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第2部 6章
23 煩悶③
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ジェーンに子を生んでもらうよう頼む。
その障りとなるのはやはりノティスのことだ。
ジェーンはノティスと婚約の話が出た時から、ノティスの気持ちを一番に気遣っていた。
体に傷痕があること、父や義母が罪を犯し処罰を受けたこと、領地の運営が上手くいっていないこと。ジェーンには様々な瑕疵がある。
そんなところへノティスを婿入りさせるのは、マルグリットや国王がノティスを疎ましく思っているからではないか。
ノティスがそう思うのではないかと案じていたのだ。
もしジェーンが子を生んでくれたとしたら、未婚なのに純潔ではない、という瑕疵が増えることになる。
それにもし結婚後にジェーンの相手が異母兄だと知ったとしたら。
異母兄の子をジェーンが生んだと知ったとしたら。
これを企てたのはアリシアだ。国王やマルグリットに伝えるつもりはない。
むしろ2人は一番知られてはいけない人物だ。
だけどノティスは、2人が異母兄を守る為に企んだと――少なくとも黙認したと思うかもしれない。
そうしたらノティスがやっと手に入れた家族との絆をズタズタに切り裂いてしまう。
アリシアにはもうノティスを義弟として大切に思う気持ちが芽生えている。
ノティスにそんな思いをさせるわけにはいかない……。
「妃殿下?どちらへ?」
急に扉へ向かったアリシアにエレノアが驚いた声を上げる。
アリシアを1人にしないようきつく言われているので、どこへ行くとしても一緒に付いて行く。エレノアと同時に数名の侍女と待機していた騎士たちが動き出した。
アリシアはどこへ行こう、と具体的に決めているわけではなかった。
ただ部屋にいると嫌なことばかり考えてしまうので、外の空気を吸って気分を変えたかっただけだ。だけど足は自然に執務棟へ向かって行く。
レイヴンの執務室が見えるところまで来た時、執務室の前で数人の令嬢に囲まれるレイヴンが見えた。
執務中の時間であっても執務室に籠りきりということはない。書類の受け渡しに行ったり、相談事があって誰かを訪ねたりすることもある。国王に呼ばれたのかもしれない。
そうして部屋を出たところで待ち構えていた令嬢たちに捕まったのだ。
「………っ」
アリシアはくるりと方向を変えた。
レイヴンに疚しいところなんてない。
にこやかに話しているように見えたが、令嬢たちへ向けられたのは王太子としての対外的な笑顔だ。
わかっている。
だけど見ていたくなかった。
どれくらい歩いたのか。気が付いたらアリシアは中央庭園まで来ていた。
ここにはいつでも大勢の貴族が訪れている。
貴族たちは1人でいるアリシアに好奇の視線を向ける。
明らかに痩せてしまったアリシアにくすくす笑う声や眉を顰めて囁き合う声が聞こえた。
レイヴンがいては言えないことを存分に話しているのだ。
こうなることがわかっていたから最近は近づかないようにしていたのに、冷静さを失ったアリシアはうっかり1人で来てしまった。
「……義姉上?」
帰ろう、とアリシアが踵を返した時、後ろから遠慮がちな声が聞こえた。先ほどまで考えていた人の声だ。
アリシアはゆっくり振り返る。
「……ノティス殿下」
低い位置で整えられた生垣の向こうから急ぎ足て近づいて来たノティスは、アリシアへ心配そうな視線を向けていた。
貴族たちから向けられる視線や囁き声がノティスにも聞こえているのだ。アリシアを庇わなければと思ってくれたのかもしれない。
「……殿下とお会いするのはなんだか久しぶりの様な気がしますね」
「そうですね。ご無沙汰してしまい申し訳ございません」
真面に食事が摂れなくなってからアリシアは正殿へ行くのを控えていた。
お茶菓子も食べられず、嘔吐感に苦しむ姿をアイビスに見せたくなかったからだ。マルグリットたちもその気持ちを尊重してくれていた。
それでもアイビスは王太子宮に遊びに来てくれていたし、ジェイとは公務などで顔を合わせることもあった。
だけどここひと月ほどはノティスと顔を合わせていない。
アリシアはノティスの隣へ視線を動かした。
そう、ノティスは1人ではなかったのだ。
「……こちらの方は?」
「学園の友人です。……本当は6人ほどが集まるはずだったのですが、皆都合が悪くなってしまって」
ノティスと一緒にいたのは、いつかの舞踏会で見た子爵令嬢だった。
あの後も何度も王宮へ遊びに来ているのは聞いている。ノティスが友人を招く時は、この子爵令嬢が必ずいると言われていた。
子爵令嬢は名前で紹介されなかったことに不満そうな顔を見せた。
だけど何も言わずに堪えるくらいの常識はあるようだ。
「そうですか。……用事があるのでこれで失礼致しますわ」
「義姉上?!」
くるりと背中を向けたアリシアにノティスは驚いたようだ。
だけどアリシアは立ち止まることも振り返ることもしなかった。
ノティスはジェーンではなく、あの子爵令嬢を選んだのか。
