王都を出て来たのに、ほとんどの時間を寝て過ごしてしまった。休憩で立ち寄る町に近づくと今と同じ様にレイヴンが起こしてくれる。
 町で人々と交流するのも公務のひとつだ。寝起きの顔で人前に立つことはアリシアの矜持が許さない。
 それを理解しているレイヴンが少しの余裕をもって起こしてくれるのだ。

 宿に着けば領主一族と交流しなければならない。
 それが視察を憂鬱に感じる一因でもあった。
 アリシアも貴族との交流が重要な公務であることはわかっている。
 だけど出迎える貴族たちの思惑を知ってしまった。今年もレイヴンに近づきたい令嬢たちから冷たい目を向けられるのかと思えば気が重かった。


 だけどアリシアの不安は杞憂に終わった。
 宿で迎えてくれた領主の娘たちは、レイヴンとアリシアへきらきらした目を向けている。それに領主夫妻から向けられる笑顔も暖かい。

「ようこそおいでくださいました。殿下、妃殿下」

「出迎え感謝する。今日は宜しく頼むよ」

 彼らの暖かい歓迎をレイヴンも感じ取ったようだ。
 王太子としての顔を崩すことはないものの、去年とは違って親しみのある声で挨拶を返している。

「お久しぶりですね、ヴァルシャ伯爵、伯爵夫人。お会いできて嬉しいわ」

「こちらこそ、お2人をお招きすることができて光栄でございます」

 アリシアはヴァルシャ伯爵夫妻を良く知っていた。
 伯爵はどちらかというと領地に滞在していることが多い人物だが、何代も続けてルトビア公爵家の派閥に属している。その為、アダムの誕生日などに開かれる親しい者たちを集めた舞踏会に毎回出席しているのだ。アリシアも嫁ぐまでは公爵邸で何度も顔を合わせていた。

「シェリー嬢とお会いするのも久しぶりね。随分と美しくなられたこと」

「そんな……。お褒めいただき、ありがとうございます」

 ヴァルシャ伯爵には3人の娘がいる。
 長女であり惣領姫のシェリーは14歳。既に社交界デビューをしており、王宮でのお茶会や舞踏会にも早い時間帯だけ出席している。デビュタント前の2人の妹とは初対面だ。

「カレンと申します。ようこそおいで下さいました」

「マライアと申します。お会いできて嬉しいです」

 カレンは12歳、マライアは10歳だという。
 2人揃って可愛らしくカテーシーをしている。

「カレン嬢、マライア嬢、挨拶をありがとう」

「お2人の歓迎をありがたく思いますわ」

 レイヴンとアリシアが言葉を掛けると2人は嬉しそうに顔を輝かせる。
 またきらきらした目で見つめられて、アリシアは小首を傾げた。その隣を見ると、2人程あからさまではないもののシェリーも嬉しそうにアリシアたちを見つめている。

 レイヴンだけが歓迎されているならわかる。
 側妃になるにはカレンやマライアでは幼すぎるけれど、幼いからこそ王子様に憧れるものだ。レイヴンは幼い少女の期待を裏切らないだけの端正な顔立ちをしている。

 だけど少女たちの憧憬の目はアリシアにも向けられていた。
 なぜこんなに歓迎されているのかわからない。

 アリシアはレイヴンとそっと顔を見合わせた。



しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...