673 / 697
第2部 6章
最終話 永遠の絆
しおりを挟む
「アリシアに会いたい!!」
「それはわたしたちも同じです。我慢して下さい」
同じ頃レイヴンの控室になっている離宮の一室で、レイヴンとレオナルドが向向かい合っていた。部屋の中にはロバートとロバートに抱かれたクロウもいる。クロウも男の子なのでアリシアの控室には入れないのだ。クロウは「殿下もおかあちゃまに会いたいですねぇ」とロバートに顔を寄せられ、きゃっきゃと楽しそうな声を上げている。
「アリシア様のウェディングドレスは2回目ですが、美しいのでしょうね」
「それはもう、間違いないよ!!」
レイヴン、レオナルド、ロバートの3人は前回のアリシアのウェディングドレス姿を思い出しうっとりと目を細めた。3人は先程からずっとこの調子である。
挨拶に来ていたレイヴンの学友たちもジェイも呆れて早々に部屋を出ていってしまった。ノティスだけはソワソワしながら部屋を出たり入ったりしている。
「ノティス殿下、少し落ち着いて下さい」
見かねたマルセルが苦笑して声を掛ける。
レイヴンたちの様子にも動じていないところはさすがだった。
マルセルは学生時代からレイヴンがアリシアに想いを寄せているのに気づいていたのだ。
素直になれないレイヴンがアリシアと上手く話せないことにヤキモキしていた。その2人が想いを通じ合わせたことが何より嬉しい。
「お幸せそうなお2人を身近で拝見することができてわたしも幸せですよ」
この春からマルセルもレイヴンの側近として働いている。
まだ始めたばかりなので不慣れなこともあるが、元々優秀なので着実に力を伸ばしている。
レオナルドのことも先輩として上手く立てながら、それでも違うと思うことにははっきりと意見している。レオナルドも感情的にならず冷静に議論できるマルセルを気に入っているようだ。これからは2人が協力してレイヴンを盛り立ててくれるだろう。
「そろそろお時間です。皆様、教会へ移動をお願い致します」
扉の外で控えていたフランクが顔を出して声を掛ける。
それを合図に全員一斉に立ち上がった。
「クロウ、また後でね」
「ちゃーちゃ!やぁーっ!!」
「大丈夫ですよ、クロウ殿下。あちらでお父様を待ちましょうね」
レイヴンと離されてぐずるかと思われたクロウも、大好きな伯父たちがいるからかすぐにご機嫌になりルクセンヌ伯爵夫人に抱かれていく。緊張したような面持ちのノティスも、マルセルに肩を叩かれ一緒に部屋を出て行った。
1人になったレイヴンはもう一度鏡を見る。
そこには以前と同じようで違う式服を着たレイヴンが映っていた。アリシアが着るのも、以前と同じようで違うドレスである。
前回の結婚式の時は、アリシアと結婚できる喜びとアリシアの気持ちを無視した後ろめたさでいっぱいだった。
マルセルを想うアリシアを失いたくなくて、強引に式の予定を早めた。それなのにアリシアと具体的な話し合いもせずに、式の準備や新居について何も言わないアリシアに落ち込んでいたのだ。
あの時、勇気を出してもっとちゃんと話しをしていたら。
そう後悔する場面はいくらでもある。
だけど後悔が大きい分、これからアリシアを大切にしていく。
レイヴンは大きく息を吐いて表情を引き締めると部屋を後にした。
「――美しいよ、アリシア」
「ありがとうございます、お父様」
アリシアは教会の入り口でアダムと扉が開く時を待っていた。
アリシアは既に嫁いだ身だ。それなのにまたこうしてアダムとバージンロードを歩くなんて不思議な気持ちがする。しかも相手は同じレイヴンなのだ。
アダムも同じ奇妙な気持ちだろうに、付き合ってくれているのだから有難い。
「お父様、私とても幸福です。そしてこれからもっと…、幸福になります」
