【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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第2部 6章

82 宝物①

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 湯浴みを終えて寝室へ入ったレイヴンはピシリと固まった。
 いつもと同じ寝室なのに、いつもと違う空間になっている。

 部屋の中には仄かに甘い香が焚かれ、いつもは戸棚に仕舞われているワインとグラスが用意されている。
 そして天蓋付きのベッドには紗のカーテンが掛けられ、その向こうに女性の姿があった。

 王太子宮の侍女が他の女性の手引きをするはずがない。
 ということは、あそこで待っているのはアリシアである。
 そしてこの演出が何を表しているのか、流石のレイヴンにも察せられた。

 これは不味い。
 アリシアの希望を察しただけで、体の中心に熱が集まってくる。
 そもそもアリシアを抱いたのは、アリシアがキトラへ向かう前だ。あれからもう1年以上が経っている。

 最近アリシアが求めていることを、レイヴンは気がついていた。
 レイヴンだってアリシアを求めている。
 アリシアが懐妊している時は、そしてクロウを生んでからも、しばらくは処理をする手伝いをしてくれていた。だけどアリシアが求める素振りを見せるようになってからは、処理をしてもらうわけにはいかずに浴室で1人で慰めていた。
 だけどそんなことで本当に満足できるはずがない。




「レイヴン様……?」

 ベッドでレイヴンを待っていたアリシアは、レイヴンが寝室へ入って来たことに気がついていた。
 だけどレイヴンが動く様子はなく、近づいてきた気配もない。
 レイヴンはどうしてしまったのか。アリシアは意を決して姿を隠すカーテンを持ち上げた。

「あ、アリシア……」

 レイヴンはアリシアの姿を見てビクリと体を震わせる。
 その瞬間アリシアは後悔した。

 レイヴンはアリシアを抱きたいと思っていないのだ。
 アリシアがこのまま迫ればきっと抱いてくれるだろう。だけどそれはレイヴンが望んですることではない。

 望まれていないのにこんな姿で待っているなんて、まるで娼婦になったようだ。
 アリシアはカッと顔に熱が集まるのを感じて目を伏せた。

「申し訳ありません……」

 小さな声で謝ると、カーテンの中へ身を隠そうとする。
 そこで慌てたのはレイヴンだ。
 アリシアが勘違いしたことは容易に想像がつく。

「待って、アリシア!嫌な訳じゃないんだ!!」

 レイヴンは慌てて駆け寄ると、しょんぼり俯いてしまったアリシアを抱き締めた。
 アリシアの身体は硬く強張っていて、レイヴンに拒絶されたと思い込んでいるとわかる。

「ごめん、アリシア……っ!本当に違うんだ……っ」 

「良いのです。お気になさらないで下さい」

 アリシアから出る弱々しい声は完全に諦めのものだ。
 このままでは誤解されたまま、二度と閨は受け入れて貰えないだろう。
 そう思ったレイヴンは恐る恐る口を開いた。

「アリシアを抱きたくない訳じゃないよ。寧ろ凄く抱きたい。ずっと我慢してたんだ!だけどアリシアを抱いたら、子ができるかもしれないだろう……?」

「え……?」

 ぽかんとして見上げるアリシアからレイヴンは視線を逸らす。
 アリシアが次の子を望んでいるのはわかっているのだ。
 だけど。

「クロウを生む時、アリシアは凄く辛そうだった。アリシアがあんな痛い思いをするなんて、知らなかったんだ……っ!」

 あの時のことを思い出すとレイヴンは今でも恐ろしくなる。
 痛み苦しむアリシアの為に、レイヴンは何もすることができなかった。
 アリシアに辛い思いはさせたくない。そう思っているのに、アリシアは子を生む度にあんな思いをしなければならないのだ。

 レイヴンもスペアとなる王子が求められることはわかっている。
 側妃を娶るつもりがない以上、少なくともあと1人は生んでもらわなければならない。
 だけど出産の度にアリシアが苦しむのかと思うと、積極的に子を作ろうとは思えなかった。

「アリシアに辛い思いはさせたくない。僕たちにはクロウがいる。クロウだけで十分だよ。ジェイだってこれから結婚して子を作るだろうし……」
 
 辛そうに顔を歪めるレイヴンをアリシアは呆然として見ていた。
 レイヴンがまさかそんなことを考えているなんて、思っていなかったのだ。




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