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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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「王妃殿下へのご挨拶ですので、派手すぎるドレスはお控え下さい」
ドレッシングルームへ入るとイーネがすぐにそう言った。
奥のクローゼットから薄いピンクのシンプルなドレスを持ち出したミザリーがイーネに見せる。イーネは「良いでしょう」と頷いた。
イーネは侍女頭でありながら、教育係でもあるのかもしれない。
先に王宮へ着いたミザリーは、ここで王宮侍女としての教育を受けていたはずだ。
経営が傾いたヴィラント伯爵家では使用人の教育も満足にできていなかった。伯爵も伯爵夫人も領内の立て直しに忙しく、邸内のことまで手がまわらなかったからだ。
それなのに王宮に仕える侍女になって、ミザリーは戸惑っただろう。
ルイザが強要したわけではなく、1人で王都へ行くルイザを心配して自ら申し出てくれたことだが、王家とヴィラント伯爵家では礼儀も作法も何もかもが違うのだ。これまで1人で肩身の狭い思いをしていたのかもしれない。
今も選んだドレスを認められたミザリーはホッとした顔をしている。
ホッとしたのはルイザも同じだった。
領地で特別講師の授業を受けたとはいえ、半年間で詰め込まれた知識だ。側妃としてその場に応じた装いと振る舞いを求められると言われても不安しかない。知識の足りない部分をイーネが補ってくれるなら安心できる。
領地を発つ前にルイザは伯爵夫妻から王妃に礼を尽くすよう言われていた。
ルイザと違って2人は婚姻前の国王と王妃を知っているのだ。
2人は幼い頃から仲睦まじく、似合いのカップルだと言われていたらしい。互いに想い合い慈しみ合う姿に憧れていた者も多いという。
それなのにこんな形で側妃を迎えることになるなんてどんなに無念なことなのか。王妃殿下に礼を尽くし、多少のことは飲み込みなさい、と言っていた。
それが己の身を護ることにもなるだろう、とも。
ルイザはそれを「王妃殿下にきつく当たられても多少のことなら我慢しなさい」という意味だと捉えていた。
だけど王妃が子を授かれなかったのはルイザのせいではない。
それにやがてルイザが子を生み、その子が王太子、国王となれば国母となるのはルイザなのだ。いくら王妃が正妃で公爵家の出身でも、いずれ権力の中枢から弾かれるのは王妃である。
特別講師は公式な場に出席するのは王妃だけだと言っていた。
だけど王太子が成長すればその生母を軽視することはできなくなる。そうすればルイザも公の場に出ることになるだろう。
イーネはその時の為につけられた教育係なのだ。
子が生まれて立太子するまでの数年間で、ルイザを妃として相応しくなるよう教えてくれるのだろう。
ルイザのこの予測は半分当たっていた。
というのも、イーネを侍女頭に選んだのはカールなのだ。エリザベートはカールに「妃教育どころか淑女教育も心許ない令嬢なんだ。適切な助言ができる侍女が必要だろう」と言われて受け入れていた。
エリザベートはルイザと同じように、どこかで互いの立場が入れ替わると考えている。
その時になって礼儀や作法に難があっては恥を掻くのはカールなのだ。妃の醜聞は国の醜聞にもなる。
そうならない為に、ルイザの傍で教え導く人が必要だろう。それがイーネであれば安心である。
イーネはエリザベートが嫁いだ時から側付きの侍女として仕えてくれていた。教養や嗜みは勿論、ルイを亡くしてふさぎ込むエリザベートを精一杯気遣ってくれる心優しい女性だ。
今回のことは、エリザベートを心配して異動を拒むイーネを、国の為だと説得してやっと受け入れてもらっていた。
一方でイーネは、カールから別の指示を受けていた。
カールにとってルイザの教育は建て前である。
本来の目的はルイザに己の立場を弁えさせること。子を生んだことで増長し、エリザベートを蔑ろにさせないことだ。そして最低限必要な時以外はエリザベートの視界に入らないよう行動を制限することである。
