影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
32 / 142
2章 ~過去 カールとエリザベート~

9

しおりを挟む
 その年が明けると国王は退位を決めた。
 内々に呼び出されて決定を告げられたカールとエリザベートは粛々と受け止める。

 早すぎる退位に驚きはあった。
 だけど最近、王妃が体調を崩すことが増えたのだ。
 2人の王子が巣立ったこともあって区切りをつけると決めたようだ。



「こんなことになってしまってごめんなさいね。大袈裟だと申し上げたのだけど、聞き入れて下さらなくて」

「陛下はそれだけ王妃様を大切に想われているのですわ。素敵なことではありませんか」

 申し訳なさそうに目を伏せる王妃にエリザベートは笑顔で応える。
 妃の中で公務に携わるのは通常正妃だけだ。
 だけど病気などの事情があって正妃が公務に携われない時は、一時的に側妃に代行させることもできる。
 それでも国王は、側妃に正妃の代わりをさせることを望まなかった。「隣に並び立つのは王妃だけ」と決めているのだろう。それはエリザベートにとって羨ましいことである。

「まだもう少し、時間ときがあると思っていたのだけど……」

「そんなにお気になさらないで下さいませ」

 エリザベートは首を振る。
 王妃が気にしているのは、跡継ぎがいないまま王位を譲ることだろう。
 エリザベートが嫁いでもうすぐ4年になるが、まだ世間から世継ぎを求める声は上がっていない。
 それは王家に子どもが生まれても3歳の誕生日を迎えるまで隠される習慣によるところが大きかった。庶民たちはまだ明かされていないだけで、既に子が育っているかもしれないと密かに期待しているのである。
 だけど王宮に出入りしている貴族たちはそうはいかない。彼らは公務に当たるエリザベートを見ているので、懐妊していないことを知っている。
 カールが王位に就いてしまえば、娘を側妃に差し出そうという者も出てくるだろう。

「……あの子は、継承権を捨てることも考えていたのよ。あなたたちのことを思えば、その方が良かったのでしょう。だけど国のことを思うと認めることはできなかったの」

 王籍を離れて身軽な立場になれば、必ず跡継ぎを必要とすることもなかった。一代限りの公爵としてカールが亡くなった時に爵位を返上しても良かったし、縁戚から養子を取ることもできるのだ。
 だけどあの時は第二王子がいた。愚かな王子だが、国王の子であることに間違いはない。
 カールが王太子位を降りると知れば、担ぎ上げようとする者が出て来たはずだ。

 せめて第二王子と第三王子の齢が反対であれば。
 カールの願いを聞き入れる道もあっただろう。

「いいえ、いいえ。そのお話は私も聞きました。ですが私は止めたのです。私の為に王位を捨てるなど、望んでおりません」

 エリザベートはカールが王位を継ぐ為に、幼い頃から人一倍努力しているのを一番近くで見ていたのだ。
 そんなカールを支えられるようになりたいと、隣にいて恥ずかしくないようにと、必死に妃教育を受けた。
 それなのに自分の為に王位を捨てさせるなんて、とんでもないことだった。
 
「私はすべて受け入れています。それで良いのです!何の問題もございませんわ」

「………リーザ」

 王妃はエリザベートの愛称を呼んだ。そして「あの子に怒られてしまうわね」と笑う。
「リーザ」はカールだけが呼んで良い愛称ということになっているのだ。

「お義母様は何も心配せずに療養なさって下さい」

 エリザベートがにっこり笑う。
 王妃はそれ以上何も言えないようだった。

 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

処理中です...