「……ああ、そうだな」
柔らかい笑みを湛えた愛娘の言葉にアダムが頷いた時、教会の扉が開かれた。
アリシアは一歩一歩踏みしめながらバージンロードを歩いていく。
以前の時は、参列者が多すぎて誰がいるのか確認している余裕はなかった。ただ一番前の親族席にオレリアやレオナルドたちの顔があることを心強く思ったくらいだ。
だけど今日参列してくれているのは親しい者だけである。その中にジェーンの姿はないけれど、十分幸せだ。
そう思いながら、アリシアが友人たちへ視線を向けると、そこに信じられない光景があった。
「………ジェーン?」
アリシアの視線の先にジェーンがいる。
隣にはノティスの姿もあった。
2人はレイヴンの親族席でなはなく、アリシアの友人としてカロリーナたちと並んで手を叩いている。
「どうして……」
ジェーンからは「領地を離れられない」と、欠席の返事が届いていたはずだ。「それじゃあ仕方ないね」とレイヴンも頷いていた。
それなのにレイヴンへ視線を向けると驚く素振りを見せずに嬉しそうに笑っている。
ジェーンが来るとわかっていて、アリシアを驚かせられたと喜んでいるようだ。レオナルドを見るとレオナルドも同じ顔で笑っている。
アリシアの呟きは参列者の拍手や音楽でかき消されていたはずだ。
それなのにジェーンは聞こえていたようにアリシアと視線を合わせて小さく手を振る。
アリシアの目から涙が零れ落ちた。
「レイヴン様、どうして……」
そんな場合ではないとわかっているのに、レイヴンのところへたどり着いたアリシアは我慢できずに問いかけていた。
レイヴンはアリシアの涙を指で優しく拭い、笑顔で応えてくれる。
「アリシアが喜んでくれるかなって思ったから。結婚の贈り物だよ」
だから出席するようジェーンを説得してくれたのか。
レイヴンはこうしていつもアリシアを喜ばせてくれる。
アリシアも同じように応えていきたい。
「……懐妊致しました、レイヴン様」
「…え?……ええっ?!」
「結婚の、贈り物です」
泣きながらにっこり笑ったアリシアを凝視していたレイヴンは、じわじわと意味を理解したらしくアリシアをがばっと抱き締める。
「やったーーーーーっ!!!!」
そこからはもうめちゃくちゃだった。
「体は大丈夫?疲れてない?!あっヒールなんて履いちゃ駄目だよ!!す、座らなきゃ!!」
過保護を発動したレイヴンがアリシアを抱き上げようとする。
それを見ていた参列者たちも何があったのか理解したようで驚きの声を上げている。
嬉しそうに笑いながら囁き合う声がざわめきとなって広がっていく。
「レ、レイヴン様。落ち着いて下さいませ」
アリシアには笑みを崩さない司祭の額に青筋が見えた。話を始めたのはアリシアだが、まだ式が始まったばかりなのだ。
だけどレイヴンはアリシアの声も聞こえていないようでワタワタしている。
「横にならなくて平気?具合が悪いんじゃ……。そうだ!侍医を呼ばなきゃ!!」
「だ、大丈夫ですわ。レイヴン様……」
どうすればレイヴンを落ち着かせられるのか。
アリシアは頭を抱えた。そうしている内にざわめきはどんどん大きくなっていく。
ここで皆を鎮めたのは、やはりマルグリットだった。
ピシリ、と扇で手を打つ音が響く。
それだけで皆がピタッと口を閉じた。
「落ち着きなさいな、レイヴン。今は結婚式の最中よ。式はもう止めてしまうの?」
「いえ、それは……っ!」
「アリシアはどう見ても元気でしょう。以前のことがあるから心配なのはわかるけど、騒ぎすぎよ」
その言葉にレイヴンはアリシアを見る。
「……平気?」と訊かれてアリシアは頷いた。
「アリシアも、そんなことを言えばレイヴンが騒ぐことはわかっていたでしょう。場所を考えなさい」
