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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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それから半年の準備期間を経てカールの戴冠式が終わると、前国王夫妻は隠居先の離宮へ移った。
夫に手を取られて、それでも何度も振り返りながら馬車へ乗り込む義母の姿に、エリザベートは申し訳ない気持ちになる。跡継ぎのいないことが気持ちの負担になっているのは明らかだ。
これまでの感謝と謝罪の気持ちを込めて、エリザベートは走り去る馬車が見えなくなるまで見送った。
国王と王妃になったカールとエリザベートは、それぞれ鳳凰の宮と薔薇の宮へ移る。
薔薇の宮に足を踏み入れたエリザベートは大きく息をついた。子どもの頃から何度も招かれ、見慣れたはずの場所なのに、すっかり変わっていたからだ。壁紙の色も絨毯も家具も、すべてエリザベートの好みになっている。
「お義母様はもういらっしゃらないのね……」
当たり前のことが身に沁みた。
エリザベートがこの宮の主になったのだ。
「カール様、お庭を歩きませんか?」
エリザベートはソファで寛ぐカールを散歩に誘った。
薔薇の宮に移ってからも、2人の生活はほとんど変わっていない。
カールは毎日エリザベートの元を訪れる。一緒に夕食を食べ、一緒に眠って、一緒に朝を迎えるのだ。休日になるとこうして1日一緒に過ごす。
「良いね。ここの庭は久しぶりだな」
カールにとって薔薇の宮は生まれ育った宮だ。だけど黎明の宮へ移ってからはあまり訪れていなかった。
前王妃とは公務で顔を合わせるので、それ程離れている気もしなかったのだろう。エリザベートが度々訪れていたので安心していたのかもしれない。
カールと並んで歩きながら、エリザベートは昔を思い出していた。
妃教育の後、この庭園で何度もカールとお茶会をした。手を繋いで歩いたこともある。向こうの東屋では侍女たちに隠れてこっそりとキスをした。
「ここは変わらないな。なんだか昔に戻ったような、不思議な感じがするよ」
「お義母様は、私が主になれば好きに変えて良いと仰って下さいました。ですが私は変えたくなかったのです。ここは思い出の場所ですから」
「……そうだね」
調度品などとは違って花や木を離宮へ移すことはできない。
前王妃は自分が去った後、エリザベートの好みに変えるよう言ってくれた。
だけどエリザベートはこの庭が好きなのだ。
優しい顔で笑うカールも、一緒に過ごした過去を思い出しているのだろうか。
薔薇の宮と呼ばれるこの宮殿だが、実のところ薔薇の花はほとんど植えられていない。あったとしてもずっと奥まった場所で、子どもの足では行けない距離になっている。
それは薔薇の花に棘があるからだ。
子どもが触って怪我をしないように考えられている。
「お義母様には最後まで心配を掛けてしまって……。申し訳ないですわ」
「そうだね……。だけどきっと良い報告ができる日が来るよ」
カールとエリザベートには、前王妃にも話していない秘密があった。
それは結婚してこれまでの間に、エリザベートが二度身籠っていることだ。だけど子の育つ力や弱かったのか、子を育てる力が弱かったのか、早い段階で流れてしまっている。
「そうだと良いのですが……」
エリザベートはそっと腹に手を当てた。
無理だと思っていたのに懐妊することができた。
そうしたら今度は、生みたいという欲望に駆られる。
どうか私たちのところに奇跡が訪れますように。
2人は同じ気持ちで抱き締め合った。
だから3回目の兆候が現れた時は、エリザベートはすべての公務を休んで安静に努めた。
王太子妃の時に比べて責任は重くなっていたけれど、焦る気持ちをぐっと堪えてベッドに横になる。
それに妃の一番重要な仕事は世継ぎを生むことなのだ。
寝室に籠ったエリザベートをカールは全面的に支援してくれた。
夫に手を取られて、それでも何度も振り返りながら馬車へ乗り込む義母の姿に、エリザベートは申し訳ない気持ちになる。跡継ぎのいないことが気持ちの負担になっているのは明らかだ。
これまでの感謝と謝罪の気持ちを込めて、エリザベートは走り去る馬車が見えなくなるまで見送った。
国王と王妃になったカールとエリザベートは、それぞれ鳳凰の宮と薔薇の宮へ移る。
薔薇の宮に足を踏み入れたエリザベートは大きく息をついた。子どもの頃から何度も招かれ、見慣れたはずの場所なのに、すっかり変わっていたからだ。壁紙の色も絨毯も家具も、すべてエリザベートの好みになっている。
「お義母様はもういらっしゃらないのね……」
当たり前のことが身に沁みた。
エリザベートがこの宮の主になったのだ。
「カール様、お庭を歩きませんか?」
エリザベートはソファで寛ぐカールを散歩に誘った。
薔薇の宮に移ってからも、2人の生活はほとんど変わっていない。
カールは毎日エリザベートの元を訪れる。一緒に夕食を食べ、一緒に眠って、一緒に朝を迎えるのだ。休日になるとこうして1日一緒に過ごす。
「良いね。ここの庭は久しぶりだな」
カールにとって薔薇の宮は生まれ育った宮だ。だけど黎明の宮へ移ってからはあまり訪れていなかった。
前王妃とは公務で顔を合わせるので、それ程離れている気もしなかったのだろう。エリザベートが度々訪れていたので安心していたのかもしれない。
カールと並んで歩きながら、エリザベートは昔を思い出していた。
妃教育の後、この庭園で何度もカールとお茶会をした。手を繋いで歩いたこともある。向こうの東屋では侍女たちに隠れてこっそりとキスをした。
「ここは変わらないな。なんだか昔に戻ったような、不思議な感じがするよ」
「お義母様は、私が主になれば好きに変えて良いと仰って下さいました。ですが私は変えたくなかったのです。ここは思い出の場所ですから」
「……そうだね」
調度品などとは違って花や木を離宮へ移すことはできない。
前王妃は自分が去った後、エリザベートの好みに変えるよう言ってくれた。
だけどエリザベートはこの庭が好きなのだ。
優しい顔で笑うカールも、一緒に過ごした過去を思い出しているのだろうか。
薔薇の宮と呼ばれるこの宮殿だが、実のところ薔薇の花はほとんど植えられていない。あったとしてもずっと奥まった場所で、子どもの足では行けない距離になっている。
それは薔薇の花に棘があるからだ。
子どもが触って怪我をしないように考えられている。
「お義母様には最後まで心配を掛けてしまって……。申し訳ないですわ」
「そうだね……。だけどきっと良い報告ができる日が来るよ」
カールとエリザベートには、前王妃にも話していない秘密があった。
それは結婚してこれまでの間に、エリザベートが二度身籠っていることだ。だけど子の育つ力や弱かったのか、子を育てる力が弱かったのか、早い段階で流れてしまっている。
「そうだと良いのですが……」
エリザベートはそっと腹に手を当てた。
無理だと思っていたのに懐妊することができた。
そうしたら今度は、生みたいという欲望に駆られる。
どうか私たちのところに奇跡が訪れますように。
2人は同じ気持ちで抱き締め合った。
だから3回目の兆候が現れた時は、エリザベートはすべての公務を休んで安静に努めた。
王太子妃の時に比べて責任は重くなっていたけれど、焦る気持ちをぐっと堪えてベッドに横になる。
それに妃の一番重要な仕事は世継ぎを生むことなのだ。
寝室に籠ったエリザベートをカールは全面的に支援してくれた。
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