【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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第2部 6章

66 マリブへ

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 それからのひと月はあっという間に過ぎた。
 季節はすっかり冬になり、アシェントも寒くなっているだろう。雪が降るのももうすぐだ。
 これ以上時機を延ばすことはできない。アリシアはこの週末、王領マリブへ移動することになっている。

 レイヴンは懐に入れていたハンカチーフを取り出した。
 白いハンカチーフには二羽の鳥が刺繍されている。青色の鳥と緑色の鳥で、アシェントの邸でアリシアが刺繍してくれたものだ。

 アリシアの刺繍の腕は相当なものである。
 だけど隣に座ったレイヴンが、話し掛けたり髪に口づけたりお菓子を口へ運んだりしていたので中々先へ進まない。レイヴンが帰るまでの2日間でやっとできたのがこの二羽の鳥だった。

 その時のことを思い出したレイヴンはくすっと笑った。
 纏わりつくレイヴンは邪魔だったはずなのに、アリシアは邪魔だと言わなかった。それどころか嬉しそうに笑ってくれた。
 一緒にいられることが嬉しい。
 アリシアもそう思ってくれたのだろうか。

 大判の白いハンカチーフに柄は二羽の小さな鳥だけ。
 それだけ見ると淋しいような気もするが、レイヴンが王都へ発つ時、このハンカチーフを差し出したアリシアは約束してくれたのだ。

「王宮へ戻ったら残りの刺繍を致します。ですからそれまで持っていて下さい」

 それは必ず無事に帰るという約束だった。
 アリシアにはこれから王領マリブへの移動と王都への移動が待っている。だけど必ず無事に乗り越え帰ってくると約束してくれたのだ。

 レイヴンは二羽の鳥へ口づけた。
 事あるごとにハンカチーフを取り出し口づけるレイヴンに、レオナルドは「アリシアが戻ってくるまでに擦り切れてしまうのではないですか?」と呆れた顔をする。
 だけど今日はその声も聞こえない。レオナルドはアリシアに付き添う為にアシェントへ行っているのだ。


 



「随分寒くなったわね」

 窓から外を見ていたアリシアが呟いた。
 空は晴れていても風が冷たい。もう庭園の散歩はできなくなってしまった。

 このひと月でアリシアは順調に回復し、すっかり細くなっていた体も「やや痩せ気味」くらいにはなっている。それと共にお腹も大きくなってきたので、今では誰が見ても妊娠しているとはっきりわかる。

 明日アリシアは王領マリブへ向けて邸を発つ。
 移動に付き添う為にオレリアとレオナルドが数日前からここへ来ていた。
 懐妊がわかってからオレリアと顔を合わせたのはこれが初めてだ。出迎えたアリシアを抱き締めたオレリアは肩を震わせていた。

「心配を掛けてごめんなさい。お母様……」

 そう言って謝るとオレリアは首を振った。
 子ができない辛さはオレリアも十分承知している。追い詰められたアリシアの気持ちが理解できるのだ。
 
 しばらく2人は抱き合ったまま肩を震わせていた。
 涙を拭った時、じっと様子を見ていたレオナルドがポンと頭を撫でてくれた。




「妃殿下。出立の準備はほとんどできていますが、一度確認していただけますか?」

 マリアンに呼びかけられて、アリシアは視線を部屋の中へ戻した。
 密かに移ってきたのであまり荷物はなかったはずだが、レオナルドが大量に贈ってくれた妊婦用のドレスなど、すっかり荷物が増えてしまった。まだ大きすぎて着られないドレスからスーツケースに詰め込まれ、馬車へ運ばれていく。

 マリアンはレイヴンが帰ったあの日から、アリシアを「妃殿下」と呼ぶようになった。
 それに合わせて態度も変わってくる。
 親しみのある傍付きの侍女から臣下である公爵家の侍女へ。
 アリシアは公爵家の令嬢から公爵家に滞在する高貴な客人になった。
 
 それが本来正しい姿なのだ。
 わかっているけれど、淋しい。

「マリアン、お願いがあるのだけど」

「はい。何でしょうか」

「明日王領マリブの城へ着くまで、また『お嬢様』と呼んで欲しいの」

「……それは」

 今更ではあるが、身分を無視した無礼な行いである。
 躊躇うマリアンにアリシアは悪戯っぽい笑顔を見せた。

「良いじゃない。お姉ちゃまでしょう?」

「っ!!」

 昔、まだ子どもだった頃。
 身分を正しく理解していないマリアンは、アリシアの姉のように振舞っていた。アリシアもマリアンを領地でしか会えない姉だと思っていた。

 王領マリブへ移ると今度こそ二度と会えないだろう。
 あの頃には戻れないけれど、最後の数日だけ以前のように過ごしたい。

 その思いが伝わったのだろうか。
 マリアンがニッと笑う。

「もうっ!仕方ないですねぇ!」

 それはアリシアが良く知っているマリアンの笑顔だった。




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