イーネはカールの不安が理解できた。
そしてエリザベートを守る為、ルイザの侍女頭を引き受けたのだ。
ドレッシングルームへ入るとイーネがすぐにそう言った。
奥のクローゼットから薄いピンクのシンプルなドレスを持ち出したミザリーがイーネに見せる。イーネは「良いでしょう」と頷いた。
イーネは侍女頭でありながら、教育係でもあるのかもしれない。
先に王宮へ着いたミザリーは、ここで王宮侍女としての教育を受けていたはずだ。
経営が傾いたヴィラント伯爵家では使用人の教育も満足にできていなかった。伯爵も伯爵夫人も領内の立て直しに忙しく、邸内のことまで手がまわらなかったからだ。
それなのに王宮に仕える侍女になって、ミザリーは戸惑っただろう。
ルイザが強要したわけではなく、1人で王都へ行くルイザを心配して自ら申し出てくれたことだが、王家とヴィラント伯爵家では礼儀も作法も何もかもが違うのだ。これまで1人で肩身の狭い思いをしていたのかもしれない。
今も選んだドレスを認められたミザリーはホッとした顔をしている。
ホッとしたのはルイザも同じだった。
領地で特別講師の授業を受けたとはいえ、半年間で詰め込まれた知識だ。側妃としてその場に応じた装いと振る舞いを求められると言われても不安しかない。知識の足りない部分をイーネが補ってくれるなら安心できる。
領地を発つ前にルイザは伯爵夫妻から王妃に礼を尽くすよう言われていた。
ルイザと違って2人は婚姻前の国王と王妃を知っているのだ。
2人は幼い頃から仲睦まじく、似合いのカップルだと言われていたらしい。互いに想い合い慈しみ合う姿に憧れていた者も多いという。
それなのにこんな形で側妃を迎えることになるなんてどんなに無念なことなのか。王妃殿下に礼を尽くし、多少のことは飲み込みなさい、と言っていた。
それが己の身を護ることにもなるだろう、とも。
ルイザはそれを「王妃殿下にきつく当たられても多少のことなら我慢しなさい」という意味だと捉えていた。
だけど王妃が子を授かれなかったのはルイザのせいではない。
それにやがてルイザが子を生み、その子が王太子、国王となれば国母となるのはルイザなのだ。いくら王妃が正妃で公爵家の出身でも、いずれ権力の中枢から弾かれるのは王妃である。
特別講師は公式な場に出席するのは王妃だけだと言っていた。
だけど王太子が成長すればその生母を軽視することはできなくなる。そうすればルイザも公の場に出ることになるだろう。
イーネはその時の為につけられた教育係なのだ。
子が生まれて立太子するまでの数年間で、ルイザを妃として相応しくなるよう教えてくれるのだろう。
ルイザのこの予測は半分当たっていた。
というのも、イーネを侍女頭に選んだのはカールなのだ。エリザベートはカールに「妃教育どころか淑女教育も心許ない令嬢なんだ。適切な助言ができる侍女が必要だろう」と言われて受け入れていた。
エリザベートはルイザと同じように、どこかで互いの立場が入れ替わると考えている。
その時になって礼儀や作法に難があっては恥を掻くのはカールなのだ。妃の醜聞は国の醜聞にもなる。
そうならない為に、ルイザの傍で教え導く人が必要だろう。それがイーネであれば安心である。
イーネはエリザベートが嫁いだ時から側付きの侍女として仕えてくれていた。教養や嗜みは勿論、ルイを亡くしてふさぎ込むエリザベートを精一杯気遣ってくれる心優しい女性だ。
今回のことは、エリザベートを心配して異動を拒むイーネを、国の為だと説得してやっと受け入れてもらっていた。
一方でイーネは、カールから別の指示を受けていた。
カールにとってルイザの教育は建て前である。
本来の目的はルイザに己の立場を弁えさせること。子を生んだことで増長し、エリザベートを蔑ろにさせないことだ。そして最低限必要な時以外はエリザベートの視界に入らないよう行動を制限することである。
イーネはカールの不安が理解できた。
そしてエリザベートを守る為、ルイザの侍女頭を引き受けたのだ。
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