「はい。申し訳ございません」
アリシアがすかさず頭を下げる。
「皆も同じことですよ」
「申し訳ございませんでした」
マルグリットの視線を受けて皆が一斉に頭を下げる。
何故かマルグリットの隣で国王も頭を下げていた。
そういえば参列席から聞こえた一際大きな声は、国王の声だった気がする。
その後は結婚式も普通の流れに戻った。
荘厳な雰囲気の中でレイヴンに続いてアリシアが誓いの言葉を述べる。
以前とは違って心からの言葉だ。
「夫を愛し、支え合い、慈しみ合って、どんな時も2人力を合わせて歩んで参ります。大きな困難に立ち向かおうとする私たちを、どうかお見守り下さい」
大きな困難。
それは側妃を娶らず、このまま2人だけの夫婦で過ごすことだ。
アリシアが何人子を生もうと、側妃を娶らせようとする者は必ず現れる。レイヴンやアリシアを非難する者もいるだろう。それはレイヴンが王太子という地位にいる限り仕方のないことだ。
それでも2人は抗い続ける。
死が2人を分かつまで。
アリシアの決意をどれ程の人が認識しているのかわからない。
それでも気がつけば拍手が鳴り響いていた。
アリシアはレイヴンと顔を合わせ微笑み合う。
そっと目を閉じるとレイヴンの唇がアリシアの唇に触れた。
式が終ると教会の外で参列者たちが花婿と花嫁を待っている。
扉が開き、ジェーンの姿が見えるとアリシアは飛び出していた。
「ジェーン!!」
「アリシア様?!」
駆け寄って抱きついたアリシアにジェーンが驚いて声を上げる。
驚いているのはジェーンだけではない。淑女の鏡のようなアリシアが大きな声を出し、ドレスのまま走ったのだ。
普段であれば決して見ることのできない姿に誰もが驚き、頬を緩めた。
2人の仲は既に社交界で知れ渡っている。
親友との再会がそれ程嬉しかったのだろう。
参列者たちは「珍しいものが見れた」と喜ぶだけで、はしたないと非難する声はない。
それは扉を出た所で置き去りにされたレイヴンさえも同じだった。
「もう!懐妊されているのに走ったりして、危ないですよ」
「だって…、だって……っ!」
アリシアはジェーンに抱きついたまま話すことができない。
泣きじゃくるアリシアをジェーンはそっと抱き締めた。
結婚式後の披露パーティーはなし。
そう決まっているけれど、折角集まってくれたこれだけの人たちを何もなく帰すわけにはいかない。
感謝の気持ちを現す為にも結婚式が終わった後はガーデンパーティーを開くことにしていた。テーブルには軽食が並べられ、ワインやシャンパンも並んでいる。
そこで女主人を務めなければならないアリシアだが、レイヴンの許可を得て一刻(約30分)だけ休憩を取ることにした。
表向きは妊娠したアリシアが疲れすぎない為に。
だけど本当は泣きすぎたアリシアが人前に立てる状態ではなかったからだ。元々レイヴンはガーデンパーティーの前に2人きりで話しをさせるつもりだったらしい。
「落ち着きましたか?」
「ええ……。ごめんなさい」
激情が過ぎ去り落ち着いてくると、恥ずかしくなってくる。
あんな酷いことをしようとしたのに、アリシアはジェーンに許されることを望んでいるのだ。
仲の良い従姉妹で、友人でありたいと思ってしまう。
許されることではないのに。
「アリシア様のお気持ちを、レオ兄様から聞きました。以前のことを後悔しておられると」
「……お兄様が?」
「はい。侯爵領まで会いに来て下さったのです」
そうしてジェーンは話しだした。
レオナルドが領地へ会いに来たこと。そこで話したこと。
アリシアはジェーンに酷いことをしようとした自分に友人である資格はないと思い詰め、ジェーンはアリシアの苦境に力になれなかったことで恨まれていると思っていたことを。
