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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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『ヴィラント伯爵家の長女、ルイザを側妃とする』
王家からの使者が訪れた時、ヴィラント伯爵家は驚愕に包まれた。
長く子どもに恵まれない国王が世継ぎを儲ける為に側妃選びを始めたという噂は聞いていたが、伯爵に娘を差し出そうという野心はなく、王家からの打診を受けたわけでもなかったからだ。側妃選びの噂を聞いても「高貴な方は大変だな」と思うくらいで他人事だった伯爵家にとって、寝耳に水の報せだった。
「ルイザを陛下の側妃に……?」
使者から手渡された通知書に目を通したヴィラント伯爵は呆然として呟いた。
何故ルイザが選ばれたのか、まとまらない思考で考えても思い当たる理由がない。確かに子を望む王家にとって今年19歳になるルイザは最適な年回りと言えるだろうが、今年19になる令嬢はルイザだけではないのだ。
どこかの夜会で国王に見初められた……という可能性もなかった。
ヴィラント伯爵家の領地は10年以上も前に起こった災害から立ち直れず、未だに困窮している。時間を掛けて復興し、少しずつ持ち直してきてはいるが、王都に出ていくような余裕はなく、王国に住まう貴族が必ず出席しなければならない王宮の舞踏会もそれを理由に出席を免除されていた。
それにルイザは王都の学園にも通っていない。
貴族の子息息女であれば王立学園に通うのを誉れとしているが、それだけ王立学園は学費も多く掛かるものだ。王都に滞在する為のタウンハウスも伯爵家は既に手放してしまっている。ルイザもそんな伯爵家の現状を正しく理解していて学園に通いたいと言うこともなく、貴族令嬢に必要な教育も家庭教師を雇う金がないので母の伯爵夫人から必要最低限教えられただけで終えていた。
つまりルイザはこれまで王都を訪れたことがないのだ。
何故王家と縁もゆかりも無いルイザが側妃に選ばれたのか。不審に思わなかったわけではない。
だけど使者が携えてきたのは、確かに王家の封蝋が押された正式な通知書である。
田舎の一地方を治めるだけで有力貴族に繋がりがあるわけでもない伯爵家に断る選択肢などなかった。
そこからは転がるように物事が進んでいく。
王宮に入る日は半年後と定められ、王家からの支度金で嫁入り調度品を慌てて調達していく。悩んだり迷ったりしている暇はなかった。
ルイザは激流に押し流されるようにして住み慣れた領地を発ち、王宮の門をくぐっていた。
「わあ……凄い!なんて美しいのでしょう」
馬車の窓から外を見ていたルイザは感嘆の声を上げた。
ルイザにとって王宮の正門も宮殿に続く庭園も初めて見るものだ。意匠を凝らした城門も陽の光を浴びて咲き誇る花々もキラキラと輝いて見える。
ルイザは国王の待つ宮殿に刻々と近づいているのを感じて高鳴る胸を抑えることができなかった。
「陛下はどんな方かしら?」
「どうして私を選んで下さったのかしら」
側妃に選ばれたと知ってから何度も繰り返した問いだ。
ヴィラント伯爵家ではその答えを得ることができなかった。父も母も弟妹たちも皆同じ疑問を抱えていたからだ。
だけど国王に会えばその答えを知ることができる。
10歳以上も年の離れた国王に嫁ぐことに不安がないわけではない。だけど早くに即位した国王はまだ若く、凛々しい絵姿がヴィラント伯爵家の領地でも要所要所に掲げられている。
王妃の存在が気にならないわけではないが、ルイザを選んでくれたのは国王なのだ。何故選ばれたのかはわからないけれど、国王の目に留まる何かがあっただろう。
この時のルイザは、最も高貴な身分の男に選ばれた幸運に舞い上がり、幸せな結婚生活を思い描いた、ごく普通の貴族令嬢だった。
王家からの使者が訪れた時、ヴィラント伯爵家は驚愕に包まれた。
長く子どもに恵まれない国王が世継ぎを儲ける為に側妃選びを始めたという噂は聞いていたが、伯爵に娘を差し出そうという野心はなく、王家からの打診を受けたわけでもなかったからだ。側妃選びの噂を聞いても「高貴な方は大変だな」と思うくらいで他人事だった伯爵家にとって、寝耳に水の報せだった。
「ルイザを陛下の側妃に……?」
使者から手渡された通知書に目を通したヴィラント伯爵は呆然として呟いた。
何故ルイザが選ばれたのか、まとまらない思考で考えても思い当たる理由がない。確かに子を望む王家にとって今年19歳になるルイザは最適な年回りと言えるだろうが、今年19になる令嬢はルイザだけではないのだ。
どこかの夜会で国王に見初められた……という可能性もなかった。
ヴィラント伯爵家の領地は10年以上も前に起こった災害から立ち直れず、未だに困窮している。時間を掛けて復興し、少しずつ持ち直してきてはいるが、王都に出ていくような余裕はなく、王国に住まう貴族が必ず出席しなければならない王宮の舞踏会もそれを理由に出席を免除されていた。
それにルイザは王都の学園にも通っていない。
貴族の子息息女であれば王立学園に通うのを誉れとしているが、それだけ王立学園は学費も多く掛かるものだ。王都に滞在する為のタウンハウスも伯爵家は既に手放してしまっている。ルイザもそんな伯爵家の現状を正しく理解していて学園に通いたいと言うこともなく、貴族令嬢に必要な教育も家庭教師を雇う金がないので母の伯爵夫人から必要最低限教えられただけで終えていた。
つまりルイザはこれまで王都を訪れたことがないのだ。
何故王家と縁もゆかりも無いルイザが側妃に選ばれたのか。不審に思わなかったわけではない。
だけど使者が携えてきたのは、確かに王家の封蝋が押された正式な通知書である。
田舎の一地方を治めるだけで有力貴族に繋がりがあるわけでもない伯爵家に断る選択肢などなかった。
そこからは転がるように物事が進んでいく。
王宮に入る日は半年後と定められ、王家からの支度金で嫁入り調度品を慌てて調達していく。悩んだり迷ったりしている暇はなかった。
ルイザは激流に押し流されるようにして住み慣れた領地を発ち、王宮の門をくぐっていた。
「わあ……凄い!なんて美しいのでしょう」
馬車の窓から外を見ていたルイザは感嘆の声を上げた。
ルイザにとって王宮の正門も宮殿に続く庭園も初めて見るものだ。意匠を凝らした城門も陽の光を浴びて咲き誇る花々もキラキラと輝いて見える。
ルイザは国王の待つ宮殿に刻々と近づいているのを感じて高鳴る胸を抑えることができなかった。
「陛下はどんな方かしら?」
「どうして私を選んで下さったのかしら」
側妃に選ばれたと知ってから何度も繰り返した問いだ。
ヴィラント伯爵家ではその答えを得ることができなかった。父も母も弟妹たちも皆同じ疑問を抱えていたからだ。
だけど国王に会えばその答えを知ることができる。
10歳以上も年の離れた国王に嫁ぐことに不安がないわけではない。だけど早くに即位した国王はまだ若く、凛々しい絵姿がヴィラント伯爵家の領地でも要所要所に掲げられている。
王妃の存在が気にならないわけではないが、ルイザを選んでくれたのは国王なのだ。何故選ばれたのかはわからないけれど、国王の目に留まる何かがあっただろう。
この時のルイザは、最も高貴な身分の男に選ばれた幸運に舞い上がり、幸せな結婚生活を思い描いた、ごく普通の貴族令嬢だった。
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