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第2部 6章
34 暗闇の中で②
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レオナルドは隣に座ったディアナを眺める。
思えば公爵家の都合で随分振りまわしたものだ。
元々望んだ婚約でもなかったのに、公爵家の求めに応じて猛スピードで教養もマナーも身につけてくれた。
それなのに今もまた無下に扱っている。
ここ最近のレオナルドはアリシアのことで頭が一杯で、ディアナが邸に来ていても碌に話もしていない。邸にいないことも増えた。
アリシアの望むまま各地へ出掛けていたけれど、何の説明も受けていないディアナはきっと不安だっただろう。
オレリアもそうだ。
アリシアが寝付いて以来すっかり取り乱していて、ディアナへの教育も予定通り進められていない。今日も憔悴したオレリアに代わって侍女長がマナー講習を行っていた。
それでもディアナは一言も不満を口にしない。
「……最近、あまり一緒に過ごすことができずに申し訳ない」
婚約したばかりの頃は顔を合わせていてもぎこちなさを感じたものだ。
それでも一緒にお茶を飲んだり出掛けたりしていた。
今はあの頃より自然に接することができるけれど、一緒に過ごす時間は格段に減ってしまった。
「お気になさらないで下さい。レオナルド様にとって大変な時期なのはわかっているつもりです」
レオナルドと初めて言葉を交わしてからまだ2年も経っていない。
それでもディアナは、レオナルドがアリシアを大切にしていることを十分に感じ取っていた。
そのアリシアが大変な時なのだ。他に気をまわしている余裕がなくても仕方ないだろう。
それにアリシアはディアナにも良くしてくれている。
「妃殿下のことは私も聞きました。ご回復を心からお祈りしています」
ディアナに詳しい説明はしていない。他の貴族と同様に王家から公表された内容を知るだけだ。
それでもレオナルドやオレリアの様子からただ事ではないと悟ったのだろう。沈痛な面持ちで視線を下げる。
「……ディアナに迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思ってるよ」
「迷惑だなんて、そんなことを仰らないで下さいませ」
「だが、母上からの指導も滞っているだろう」
レオナルドの言葉にディアナはふるふると首を振る。
「オレリア様は妃殿下のお母様ですもの。既に嫁がれているとはいえ、心配されるのは当然のことですわ。レオナルド様だってご兄妹ではありませんか。それに私も……。ご無礼ながら、未来の義姉として義妹を案じております」
「ディアナ……」
顔を上げたディアナがふわりと微笑む。
そして部屋の奥へ視線を向けた。
灯りをつけない部屋の中は真っ暗で、廊下の灯りが入る扉付近だけが明るいという不思議な空間になっている。
「……明るい灯りが眩しい時もありますわ。暗い闇の方が心を落ち着かせてくれることも。そんな時は無理に明るいところへ出なくても良いと思います」
ディアナはごく当然のことのように普通に話す。
無理に灯りをつけなくても、レオナルドは夜が明けると明るくなった外へ出ていく。
アリシアの為にも執務を休むことはできない。王太子の側近として相応しい仕事をして、応えて貰えなくてもアリシアに会いに行く。
そして疲れて帰ったのなら、闇の中で癒されても良い。
「私は帰宅前のご挨拶に伺っただけですから、これで失礼致しますわ」
ディアナがゆっくりと立ち上がった。
ここにいるのが不快なわけではなく、疲れを癒しているレオナルドの邪魔をしたくなかったのだ。
綺麗な所作でカテーシーをしてレオナルドへ背中を向ける。
「ディアナ!」
ディアナの背中を見送っていたレオナルドは思わず呼び止めていた。
ディアナが振り返る。
「ありがとう。義姉としてアリシアを案じてくれたこと、嬉しく思う。……もしグーリッド伯爵家で何かあった時は遠慮なく言って欲しい」
レオナルドは具体的に言わなかったが、「グーリッド伯爵家」の中にはキャロルのことも含まれている。
キャロルは何か罪を犯したわけではないが、ルトビア公爵家の目を恐れた伯爵に領地へ送られた。キャロルが王都へ来ることは2度とないだろう。ディアナが公爵家へ嫁いだら会えなくなる。
もしキャロルが病に倒れたと知らせがあったとしても、公爵家の目を気にしたディアナは伯爵領へ行きたいとは言い出せない。
だけどディアナはキャロルの妹なのだ。
レオナルドがアリシアを案じるように、ディアナがキャロルを案じても良い。
そんな気持ちは正確にディアナへ伝わったようだ。
