影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
33 / 142
2章 ~過去 カールとエリザベート~

10

しおりを挟む
 それから半年の準備期間を経てカールの戴冠式が終わると、前国王夫妻は隠居先の離宮へ移った。
 夫に手を取られて、それでも何度も振り返りながら馬車へ乗り込む義母の姿に、エリザベートは申し訳ない気持ちになる。跡継ぎのいないことが気持ちの負担になっているのは明らかだ。
 これまでの感謝と謝罪の気持ちを込めて、エリザベートは走り去る馬車が見えなくなるまで見送った。




 国王と王妃になったカールとエリザベートは、それぞれ鳳凰の宮と薔薇の宮へ移る。
 薔薇の宮に足を踏み入れたエリザベートは大きく息をついた。子どもの頃から何度も招かれ、見慣れたはずの場所なのに、すっかり変わっていたからだ。壁紙の色も絨毯も家具も、すべてエリザベートの好みになっている。

「お義母様はもういらっしゃらないのね……」

 当たり前のことが身に沁みた。
 エリザベートがこの宮の主になったのだ。





「カール様、お庭を歩きませんか?」

 エリザベートはソファで寛ぐカールを散歩に誘った。
 薔薇の宮に移ってからも、2人の生活はほとんど変わっていない。
 カールは毎日エリザベートの元を訪れる。一緒に夕食を食べ、一緒に眠って、一緒に朝を迎えるのだ。休日になるとこうして1日一緒に過ごす。

「良いね。ここの庭は久しぶりだな」

 カールにとって薔薇の宮は生まれ育った宮だ。だけど黎明の宮へ移ってからはあまり訪れていなかった。 
 前王妃とは公務で顔を合わせるので、それ程離れている気もしなかったのだろう。エリザベートが度々訪れていたので安心していたのかもしれない。
 
 カールと並んで歩きながら、エリザベートは昔を思い出していた。
 妃教育の後、この庭園で何度もカールとお茶会をした。手を繋いで歩いたこともある。向こうの東屋では侍女たちに隠れてこっそりとキスをした。

「ここは変わらないな。なんだか昔に戻ったような、不思議な感じがするよ」

「お義母様は、私が主になれば好きに変えて良いと仰って下さいました。ですが私は変えたくなかったのです。ここは思い出の場所ですから」

「……そうだね」

 調度品などとは違って花や木を離宮へ移すことはできない。
 前王妃は自分が去った後、エリザベートの好みに変えるよう言ってくれた。
 だけどエリザベートはこの庭が好きなのだ。
 優しい顔で笑うカールも、一緒に過ごした過去を思い出しているのだろうか。

 薔薇の宮と呼ばれるこの宮殿だが、実のところ薔薇の花はほとんど植えられていない。あったとしてもずっと奥まった場所で、子どもの足では行けない距離になっている。
 それは薔薇の花に棘があるからだ。
 子どもが触って怪我をしないように考えられている。

「お義母様には最後まで心配を掛けてしまって……。申し訳ないですわ」

「そうだね……。だけどきっと良い報告ができる日が来るよ」

 カールとエリザベートには、前王妃にも話していない秘密があった。
 それは結婚してこれまでの間に、エリザベートが二度身籠っていることだ。だけど子の育つ力や弱かったのか、子を育てる力が弱かったのか、早い段階で流れてしまっている。

「そうだと良いのですが……」

 エリザベートはそっと腹に手を当てた。
 無理だと思っていたのに懐妊することができた。
 そうしたら今度は、生みたいという欲望に駆られる。
 
 どうか私たちのところに奇跡が訪れますように。

 2人は同じ気持ちで抱き締め合った。



 

 だから3回目の兆候が現れた時は、エリザベートはすべての公務を休んで安静に努めた。
 王太子妃の時に比べて責任は重くなっていたけれど、焦る気持ちをぐっと堪えてベッドに横になる。
 それに妃の一番重要な仕事は世継ぎを生むことなのだ。
 寝室に籠ったエリザベートをカールは全面的に支援してくれた。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

処理中です...