【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
637 / 697
第2部 6章

65 淋しさを受け入れて

しおりを挟む
「いつまでもここにいては冷えてしまいますよ」

 マリアンはいつまでもレイヴンを見送ったまま動かないアリシアに声を掛けた。
 アリシアがハッとしたように顔を上げ、お腹を撫でる。自分だけのことなら良いが、お腹の子の為に冷やしてはいけないと思ったのだろう。

「部屋へ戻るわ」

 そう言うと、踵を返して歩き出した。

 だが、アリシアが向かったのは、自室ではなくレイヴンが使っていた客室だった。使っていたといってもほとんどアリシアと一緒にいたので湯浴みや着替えの時だけである。
 アリシアはちょうど部屋から出て来たメイドを呼び止め、持っていた夜着を受け取った。
 レイヴンが使っていた夜着だ。これから洗濯へまわすところだったのだろう。
 部屋の中へ入ったアリシアは、夜着を抱き締め顔を埋める。

 レイヴンは着の身着のまま駆けて来たので何も持参していない。だから湯浴みの時も石鹸や香油はレオナルドのものを使用していた。夜着に香りが残っているとしても、レイヴンの香りというよりレオナルドの香りだろう。
 それでもアリシアが落ち着くのならそれで良い。

「妃殿下にお茶とお菓子の用意を」

 今日は1日ここで過ごすことになりそうだと悟ったマリアンは、お茶とお菓子の用意を命じる。
 アリシアの方へ視線を戻すと、アリシアが驚いたような顔でこちらを見ていた。

 アリシアはマリアンが「妃殿下」と呼んだことに驚いているようだ。
 だけどマリアンは先程も「妃殿下」と呼んだはずだ。あれはレイヴンを帰らせる為のパフォーマンスだとでも思ったのだろうか。

 マリアンは確かに貴族の娘ではないが、本家の使用人となる可能性を見据えて厳しい教育を受けていた。
 アリシアの侍女に選ばれた後は、未来の王太子妃の侍女として更に厳しい礼儀作法を叩きこまれた。
 だからレイヴンに対する態度が無礼であることも、それを見咎められず許されたのはレイヴンが寛容だからだということもわかっている。
 今でも過去にレイヴンが見せていた態度を許すつもりはないが、今はアリシアを大切にしていることや、マリアンへの態度がアリシアの目がない時でも変わらなかったことから、反省していることは認めても良いと思ったのだ。

 それにあまり酷い態度を取り続けていると、主人であるアリシアの名誉も傷つけてしまう。それだけは避けなければならない。
 アリシアが嫁いだ後も、マリアンにとって守らなければならない一番の主はアリシアなのだ。

「何です?」

「……何でもないわ」

 意味ありげにこちらを見ているアリシアへ問い掛ければ、アリシアはふるりと首を振る。
 今でも公爵家で一番のアリシアの侍女はマリアンだと思われている。そのマリアンが「妃殿下」と呼ぶのだから、皆もすぐに「妃殿下」と呼び出すだろう。アリシアへの態度も自然と改まるはずだ。 
 少し淋しい気もするが、本来ならこれはアリシアが嫁いだ時に感じるはずの淋しさだった。
 今初めてマリアンはアリシアが嫁いだのだと実感していた。



しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

処理中です...