「そんなっ!ジェーンを恨むことなんて!悪いのは私なのに……っ」
「はい。レオ兄様も私に非はないと仰って下さいました」
そうしてレオナルドはある提案をした。
あの時アリシアは確かに追い詰められていたけれど、あの企みは決して許されることではなかった。
アリシアは口に出さず、ジェーンが選択を迫られることもなかったけれど、このままでは2人の間に蟠りを残すことになる。それに例えジェーンが許すと言ってもアリシアは絶対に自分を許さないだろう。
「アリシア様が、私と友人である資格がないと仰っていると聞きました。私がいくらそんなことはないと言っても、アリシア様は気になさるでしょう?それならアリシア様がご自分を許しやすいように、少し罰を与えることにしたのです」
「……だから結婚式を欠席すると?」
「はい。アリシア様は、私が欠席すると聞けば悲しまれるだろうと。アリシア様が考えられていたような、私と縁を切った世界を少しだけ味わっていただくことにしました」
「私のいない世界は淋しかったでしょう?」とジェーンは微笑んだ。
アリシアの頬をまた涙が流れる。
淋しかった
辛かった
苦しかった
言葉にできない気持ちが涙と共に溢れ出していく。
「これで私からの罰は終わりです。だから二度と私を切り捨てようとしないで下さい」
ジェーンの頬にも涙が流れていた。
アリシアからの文が事務的なものになり、距離を取られていると感じていた時、ジェーンも淋しかったし辛かったのだ。
「約束するわ、ジェーン。本当にごめんなさい……っ」
2人はそのまま抱き合い、泣き続けた。
マリアンが様子を見に来た時には大変なことになっていた。
「ちゃんと話し合いはできたみたいだね」
部屋を出るとそこでレオナルドが待っていた。
エレノアではなくマリアンを寄越したのはレオナルドの機転だろう。おかげでアリシアもジェーンも侍女たちに見られる前に泣き腫らした顔を誤魔化すことができた。2人が子どもの頃から知っているマリアンは、2人の泣き顔を見慣れているし、誤魔化し方も心得ている。
「ええ。ありがとう、お兄様」
またアリシアの目に涙が滲む。
それを指でそっと拭うとレオナルドはアリシアを抱き締めた。
「仲直りできて良かった。そして懐妊おめでとう」
アリシアはレオナルドの胸に顔を埋めたままコクコク頷く。込み上げるものがあり、言葉を発したらまた泣いてしまいそうだ。
レオナルドはアリシアの頬に口づけし、続けてジェーンを抱き締める。
「アリシアを許してくれてありがとう。そうして並んでいるところを見ることができてホッとしたよ」
「そんな、私は初めから怒っていません」
ジェーンもレオナルドの胸に頬を押し付け言葉を返す。
気を緩めたら泣いてしまいそうなのだ。
結婚式でアリシアが持っていたブーケはジェーンに渡されていた。
他国にあるというブーケトスという習慣はこの国にないけれど、ジェーンにも幸福になって欲しい。
少し歩くとそこでロバートが待っていた。
何も話していないけれど、2人の様子から何かあると気がついていたらしい。
庭園までの道をアリシアはレオナルドに、ジェーンはロバートにエスコートされて歩く。
ロバートが学園を卒業するまではこうして4人で歩いていたのだ。
「アリシアっ!」
庭園に着くと、レイヴンがすぐに気がついて走ってくる。
兄妹で歩く時間は終わりだ。
「ジェーン嬢。あの、一緒に……」
「勿論ですわ」
すぐ隣ではジェーンのエスコートもノティスへ代わっていた。
先に庭園へ戻ったマリアンが、ディアナとゆっくりこちらへ近づいて来るのが見える。
一緒に歩む相手は変わっても、仲間が増えるだけで4人の絆は永遠に続いていく。
~ Fin. ~
これにて本編終了です!
長い長い間ありがとうございました!
