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第2部 6章

20 それぞれの苦悩②

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 ここ数日アリシアの様子がおかしい。
 母である公爵夫人の訪問を受けたはずの日に1人で泣き崩れていた。
 何があったのか理由わけは話してくれない。ただ1人になるのを恐れるように、レイヴンにしがみついていた。

 アリシアのあまりの取り乱しようにレイヴンは理由を聞きだすのを諦めた。
 だけどレイヴンが何もしなかったわけではない。
 翌日執務室に現れたレオナルドに何か聞いていないか詰問したし、密かにオレリアへ文も書いた。
 だけどレオナルドは沈痛な表情で「何も聞いていません」と首を振り、オレリアからは『アリシアが抱えている問題について話しました』という抽象的な文が返ってきただけだった。

 アリシアが抱えている問題といえば子どものことしかないだろう。
 アリシアがずっとそれを気に病んでいることは知っているし、オレリアやレオナルドがなんとか慰めようとしていることも知っている。アリシアを追い詰めるようなことを言うとは思えなかった。

 結局何もわからないままレイヴンはアリシアの周りに人を増やした。
 護衛も傍付きの侍女も数を増やし、必ず誰かがアリシアの傍にいるようにした。人払いも許さないというのはいき過ぎた措置だ。王太子妃としての尊厳を損なっていると思うが、何があってもレイヴンの耳に入るようにしたかった。

 不思議なのはアリシアが嫌がっていないことだ。
 こんな立場も権限も無視するようなことをされたら普通は抗議をする。
 それなのに大人しく受け入れるだけではなく嬉しそうな、ほっとしたような表情を見せるアリシアに、余程追い詰められているのだと感じて怖くなった。

 こんな時レイヴンの頭を過るのはやはり王太子位を降りることだ。
 幸いなことに弟のジェイも優秀で既に学園を卒業している。元々レイヴンのスペアとして教育を受けているので立太子しても王太子教育は数年で終わるだろう。

 レイヴンは自身によく似た弟の顔を思い出した。
 ジェイは今、レイヴンの補佐として公務を行っている。
 レイヴンに子ができないのでスペアとしての立場を降りることができず、王位に就く可能性から婚約もできずにいる。国王がレイヴンに側妃を迎え入れるよう薦めたのもそれが理由の1つだ。

 以前であればレイヴンの側妃を狙って婚約していない令嬢がそれなりにいた。レイヴンに子が生まれていれば、その中から王子妃に相応しい令嬢を選んでいただろう。
 だけどこの1年半ほどの間に質の良い令嬢から側妃を諦め、結婚や婚約を結んでしまった。結果的に残っているのは、側妃どころか王子妃にも公爵夫人にも相応しくない令嬢ばかりだ。時間が経てば経つほど婚約者を選ぶのは困難になるだろう。婚約者を決める為にも早くジェイの立場を確定させなければならない。

 レイヴンは自嘲的な笑みを浮かべた。
 もしジェイが立太子すれば学園に入学前の令嬢から婚約者を選ぶことになるだろう。
 妃教育に使えるのは3年程か。ジェイにも婚約者となる令嬢にも大変な重荷を背負わせることになる。
 それもこれも、アリシアしか欲しくないという己の欲を満たす為だ。
 
 弟に大変な重荷を背負わせ、王太子妃として相応しくあろうとしたアリシアの努力を捨てさせても、王太子位を降りるべきなのだろうか。



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