それならもう良いのではないか。
ジェーンにレイヴンの子を生んでもらっても――。
その障りとなるのはやはりノティスのことだ。
ジェーンはノティスと婚約の話が出た時から、ノティスの気持ちを一番に気遣っていた。
体に傷痕があること、父や義母が罪を犯し処罰を受けたこと、領地の運営が上手くいっていないこと。ジェーンには様々な瑕疵がある。
そんなところへノティスを婿入りさせるのは、マルグリットや国王がノティスを疎ましく思っているからではないか。
ノティスがそう思うのではないかと案じていたのだ。
もしジェーンが子を生んでくれたとしたら、未婚なのに純潔ではない、という瑕疵が増えることになる。
それにもし結婚後にジェーンの相手が異母兄だと知ったとしたら。
異母兄の子をジェーンが生んだと知ったとしたら。
これを企てたのはアリシアだ。国王やマルグリットに伝えるつもりはない。
むしろ2人は一番知られてはいけない人物だ。
だけどノティスは、2人が異母兄を守る為に企んだと――少なくとも黙認したと思うかもしれない。
そうしたらノティスがやっと手に入れた家族との絆をズタズタに切り裂いてしまう。
アリシアにはもうノティスを義弟として大切に思う気持ちが芽生えている。
ノティスにそんな思いをさせるわけにはいかない……。
「妃殿下?どちらへ?」
急に扉へ向かったアリシアにエレノアが驚いた声を上げる。
アリシアを1人にしないようきつく言われているので、どこへ行くとしても一緒に付いて行く。エレノアと同時に数名の侍女と待機していた騎士たちが動き出した。
アリシアはどこへ行こう、と具体的に決めているわけではなかった。
ただ部屋にいると嫌なことばかり考えてしまうので、外の空気を吸って気分を変えたかっただけだ。だけど足は自然に執務棟へ向かって行く。
レイヴンの執務室が見えるところまで来た時、執務室の前で数人の令嬢に囲まれるレイヴンが見えた。
執務中の時間であっても執務室に籠りきりということはない。書類の受け渡しに行ったり、相談事があって誰かを訪ねたりすることもある。国王に呼ばれたのかもしれない。
そうして部屋を出たところで待ち構えていた令嬢たちに捕まったのだ。
「………っ」
アリシアはくるりと方向を変えた。
レイヴンに疚しいところなんてない。
にこやかに話しているように見えたが、令嬢たちへ向けられたのは王太子としての対外的な笑顔だ。
わかっている。
だけど見ていたくなかった。
どれくらい歩いたのか。気が付いたらアリシアは中央庭園まで来ていた。
ここにはいつでも大勢の貴族が訪れている。
貴族たちは1人でいるアリシアに好奇の視線を向ける。
明らかに痩せてしまったアリシアにくすくす笑う声や眉を顰めて囁き合う声が聞こえた。
レイヴンがいては言えないことを存分に話しているのだ。
こうなることがわかっていたから最近は近づかないようにしていたのに、冷静さを失ったアリシアはうっかり1人で来てしまった。
「……義姉上?」
帰ろう、とアリシアが踵を返した時、後ろから遠慮がちな声が聞こえた。先ほどまで考えていた人の声だ。
アリシアはゆっくり振り返る。
「……ノティス殿下」
低い位置で整えられた生垣の向こうから急ぎ足て近づいて来たノティスは、アリシアへ心配そうな視線を向けていた。
貴族たちから向けられる視線や囁き声がノティスにも聞こえているのだ。アリシアを庇わなければと思ってくれたのかもしれない。
「……殿下とお会いするのはなんだか久しぶりの様な気がしますね」
「そうですね。ご無沙汰してしまい申し訳ございません」
真面に食事が摂れなくなってからアリシアは正殿へ行くのを控えていた。
お茶菓子も食べられず、嘔吐感に苦しむ姿をアイビスに見せたくなかったからだ。マルグリットたちもその気持ちを尊重してくれていた。
それでもアイビスは王太子宮に遊びに来てくれていたし、ジェイとは公務などで顔を合わせることもあった。
だけどここひと月ほどはノティスと顔を合わせていない。
アリシアはノティスの隣へ視線を動かした。
そう、ノティスは1人ではなかったのだ。
「……こちらの方は?」
「学園の友人です。……本当は6人ほどが集まるはずだったのですが、皆都合が悪くなってしまって」
ノティスと一緒にいたのは、いつかの舞踏会で見た子爵令嬢だった。
あの後も何度も王宮へ遊びに来ているのは聞いている。ノティスが友人を招く時は、この子爵令嬢が必ずいると言われていた。
子爵令嬢は名前で紹介されなかったことに不満そうな顔を見せた。
だけど何も言わずに堪えるくらいの常識はあるようだ。
「そうですか。……用事があるのでこれで失礼致しますわ」
「義姉上?!」
くるりと背中を向けたアリシアにノティスは驚いたようだ。
だけどアリシアは立ち止まることも振り返ることもしなかった。
ノティスはジェーンではなく、あの子爵令嬢を選んだのか。
それならもう良いのではないか。
ジェーンにレイヴンの子を生んでもらっても――。
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