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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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その年が明けると国王は退位を決めた。
内々に呼び出されて決定を告げられたカールとエリザベートは粛々と受け止める。
早すぎる退位に驚きはあった。
だけど最近、王妃が体調を崩すことが増えたのだ。
2人の王子が巣立ったこともあって区切りをつけると決めたようだ。
「こんなことになってしまってごめんなさいね。大袈裟だと申し上げたのだけど、聞き入れて下さらなくて」
「陛下はそれだけ王妃様を大切に想われているのですわ。素敵なことではありませんか」
申し訳なさそうに目を伏せる王妃にエリザベートは笑顔で応える。
妃の中で公務に携わるのは通常正妃だけだ。
だけど病気などの事情があって正妃が公務に携われない時は、一時的に側妃に代行させることもできる。
それでも国王は、側妃に正妃の代わりをさせることを望まなかった。「隣に並び立つのは王妃だけ」と決めているのだろう。それはエリザベートにとって羨ましいことである。
「まだもう少し、時間があると思っていたのだけど……」
「そんなにお気になさらないで下さいませ」
エリザベートは首を振る。
王妃が気にしているのは、跡継ぎがいないまま王位を譲ることだろう。
エリザベートが嫁いでもうすぐ4年になるが、まだ世間から世継ぎを求める声は上がっていない。
それは王家に子どもが生まれても3歳の誕生日を迎えるまで隠される習慣によるところが大きかった。庶民たちはまだ明かされていないだけで、既に子が育っているかもしれないと密かに期待しているのである。
だけど王宮に出入りしている貴族たちはそうはいかない。彼らは公務に当たるエリザベートを見ているので、懐妊していないことを知っている。
カールが王位に就いてしまえば、娘を側妃に差し出そうという者も出てくるだろう。
「……あの子は、継承権を捨てることも考えていたのよ。あなたたちのことを思えば、その方が良かったのでしょう。だけど国のことを思うと認めることはできなかったの」
王籍を離れて身軽な立場になれば、必ず跡継ぎを必要とすることもなかった。一代限りの公爵としてカールが亡くなった時に爵位を返上しても良かったし、縁戚から養子を取ることもできるのだ。
だけどあの時は第二王子がいた。愚かな王子だが、国王の子であることに間違いはない。
カールが王太子位を降りると知れば、担ぎ上げようとする者が出て来たはずだ。
せめて第二王子と第三王子の齢が反対であれば。
カールの願いを聞き入れる道もあっただろう。
「いいえ、いいえ。そのお話は私も聞きました。ですが私は止めたのです。私の為に王位を捨てるなど、望んでおりません」
エリザベートはカールが王位を継ぐ為に、幼い頃から人一倍努力しているのを一番近くで見ていたのだ。
そんなカールを支えられるようになりたいと、隣にいて恥ずかしくないようにと、必死に妃教育を受けた。
それなのに自分の為に王位を捨てさせるなんて、とんでもないことだった。
「私はすべて受け入れています。それで良いのです!何の問題もございませんわ」
「………リーザ」
王妃はエリザベートの愛称を呼んだ。そして「あの子に怒られてしまうわね」と笑う。
「リーザ」はカールだけが呼んで良い愛称ということになっているのだ。
「お義母様は何も心配せずに療養なさって下さい」
エリザベートがにっこり笑う。
王妃はそれ以上何も言えないようだった。
内々に呼び出されて決定を告げられたカールとエリザベートは粛々と受け止める。
早すぎる退位に驚きはあった。
だけど最近、王妃が体調を崩すことが増えたのだ。
2人の王子が巣立ったこともあって区切りをつけると決めたようだ。
「こんなことになってしまってごめんなさいね。大袈裟だと申し上げたのだけど、聞き入れて下さらなくて」
「陛下はそれだけ王妃様を大切に想われているのですわ。素敵なことではありませんか」
申し訳なさそうに目を伏せる王妃にエリザベートは笑顔で応える。
妃の中で公務に携わるのは通常正妃だけだ。
だけど病気などの事情があって正妃が公務に携われない時は、一時的に側妃に代行させることもできる。
それでも国王は、側妃に正妃の代わりをさせることを望まなかった。「隣に並び立つのは王妃だけ」と決めているのだろう。それはエリザベートにとって羨ましいことである。
「まだもう少し、時間があると思っていたのだけど……」
「そんなにお気になさらないで下さいませ」
エリザベートは首を振る。
王妃が気にしているのは、跡継ぎがいないまま王位を譲ることだろう。
エリザベートが嫁いでもうすぐ4年になるが、まだ世間から世継ぎを求める声は上がっていない。
それは王家に子どもが生まれても3歳の誕生日を迎えるまで隠される習慣によるところが大きかった。庶民たちはまだ明かされていないだけで、既に子が育っているかもしれないと密かに期待しているのである。
だけど王宮に出入りしている貴族たちはそうはいかない。彼らは公務に当たるエリザベートを見ているので、懐妊していないことを知っている。
カールが王位に就いてしまえば、娘を側妃に差し出そうという者も出てくるだろう。
「……あの子は、継承権を捨てることも考えていたのよ。あなたたちのことを思えば、その方が良かったのでしょう。だけど国のことを思うと認めることはできなかったの」
王籍を離れて身軽な立場になれば、必ず跡継ぎを必要とすることもなかった。一代限りの公爵としてカールが亡くなった時に爵位を返上しても良かったし、縁戚から養子を取ることもできるのだ。
だけどあの時は第二王子がいた。愚かな王子だが、国王の子であることに間違いはない。
カールが王太子位を降りると知れば、担ぎ上げようとする者が出て来たはずだ。
せめて第二王子と第三王子の齢が反対であれば。
カールの願いを聞き入れる道もあっただろう。
「いいえ、いいえ。そのお話は私も聞きました。ですが私は止めたのです。私の為に王位を捨てるなど、望んでおりません」
エリザベートはカールが王位を継ぐ為に、幼い頃から人一倍努力しているのを一番近くで見ていたのだ。
そんなカールを支えられるようになりたいと、隣にいて恥ずかしくないようにと、必死に妃教育を受けた。
それなのに自分の為に王位を捨てさせるなんて、とんでもないことだった。
「私はすべて受け入れています。それで良いのです!何の問題もございませんわ」
「………リーザ」
王妃はエリザベートの愛称を呼んだ。そして「あの子に怒られてしまうわね」と笑う。
「リーザ」はカールだけが呼んで良い愛称ということになっているのだ。
「お義母様は何も心配せずに療養なさって下さい」
エリザベートがにっこり笑う。
王妃はそれ以上何も言えないようだった。
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