この後、長い長いあとがきがあります(*´艸`*)
「それはわたしたちも同じです。我慢して下さい」
同じ頃レイヴンの控室になっている離宮の一室で、レイヴンとレオナルドが向向かい合っていた。部屋の中にはロバートとロバートに抱かれたクロウもいる。クロウも男の子なのでアリシアの控室には入れないのだ。クロウは「殿下もおかあちゃまに会いたいですねぇ」とロバートに顔を寄せられ、きゃっきゃと楽しそうな声を上げている。
「アリシア様のウェディングドレスは2回目ですが、美しいのでしょうね」
「それはもう、間違いないよ!!」
レイヴン、レオナルド、ロバートの3人は前回のアリシアのウェディングドレス姿を思い出しうっとりと目を細めた。3人は先程からずっとこの調子である。
挨拶に来ていたレイヴンの学友たちもジェイも呆れて早々に部屋を出ていってしまった。ノティスだけはソワソワしながら部屋を出たり入ったりしている。
「ノティス殿下、少し落ち着いて下さい」
見かねたマルセルが苦笑して声を掛ける。
レイヴンたちの様子にも動じていないところはさすがだった。
マルセルは学生時代からレイヴンがアリシアに想いを寄せているのに気づいていたのだ。
素直になれないレイヴンがアリシアと上手く話せないことにヤキモキしていた。その2人が想いを通じ合わせたことが何より嬉しい。
「お幸せそうなお2人を身近で拝見することができてわたしも幸せですよ」
この春からマルセルもレイヴンの側近として働いている。
まだ始めたばかりなので不慣れなこともあるが、元々優秀なので着実に力を伸ばしている。
レオナルドのことも先輩として上手く立てながら、それでも違うと思うことにははっきりと意見している。レオナルドも感情的にならず冷静に議論できるマルセルを気に入っているようだ。これからは2人が協力してレイヴンを盛り立ててくれるだろう。
「そろそろお時間です。皆様、教会へ移動をお願い致します」
扉の外で控えていたフランクが顔を出して声を掛ける。
それを合図に全員一斉に立ち上がった。
「クロウ、また後でね」
「ちゃーちゃ!やぁーっ!!」
「大丈夫ですよ、クロウ殿下。あちらでお父様を待ちましょうね」
レイヴンと離されてぐずるかと思われたクロウも、大好きな伯父たちがいるからかすぐにご機嫌になりルクセンヌ伯爵夫人に抱かれていく。緊張したような面持ちのノティスも、マルセルに肩を叩かれ一緒に部屋を出て行った。
1人になったレイヴンはもう一度鏡を見る。
そこには以前と同じようで違う式服を着たレイヴンが映っていた。アリシアが着るのも、以前と同じようで違うドレスである。
前回の結婚式の時は、アリシアと結婚できる喜びとアリシアの気持ちを無視した後ろめたさでいっぱいだった。
マルセルを想うアリシアを失いたくなくて、強引に式の予定を早めた。それなのにアリシアと具体的な話し合いもせずに、式の準備や新居について何も言わないアリシアに落ち込んでいたのだ。
あの時、勇気を出してもっとちゃんと話しをしていたら。
そう後悔する場面はいくらでもある。
だけど後悔が大きい分、これからアリシアを大切にしていく。
レイヴンは大きく息を吐いて表情を引き締めると部屋を後にした。
「――美しいよ、アリシア」
「ありがとうございます、お父様」
アリシアは教会の入り口でアダムと扉が開く時を待っていた。
アリシアは既に嫁いだ身だ。それなのにまたこうしてアダムとバージンロードを歩くなんて不思議な気持ちがする。しかも相手は同じレイヴンなのだ。
アダムも同じ奇妙な気持ちだろうに、付き合ってくれているのだから有難い。
「お父様、私とても幸福です。そしてこれからもっと…、幸福になります」
「……ああ、そうだな」
柔らかい笑みを湛えた愛娘の言葉にアダムが頷いた時、教会の扉が開かれた。