「……ありがとうございます」
ディアナは嬉しそうな笑みを残して部屋を出ていった。
思えば公爵家の都合で随分振りまわしたものだ。
元々望んだ婚約でもなかったのに、公爵家の求めに応じて猛スピードで教養もマナーも身につけてくれた。
それなのに今もまた無下に扱っている。
ここ最近のレオナルドはアリシアのことで頭が一杯で、ディアナが邸に来ていても碌に話もしていない。邸にいないことも増えた。
アリシアの望むまま各地へ出掛けていたけれど、何の説明も受けていないディアナはきっと不安だっただろう。
オレリアもそうだ。
アリシアが寝付いて以来すっかり取り乱していて、ディアナへの教育も予定通り進められていない。今日も憔悴したオレリアに代わって侍女長がマナー講習を行っていた。
それでもディアナは一言も不満を口にしない。
「……最近、あまり一緒に過ごすことができずに申し訳ない」
婚約したばかりの頃は顔を合わせていてもぎこちなさを感じたものだ。
それでも一緒にお茶を飲んだり出掛けたりしていた。
今はあの頃より自然に接することができるけれど、一緒に過ごす時間は格段に減ってしまった。
「お気になさらないで下さい。レオナルド様にとって大変な時期なのはわかっているつもりです」
レオナルドと初めて言葉を交わしてからまだ2年も経っていない。
それでもディアナは、レオナルドがアリシアを大切にしていることを十分に感じ取っていた。
そのアリシアが大変な時なのだ。他に気をまわしている余裕がなくても仕方ないだろう。
それにアリシアはディアナにも良くしてくれている。
「妃殿下のことは私も聞きました。ご回復を心からお祈りしています」
ディアナに詳しい説明はしていない。他の貴族と同様に王家から公表された内容を知るだけだ。
それでもレオナルドやオレリアの様子からただ事ではないと悟ったのだろう。沈痛な面持ちで視線を下げる。
「……ディアナに迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思ってるよ」
「迷惑だなんて、そんなことを仰らないで下さいませ」
「だが、母上からの指導も滞っているだろう」
レオナルドの言葉にディアナはふるふると首を振る。
「オレリア様は妃殿下のお母様ですもの。既に嫁がれているとはいえ、心配されるのは当然のことですわ。レオナルド様だってご兄妹ではありませんか。それに私も……。ご無礼ながら、未来の義姉として義妹を案じております」
「ディアナ……」
顔を上げたディアナがふわりと微笑む。
そして部屋の奥へ視線を向けた。
灯りをつけない部屋の中は真っ暗で、廊下の灯りが入る扉付近だけが明るいという不思議な空間になっている。
「……明るい灯りが眩しい時もありますわ。暗い闇の方が心を落ち着かせてくれることも。そんな時は無理に明るいところへ出なくても良いと思います」
ディアナはごく当然のことのように普通に話す。
無理に灯りをつけなくても、レオナルドは夜が明けると明るくなった外へ出ていく。
アリシアの為にも執務を休むことはできない。王太子の側近として相応しい仕事をして、応えて貰えなくてもアリシアに会いに行く。
そして疲れて帰ったのなら、闇の中で癒されても良い。
「私は帰宅前のご挨拶に伺っただけですから、これで失礼致しますわ」
ディアナがゆっくりと立ち上がった。
ここにいるのが不快なわけではなく、疲れを癒しているレオナルドの邪魔をしたくなかったのだ。
綺麗な所作でカテーシーをしてレオナルドへ背中を向ける。
「ディアナ!」
ディアナの背中を見送っていたレオナルドは思わず呼び止めていた。
ディアナが振り返る。
「ありがとう。義姉としてアリシアを案じてくれたこと、嬉しく思う。……もしグーリッド伯爵家で何かあった時は遠慮なく言って欲しい」
レオナルドは具体的に言わなかったが、「グーリッド伯爵家」の中にはキャロルのことも含まれている。
キャロルは何か罪を犯したわけではないが、ルトビア公爵家の目を恐れた伯爵に領地へ送られた。キャロルが王都へ来ることは2度とないだろう。ディアナが公爵家へ嫁いだら会えなくなる。
もしキャロルが病に倒れたと知らせがあったとしても、公爵家の目を気にしたディアナは伯爵領へ行きたいとは言い出せない。
だけどディアナはキャロルの妹なのだ。
レオナルドがアリシアを案じるように、ディアナがキャロルを案じても良い。
そんな気持ちは正確にディアナへ伝わったようだ。
「……ありがとうございます」
ディアナは嬉しそうな笑みを残して部屋を出ていった。
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