アリシアは一歩一歩踏みしめながらバージンロードを歩いていく。
以前の時は、参列者が多すぎて誰がいるのか確認している余裕はなかった。ただ一番前の親族席にオレリアやレオナルドたちの顔があることを心強く思ったくらいだ。
だけど今日参列してくれているのは親しい者だけである。その中にジェーンの姿はないけれど、十分幸せだ。
そう思いながら、アリシアが友人たちへ視線を向けると、そこに信じられない光景があった。
「………ジェーン?」
アリシアの視線の先にジェーンがいる。
隣にはノティスの姿もあった。
2人はレイヴンの親族席でなはなく、アリシアの友人としてカロリーナたちと並んで手を叩いている。
「どうして……」
ジェーンからは「領地を離れられない」と、欠席の返事が届いていたはずだ。「それじゃあ仕方ないね」とレイヴンも頷いていた。
それなのにレイヴンへ視線を向けると驚く素振りを見せずに嬉しそうに笑っている。
ジェーンが来るとわかっていて、アリシアを驚かせられたと喜んでいるようだ。レオナルドを見るとレオナルドも同じ顔で笑っている。
アリシアの呟きは参列者の拍手や音楽でかき消されていたはずだ。
それなのにジェーンは聞こえていたようにアリシアと視線を合わせて小さく手を振る。
アリシアの目から涙が零れ落ちた。
「レイヴン様、どうして……」
そんな場合ではないとわかっているのに、レイヴンのところへたどり着いたアリシアは我慢できずに問いかけていた。
レイヴンはアリシアの涙を指で優しく拭い、笑顔で応えてくれる。
「アリシアが喜んでくれるかなって思ったから。結婚の贈り物だよ」
だから出席するようジェーンを説得してくれたのか。
レイヴンはこうしていつもアリシアを喜ばせてくれる。
アリシアも同じように応えていきたい。
「……懐妊致しました、レイヴン様」
「…え?……ええっ?!」
「結婚の、贈り物です」
泣きながらにっこり笑ったアリシアを凝視していたレイヴンは、じわじわと意味を理解したらしくアリシアをがばっと抱き締める。
「やったーーーーーっ!!!!」
そこからはもうめちゃくちゃだった。
「体は大丈夫?疲れてない?!あっヒールなんて履いちゃ駄目だよ!!す、座らなきゃ!!」
過保護を発動したレイヴンがアリシアを抱き上げようとする。
それを見ていた参列者たちも何があったのか理解したようで驚きの声を上げている。
嬉しそうに笑いながら囁き合う声がざわめきとなって広がっていく。
「レ、レイヴン様。落ち着いて下さいませ」
アリシアには笑みを崩さない司祭の額に青筋が見えた。話を始めたのはアリシアだが、まだ式が始まったばかりなのだ。
だけどレイヴンはアリシアの声も聞こえていないようでワタワタしている。
「横にならなくて平気?具合が悪いんじゃ……。そうだ!侍医を呼ばなきゃ!!」
「だ、大丈夫ですわ。レイヴン様……」
どうすればレイヴンを落ち着かせられるのか。
アリシアは頭を抱えた。そうしている内にざわめきはどんどん大きくなっていく。
ここで皆を鎮めたのは、やはりマルグリットだった。
ピシリ、と扇で手を打つ音が響く。
それだけで皆がピタッと口を閉じた。
「落ち着きなさいな、レイヴン。今は結婚式の最中よ。式はもう止めてしまうの?」
「いえ、それは……っ!」
「アリシアはどう見ても元気でしょう。以前のことがあるから心配なのはわかるけど、騒ぎすぎよ」
その言葉にレイヴンはアリシアを見る。
「……平気?」と訊かれてアリシアは頷いた。
「アリシアも、そんなことを言えばレイヴンが騒ぐことはわかっていたでしょう。場所を考えなさい」
「はい。申し訳ございません」
アリシアがすかさず頭を下げる。
「皆も同じことですよ」
「申し訳ございませんでした」
マルグリットの視線を受けて皆が一斉に頭を下げる。
何故かマルグリットの隣で国王も頭を下げていた。
そういえば参列席から聞こえた一際大きな声は、国王の声だった気がする。
その後は結婚式も普通の流れに戻った。
荘厳な雰囲気の中でレイヴンに続いてアリシアが誓いの言葉を述べる。
以前とは違って心からの言葉だ。
「夫を愛し、支え合い、慈しみ合って、どんな時も2人力を合わせて歩んで参ります。大きな困難に立ち向かおうとする私たちを、どうかお見守り下さい」
大きな困難。
それは側妃を娶らず、このまま2人だけの夫婦で過ごすことだ。
アリシアが何人子を生もうと、側妃を娶らせようとする者は必ず現れる。レイヴンやアリシアを非難する者もいるだろう。それはレイヴンが王太子という地位にいる限り仕方のないことだ。
それでも2人は抗い続ける。
死が2人を分かつまで。
アリシアの決意をどれ程の人が認識しているのかわからない。
それでも気がつけば拍手が鳴り響いていた。
アリシアはレイヴンと顔を合わせ微笑み合う。
そっと目を閉じるとレイヴンの唇がアリシアの唇に触れた。
式が終ると教会の外で参列者たちが花婿と花嫁を待っている。
扉が開き、ジェーンの姿が見えるとアリシアは飛び出していた。
「ジェーン!!」
「アリシア様?!」
駆け寄って抱きついたアリシアにジェーンが驚いて声を上げる。
驚いているのはジェーンだけではない。淑女の鏡のようなアリシアが大きな声を出し、ドレスのまま走ったのだ。
普段であれば決して見ることのできない姿に誰もが驚き、頬を緩めた。
2人の仲は既に社交界で知れ渡っている。
親友との再会がそれ程嬉しかったのだろう。
参列者たちは「珍しいものが見れた」と喜ぶだけで、はしたないと非難する声はない。
それは扉を出た所で置き去りにされたレイヴンさえも同じだった。
「もう!懐妊されているのに走ったりして、危ないですよ」
「だって…、だって……っ!」
アリシアはジェーンに抱きついたまま話すことができない。
泣きじゃくるアリシアをジェーンはそっと抱き締めた。
結婚式後の披露パーティーはなし。
そう決まっているけれど、折角集まってくれたこれだけの人たちを何もなく帰すわけにはいかない。
感謝の気持ちを現す為にも結婚式が終わった後はガーデンパーティーを開くことにしていた。テーブルには軽食が並べられ、ワインやシャンパンも並んでいる。
そこで女主人を務めなければならないアリシアだが、レイヴンの許可を得て一刻(約30分)だけ休憩を取ることにした。
表向きは妊娠したアリシアが疲れすぎない為に。
だけど本当は泣きすぎたアリシアが人前に立てる状態ではなかったからだ。元々レイヴンはガーデンパーティーの前に2人きりで話しをさせるつもりだったらしい。
「落ち着きましたか?」
「ええ……。ごめんなさい」
激情が過ぎ去り落ち着いてくると、恥ずかしくなってくる。
あんな酷いことをしようとしたのに、アリシアはジェーンに許されることを望んでいるのだ。
仲の良い従姉妹で、友人でありたいと思ってしまう。
許されることではないのに。
「アリシア様のお気持ちを、レオ兄様から聞きました。以前のことを後悔しておられると」
「……お兄様が?」
「はい。侯爵領まで会いに来て下さったのです」
そうしてジェーンは話しだした。
レオナルドが領地へ会いに来たこと。そこで話したこと。
アリシアはジェーンに酷いことをしようとした自分に友人である資格はないと思い詰め、ジェーンはアリシアの苦境に力になれなかったことで恨まれていると思っていたことを。
「そんなっ!ジェーンを恨むことなんて!悪いのは私なのに……っ」
「はい。レオ兄様も私に非はないと仰って下さいました」
そうしてレオナルドはある提案をした。
あの時アリシアは確かに追い詰められていたけれど、あの企みは決して許されることではなかった。
アリシアは口に出さず、ジェーンが選択を迫られることもなかったけれど、このままでは2人の間に蟠りを残すことになる。それに例えジェーンが許すと言ってもアリシアは絶対に自分を許さないだろう。
「アリシア様が、私と友人である資格がないと仰っていると聞きました。私がいくらそんなことはないと言っても、アリシア様は気になさるでしょう?それならアリシア様がご自分を許しやすいように、少し罰を与えることにしたのです」
「……だから結婚式を欠席すると?」
「はい。アリシア様は、私が欠席すると聞けば悲しまれるだろうと。アリシア様が考えられていたような、私と縁を切った世界を少しだけ味わっていただくことにしました」
「私のいない世界は淋しかったでしょう?」とジェーンは微笑んだ。
アリシアの頬をまた涙が流れる。
淋しかった
辛かった
苦しかった
言葉にできない気持ちが涙と共に溢れ出していく。
「これで私からの罰は終わりです。だから二度と私を切り捨てようとしないで下さい」
ジェーンの頬にも涙が流れていた。
アリシアからの文が事務的なものになり、距離を取られていると感じていた時、ジェーンも淋しかったし辛かったのだ。
「約束するわ、ジェーン。本当にごめんなさい……っ」
2人はそのまま抱き合い、泣き続けた。
マリアンが様子を見に来た時には大変なことになっていた。
「ちゃんと話し合いはできたみたいだね」
部屋を出るとそこでレオナルドが待っていた。
エレノアではなくマリアンを寄越したのはレオナルドの機転だろう。おかげでアリシアもジェーンも侍女たちに見られる前に泣き腫らした顔を誤魔化すことができた。2人が子どもの頃から知っているマリアンは、2人の泣き顔を見慣れているし、誤魔化し方も心得ている。
「ええ。ありがとう、お兄様」
またアリシアの目に涙が滲む。
それを指でそっと拭うとレオナルドはアリシアを抱き締めた。
「仲直りできて良かった。そして懐妊おめでとう」
アリシアはレオナルドの胸に顔を埋めたままコクコク頷く。込み上げるものがあり、言葉を発したらまた泣いてしまいそうだ。
レオナルドはアリシアの頬に口づけし、続けてジェーンを抱き締める。
「アリシアを許してくれてありがとう。そうして並んでいるところを見ることができてホッとしたよ」
「そんな、私は初めから怒っていません」
ジェーンもレオナルドの胸に頬を押し付け言葉を返す。
気を緩めたら泣いてしまいそうなのだ。
結婚式でアリシアが持っていたブーケはジェーンに渡されていた。
他国にあるというブーケトスという習慣はこの国にないけれど、ジェーンにも幸福になって欲しい。
少し歩くとそこでロバートが待っていた。
何も話していないけれど、2人の様子から何かあると気がついていたらしい。
庭園までの道をアリシアはレオナルドに、ジェーンはロバートにエスコートされて歩く。
ロバートが学園を卒業するまではこうして4人で歩いていたのだ。
「アリシアっ!」
庭園に着くと、レイヴンがすぐに気がついて走ってくる。
兄妹で歩く時間は終わりだ。
「ジェーン嬢。あの、一緒に……」
「勿論ですわ」
すぐ隣ではジェーンのエスコートもノティスへ代わっていた。
先に庭園へ戻ったマリアンが、ディアナとゆっくりこちらへ近づいて来るのが見える。
一緒に歩む相手は変わっても、仲間が増えるだけで4人の絆は永遠に続いていく。
~ Fin. ~
これにて本編終了です!
長い長い間ありがとうございました!
この後、長い長いあとがきがあります(*´艸`*)
2
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる